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三話 ファーストコンタクトⅡ

 岩壁に挟まれた暗い一本道。

 頭上から吹き付ける風、その異様さにゾロア・モラドは警戒態勢を取った。

 明らかに自然の風ではない。自然が起こした災害ではない。

 その風には人為的に起こされた意思のようなものが感じられたのだ。


「なにか来るぞ、ラグナ」

「くんくん……ゾロア、なんか懐かしい匂いがする」

「犬みたいなことしてる場合か」


 ゾロアは隣に立つ金髪の少女ラグナの頭をくしゃくしゃと撫でる。

 風は風速を増している。つまり近付いているということ。

 暗い中、頭上によく目を凝らして見れば、落下してくる小さな影を確認できる。


「……うーん、二人かな?」

「風を起こしている奴と、落とされた奴。前者は傍観っぽいけど」

「そっか。じゃあまずその二人を斃さなきゃね」

「……という体で頑張ろうか」

「おう!」


 二人は顔を合わせて笑い、手を繋ぐ。

 異能顕現度――それを大幅に制限された彼らが使えるのは、三段階の内の初期段階のみ。

 即ち、展開の号。ラグナ――《十王戦勝ウルスラグナ》目覚めの起句を、ゾロアは紡ぐ。


「――展開エヴォルヴ――」


 ラグナの体が黄金の光に包まれ、暗い暗い岩壁に挟まれた空間を照らしていく。

 光は形を変える。ぐにゃりと、人間の姿とはかけ離れた獣の形へ。


「《化現アヴァターラ》――《悪呪祓魔の大鴉アーテルコルニクス》」


 それは鳥。黄金とはほど遠い漆黒の大鴉。ばさりと広げられた翼の全長は四メートルを超し、鳥類の頂点に君臨する王の貫禄おうごんを放っていた。

 これぞ《十王戦勝》――これぞ《王権法アルク・レガリア》。ゾロアが住む世界において、旧文明が遺した聖遺物『レガリア』が齎す、王たる力の一端。

 ゾロアが大鴉に飛び乗り、翼が羽ばたく。

 巻き起こる黒い風が上空から吹き付ける風を相殺し、

 瞬間、

 一条の軌跡となって飛翔した大鴉は落下する影を嘴で咥え、大空へ躍り出た。

 風を起こしていただろう人間を確認すると咥えていた人間を地面に落とし、ゾロアへ二人の視線が集中する。面白いことに、その二人は全く正反対の雰囲気を纏う、同年代の少年だった。

 竜巻を背負って滞空する少年は、焦りと殺気を滲ませて。

 転げて空を仰ぐ蒼銀のガントレットと装備する少年は、笑みで口端を吊り上げている。

 大鴉――ラグナが声を上げた。


「ゾロア! あの蒼いの、なんか『レガリア』と同じ匂いがする!」

「……でもなんか違わないか?」

「うん、でも懐かしい。もう随分と昔にかいだことのある匂いみたい」

「なにか、あるのかもしれないな」


 蒼いのと言われた少年は鴉が喋ったことに驚いているようでまじまじと見つめている。

 反して、滞空する少年はゾロアから距離を取り、機を窺っていた。

 伝わってくる。彼は世界を守りたい――守りたい存在がいる。その強い想いが、彼を彼ではなくしているのかもしれない。

 しかし酷い状況だ。それぞれ世界を背負った者が三人、一堂に会すなどと。

 

「どう収拾を付けようか、ラグナ」

「とりあえず制圧?」

「そう、簡単にいくとは思えないけど」


 睨み合う六つの瞳。

 それぞれが異なる世界の人間で、異なる世界の力を持ち、異なる世界の命運を背負っている。

 おそらくこの場で、ゾロア達だけが別の考えをもっている。

 それを伝えたところで聞き入れられるかは微妙なところだ。

 むしろ安易に話すわけにはいかない。もしそれを『首謀』に聞かれた場合、なんらかの対応が取られてしまう可能性がある。

 ――『共闘して首謀を討つ』という考えは、時が来るまで秘めておくべきだろう。

 さて、とゾロアは呟く。

 滞空する少年が動きを見せる。合わせて、地上の少年も戦闘態勢へ。

 仕方がない。ここはしっかり、戦闘の意思を見せておかなくてはならないだろう。


解放リべレアが使えないのは痛いけど……」

「今は勝てなくても、負けなければいいんだよ」

「ああ、その通りだ!」


 三者、一斉に動き出す。

 ゾロアの頭上に強烈なダウンバーストが発生。攻撃の予兆を読めなかったゾロアは大鴉諸共地上に打ち落とされるが、その直前に翼から放っていた鴉羽の弾丸が地上を爆撃。しかしそこに蒼いガントレットの少年の姿は無く、彼は足元から突き出した巨大な氷柱で、滞空する少年目掛けて自身の体を打ち上げ、冷気が凝縮する拳を撃ち出していた。

