一話 賭かるモノ
闇より昏い混沌の中で、木葉詠真は漂っていた。
自分の姿も確認できない。自分自身の感覚すら掴めない。
分かるのは一つ、自分は確かにここにいるということだけだ。
「……あ」
言葉を発してみるが本当に発せられているか自信はない。
どうすればいい。ここはどこだ。一体何が起こったのだ。
分からず、次第に思考力が失せていく。このままでは、自分を保てない。
そんな詠真の意識は、ふと聞こえてきた少女の声に引き戻された。
「こんにちわ、第一の英雄さん」
「……それは、俺のことなのか」
「うん。君はとっても気高い英雄さんだよ。まあ未来の話なんだけどね」
少女の声は悪戯っぽく言うと、詠真の視界に光が射した。
その光は形を成していき、やがて見慣れた少女――妹・木葉英奈の姿に変化した。
「英奈……?」
「残念。私はキミの中にある大切な存在の姿を模しているだけ」
☆ ☆ ☆
「大切な存在……」
闇の漂うゾロアの前に現れたのは、今は亡き義父セイス・モラドの姿。
それは義父と同じ声で喋り、ゾロアへ語り掛ける。
「伝わってくるよ、キミがどれだけこの男を愛していたか」
「知ったような口を……! ラグナは、ラグナはどこだ!」
「彼女には少し眠っていてもらっててね。最悪、この空間が破壊されてしまう可能性があるのでな」
「舐めるな……俺一人でも……!」
ゾロアは己が持つ力の発動を試みるが、まったくもって発動する気配が無い。
封じられている。そう考えるほかなかった。
義父の姿を模した何者かは小さく笑い、再びゾロアに語り掛ける。
「第二の英雄、キミは己が世界を愛しているか?」
「なに、言っているんだ」
「世界を愛しているかと、問うた。居るだろう、友が。かけがえのない存在が」
☆ ☆ ☆
「ったりめーだろ。世界が無くちゃ俺は楽しむことがてきねェからな」
闇を泳ぐ九都征十郎の傍に、唯一の家族であるステラの姿は無い。
在るのは、霧川杏美の姿を模した謎の存在のみ。
大切な存在が杏美ということに若干の不服を感じつつも、征十郎は即答していた。
世界を愛している。世界が無くては、友と戦うことすらできないのだから。
「良い答えだわ、第三の英雄。では、始めましょう。ルールの説明を」
「ルールだと? 意味分かんねェこと抜かしてんじゃねェぞクソ処女」
「クソしょ……私の本体が処女であることを見抜くなんてさすがは英雄だわ」
「聞いちゃいねェよババア」
「…………ルールは、とても簡単よ」
☆ ☆ ☆
「己が世界を賭けて、戦うの。守りたいなら、勝って勝って勝つだけ」
「世界を? 待て、言っている意味が……」
詠真は突拍子もない言葉に理解が追いつかない。
そんな時、意識の中にとある景色が流れ込んできた。
一人の男がいた。その男は戦い、負けた。
男が敗北するのと同時に、男が愛していた世界が――消失した。
宇宙諸共、存在が掻き消えた。
消失の一瞬、世界を埋め尽くしていた声が、笑顔が、悲しみが、あらゆる総てが止まり、
「死んだ……のか?」
「うん。死んだ。消えた。元より存在しなかったモノとなった」
「なんで――」
「――負けたから」
その一言は、死にたくなるほどに、重く現実感を伴っていた。
「言ったでしょう。守りたいなら勝てって」
☆ ☆ ☆
「負けたら世界が滅ぶ……信じるに値しない話なのに、嫌に現実感がある……」
「現実だからだ。世界が滅べば憎い存在は消えるだろう、だが同時にかけがえのない存在までも失うことになる」
ゾロアの脳内を駆けるたくさんの顔。ここ数年で大切な存在をたくさん失ったが、それ以上に大切な存在――守りたい存在が増えた。
もう失いたくない。守ると決めた彼らを、失う訳にはいかない。
「……真偽は定かじゃない、でも、勝てばなにも失うことは無い。そうだろう?」
「その通りだ。だがもう一つ言っておくことがある」
義父の姿をした存在は一拍置き、厳かに告げた。
「戦う者らは皆、同じ宿命を背負っている。皆、世界を背負っている。つまり勝利とは、他世界に在る全てを犠牲にして、生き残るということ。無限の屍の上に、己が世界が座すということだ」
☆ ☆ ☆
ふんっ、と九都征十郎は鼻を鳴らした。
「だからなんだ? 知りもしねェ世界なんざ知ったことか。下手に同情して足元掬われたら本末転倒だろォが。戦って戦い続けて、勝ちゃいいんだろ」
「ええ、それだけ。簡単なルールでしょう?」
「馬鹿でも分かるぐらいな。で? 終わりか?」
「焦らないの。最後に一つ――」
霧川杏美の姿をした存在が指を弾くと、征十郎の脳内に、何かの数値が浮かび上がった。
――――――――
九都 征十郎/グラキエス・ステラ
異能顕現力 SS
因果収束力 0
他界適応力 S
特異感応力 SSS
――――――――
「んだよ、これ」
「今回の『ロワイアル』に於ける、キミのステータスよ」
「字が読めん」
「もっとやる気出して!」
「お前、本物の杏美みてェだな」
「再現率には自信があるのよ」
☆ ☆ ☆
――――――――
ゾロア・モラド/ウルスラグナ
異能顕現力 S
因果収束力 S
他界適応力 SSS
特異感応力 S
――――――――
「これが俺たちの力の数値化なのか……」
「第二の英雄、キミたちの力は少しばかり危ういのでな。こちらで『異能顕現力』に制限を付けさせてもらった。解除はしない。自力で解除する分には構わないがな」
「勝手な真似を……各種項目を詳しく教えろ」
ゾロアは問うて、返ってきた答えを脳内でまとめる。
項目は全四段階。《0》は力が無いことを示し、S、SS、SSSと強力になっていく。
異能顕現力は、己が世界で有していた力を発現させられる力。
因果収束力は、あらゆる時間軸の己の力を引き出す力。
他界適応力は、異界に体がどれだけ適応できるかの力。
特異感応力は、どうやら教えられない項目らしい。
これらから推定し、ラグナの力は大幅に抑えられていると思っていいだろう。
S――つまり力が使える最低値。
ゾロアは既にハンデを背負ってしまったのだ。
☆ ☆ ☆
「良かったね第一の英雄、キミは神に愛されている」
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木葉詠真
異能顕現力 SS
因果収束力 SSS
他界適応力 SS
特異感応力 SS
――――――――
詠真のステータスは万能と言えるそれであった。
なぜこの数値になったのか、それは『ロワイアル』側の存在にも分からないようで、まさに神のみぞ知ると言ったところ。だが高いに越したは無い。
世界が賭かっているのだ。友の、家族の、皆の命が賭かっている。
望んでいなくとも、巻き込まれた以上、眼を背ける事は出来ない。
勝利。ただそれだけ。己が世界のことだけを想って、走り続けるしかないのだ。
木葉詠真、ゾロア・モラド、九都征十郎は、準備を終える、心の準備を。
ぐにゃりと、景色が――闇が歪んだ。
『さあ、いらっしゃい。私達の遊び場へ。示してみせて、英雄の意思を』
響いた男とも女とも分からぬ声の後、意識が完全に途切れ、英雄たちは旅立った。
全ての命運を賭けた、小さな小さな惨劇の舞台へ――。