 この一合を制したのはガントレットの少年だった。唯一滞空する術を持たない彼は、空を舞う二者を見事に出し抜き、撃ち落として、自身のフィールドへと誘い込んだのだ。

 舞い上がる砂塵。ゾロアは大鴉ラグナを一度人間の姿――《輝く若き少女クレールプエッラ》に戻して、彼女を抱えて大きく後方に飛び退く。

 殴り落とされた少年は風を操って衝撃を殺したようだが、頬が腫れ上がっている。口や下目蓋から血が垂れているが、あれは何か別の要因で負った傷だろうと思われた。

 そして一人、笑みと共に二人を睨むガントレットの少年がこきりと首の骨を鳴らした。


「なんつーの、これ……バトルロイヤル? ッハハ、緊張感増してきたな」

「頭イカレてんじゃねえかお前……」

「人の事言えんのか詠真ァ? そっちも相当だろォよ」

「うっせえ。俺は征十郎と違ってマジで危機感持ってんだよッ」


 ゾロアは二人のやり取りを見て、風を操る少年がエイマ、ガントレットの少年がセージューローであることを理解すると共に、彼らも『英雄の器』を持つ人間なのだということも理解した。

 第二の英雄――ゾロアはそう呼ばれた。つまり彼らの何方かが第一で、第三の英雄。

 将来、何かを成す人間。ああ確かに、彼らなら何かを成しても可笑しくない。

 顔を合わせて数分、たったそれだけでゾロアは彼らの大きさを測っていた。


「眩しいな、あの二人は……もっと、違う出会い方をしたかったよ」

「大丈夫だよゾロア。一番輝いてるのは、私達だから」

「あーてか、あんたらは誰?」

「悪いけど、名乗りを聞いやる余裕はない」


 詠真の放つ暴風、そして岩をも溶かす業火が爆裂する。

 鼓膜を破らんまでの轟音が空間を震わせ、――しかしゾロアと征十郎は無傷だった。

 球状に展開された氷の楯が征十郎を覆う絶対防壁となり、白馬に姿を変えたラグナを中心にして広がる半透明の結界が外界からの攻撃を完全に遮断シャットアウトしたのだ。

 

「余裕が出来ただろうし名乗るけど、俺はゾロア。こっちのはラグナだ」

「……木葉詠真だ」

「九都征十郎。んで今はガントレットになってっけど、相棒のステラだ。両方とも気が合いそうな男で面白くなってきたじゃねえの。続きを始めようぜ、睨み合ってても終わらねえだろォ?」


 征十郎ほどの戦闘狂は、この場に居ない。

 だがこれだけは、全員が頷いた。

 睨み合ってても終わらない――ああ、その通りだな、と。


 同一の思考を抱いた瞬間――――


 ――――黄金、蒼銀、四彩が同時に力を解き放った。



「はいはーい、ここいらで休憩でーす」

「開幕戦としては楽しませてもらった」



 それは突如、現れた。

 三者の中心、攻撃は最も集中する場所に、二つの声が響いた。

 直後、攻撃の全てが天高く打ち上がり、まるで花火のように弾けて空を彩る。

 詠真は、ゾロアは、征十郎は、あまりの現象に言葉を失い、あまりの光景に目を疑った。


「はろー英雄ちゃん達。めっちゃ元気だね、お姉さん羨ましいかも。キャハっ♡」


 戦場には到底似つかわしくない軽い声。若い少女特有の猫なで声のような甘い音。口元に手を当てて笑うその女は、腰を撫でる金髪にフリルドレスを纏った小柄な娘だ。童話の中から飛び出てきたと言われても信じてしまいそうな不思議さと可憐さと優艶さまで持ち合わせた娘――彼女にだけは何があっても好かれてはならないと確信できるほどの、悪魔じみた存在だった。


「お姉さんは、アリス・ドゥオ・キルマリアって言うの♡ 覚えたかな? 覚えられたかな?」

「レオン・ウーナ・バルザンク。初めまして、各世界の英雄様方」


 そう名乗ったのはどこまでも『灰色』の男だった。長い髪は灰、纏うコートも灰、雰囲気すら灰。その男から感じられる善悪しろくろに偏りはなく、強いて言うならば灰色であった。

 圧倒的異質感。だが三人が本当に驚愕していたのは、彼らにでは無い。

 彼らの傍に付き従う黒い軍服の四人の男女――、


 詠真は四人の中の一人を見て、その名を呟いた。

「舞川……」


 征十郎は、四人の中の二人を見て、その名を呟いた。

「霊界堂……それに、七瀬……」


 ゾロアは四人の中の一人を見て、その名を呟いた。

「竜胆……なんで、」


 詠真の世界の人間、舞川鈴奈。

 征十郎の世界の人間、霊界堂美夜と八萩七瀬。

 ゾロアの世界の人間、天照竜胆。

 彼らは見慣れない軍服を纏い、瞳から光を失い、レオンとアリスに寄り添っていた。

 アリスが英雄の反応を見て、んふふとほくそ笑む。


「びっくりしたびっくりした? これねえ、とぉーっても強い奴隷なのよ」


 アリスの手が舞川鈴奈の頬を撫でる。その手は下へ、胸を優しく通って、腹へ、脚へ伝っていく。

 鈴奈は一切の反応を示さない。完全に自我というモノが失われている証明だった。

 額に青筋を浮かばせる征十郎が、拳を握り込んで、忌々しげに口を開く。


「何をしたクソガキ。そいつらに、何をした……ッ!」

「見ての通りって感じぃ? だってえ、お姉さん達には――世界間の道を繋ぐ力があるんだよお? 人を操るぐらい、どうってことないと思わない?」

「思わねえよ!」


 駆け出す――しかしそれは征十郎の人生で、最も愚かな行動だった。

 気付けば、『反転』していた。世界が逆さまに。つまり、極めて単純に転んでいたのだ。

 ドジ? 違う。動いた瞬間、その瞬間に征十郎の体は派手に地を転がっていた。

 それは征十郎だけではない。彼の行動に合わせて動き出していた詠真とゾロア、ラグナもまた、地を這いつくばって、逆さまの世界を味わわされていた。

 

「どう? どう? 不思議の国は楽しいかしら? んふふ――ま、挨拶はこれくらいで」


 アリスが腕を伸ばした。軍師が号令を出すかのように。

 事実、それは兵を動かすための動作であった。


「ッ、見えな――」

 霊界堂美夜の両脚を覆う翡翠のグリーブの煌めきが視界に映った瞬間、詠真の体は蹴り上がられて放物線を描くように宙を舞い上がっていた。着地点には既に美夜が待ち構えている。


「意味、わかんねっつの――ッ!」

 天照竜胆が何処より取り出した純白の双剣が征十郎を斬り裂かんと迫り、咄嗟に氷楯を展開するも、いとも容易く両断されて胸にクロス状の血線が走る。間髪入れず、竜胆の背後から現れた舞川鈴奈が蒼い薔薇の意匠が施された剣を征十郎の胸に突き出し、右肺を貫通。夥しい血を流し吐き出した征十郎の傷は治癒を始めるも、薔薇剣の刀身から突き出す無数の棘が傷口を抉る。


「一体、何を企んでいる……!」

 ゾロアとラグナへ肉薄する八萩七瀬。現在ラグナの力で展開している半透明の結界は外界からのあらゆる干渉を遮断する防御結界なのだが、ゾロアは直感で防げないと悟った。

 案の定、易々と防御結界を越えてきた八萩七瀬は真紅のガントレットに覆われた両腕で、ゾロアの首根っこと白馬状態のラグナの長い首を掴みあげた。

 その瞬間、ゾロアは動けなかった。

 空間に何かが施されている。おそらくそれは、アリスとかいう女の力なのだろう。

 彼女の愉しそうな表情を見ればその程度推測する事は容易かった。


「はーい、ではではご招待しましょう――お姉さんの世界へ」


 言葉と共に、視界が眩い光に包まれる。

 思考が遅く、感覚が遅く、その中でアリスの声だけが意識に響く。


「顔合わせはこれにて終了。これから向かう地で、英雄ちゃんの前に立ちはだかるのは、英雄ちゃんだけではないのですう。

 それは友、それは家族、それは憎い敵、貴方達の世界で、貴方達と関わりがあった人間が、貴方達の前に現れる。それは必ずしも同じ世界の人間とは限らない。

 だとしても、誰が来ても、敗北即ち世界の消滅。

 だったら急がなくちゃねえ? だってそうでしょう? 貴方の友が、他の英雄と戦って、殺されたらどうするのお? たとえ世界を救っても、ここで死んだ人間は生き返らないのだから。

 どう? より緊張感、出てきたでしょう? んふふ、いいわよ。憎んで、憎みなさい。

 憎悪の果てに、守りたいものを守ってみなさい。守るために、ねえ――殺しなさいな。

 立ちはだかる、何もかもを。世界に英雄は、一人で十分なんだから。ね♡」


 そして、彼らは再び、次元を跳躍する。

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