プロローグ 不吉の報せ
英雄の定め。争いの宿命。
望んでいなくても、それはやってくる。
☆ ☆ ☆
「木葉クン、体調悪いの?」
舞川鈴奈に問われ、木葉詠真は机に突っ伏した顔を上げて目をこする。
体調が悪いという訳ではない。だが、どこか気怠い感じが抜けないのだ。
「大丈夫、寝たら治る」
「適当ねぇ。なんなら保健室までついていってあげようか?」
「いらん。英奈の写メ見たら治った」
「貴方だけの万能薬ね」
「俺だけに効けば問題ない」
誇らしげに言う詠真に呆れたような表情を浮かべ、鈴奈は自分の席につく。
かくいう鈴奈も、詠真同様どこか気怠い感じに苛まれていた。
とは言え生活に支障が無い以上、気にするようなことでもない。
寝たら治る。確かにその通りだろう。
「……にしても、嫌な空ね」
「なんつーか、嫌な空だな」
曇天。まるで不吉を報せるような、不快な闇空。
何も起こらなけらばいい――そう、いつにまにか願っていた。
その時、ピロンと詠真の端末にメッセージが届く。
☆ ☆ ☆
君達を苦しめるために、やってくる。
☆ ☆ ☆
「ゾロア―! 遅刻しちゃうよー!」
「ちょっと待ってくれー」
ゾロア・モラドは相棒のラグナに呼ばれ、大急ぎで支度を済ませる。
入学したばかりの魔法学校だ、早々遅刻魔と呼ばれる訳にはいかない。
パンを咥えて寮を出るゾロアの姿はどこか拍子抜けで、そんな姿さえも可愛いと言うラグナ共々、既に学校中で有名なカップルとして認知されている。その程度の仲ではないが、いちいち否定するのも億劫になってきているで適当に流していると、新たな噂が流れてくるのでどうしようもない。
「走れ走るんだゾロア!」
「イノシシにでも乗れば速いんだけど」
「乗っちゃう?」
「乗っちゃわない」
ラグナの力はおいそれと見せられるものではない。
諦めて、二人は寮から校舎まで走り出した。
ふと空を仰いで、
「雨降りそうだな」
「うーん……なんか槍でも降りそうな、嫌な空だね」
「万が一降っても、王都だし大丈夫だろ」
「だね。あ、そういえば今りんどー来てるらしいよ」
「へー、なら放課後会いに行くか。会えればだけど」
「その前に遅刻しないよう走ろうねゾロア」
「わーかってるって!」
ふと、ゾロアは走る足を止める。
一枚の便箋が、目の前にひらひらと落ちてきたのだ。
☆ ☆ ☆
逃れられない。君達は、そういった因果の中に生きているのだから。
☆ ☆ ☆
「どうしたステラ」
「うん……空が重い」
「あー、見事に曇ってんなあ」
「傘持ってきてない」
「持ってきてもらうか」
そう言って、九都征十郎は携帯を取り出し、霧川杏美へメールを送る。
俺:傘が無い
処女:は?
俺:傘が無い
処女:買えば
俺:傘が無い
処女:持ってこいと?
俺:杏美と会いたいし、ついでに傘持ってきて
処女:行く。どこ?
「持ってきてくれるって」
「ちょろい」
「ちょろいな」
杏美が傘を持ってきてくれるまで、二人は空を見上げて、なぜか不安を感じていた。
重い、空が。だが重いだけではない。不吉だ、何かの訪れを告げるような、不気味さがある。
だが考えても答えは出てこない。
「征十郎、メールの音した」
「……ああ」
苛立ちに舌打ちをした征十郎は、携帯に届いたメールを開く。
その相手は杏美――ではなかった。
☆ ☆ ☆
君達は自分の世界が好きか?
少なくとも、嫌いではないだろう。
そこで、世界が消失すると言われたらどうする?
無視するか? 無視して世界を失うか?
君の愚かな選択で、世界の人間全員を殺すのか?
嫌だろう? 耐えられないだろう?
ならば戦え。君の勝敗が、世界の命運を分けるのだから。
守りたくば、勝利しろ。敗北は消失を意味している。
さあ、開演だ。
示せ、己が愛を。友情を。
示せ、己が強さを。
私は、それを期待している。
☆ ☆ ☆
端末に届いたメッセージに、
舞い落ちてきた便箋に、
携帯が受信したメールに、
書かれていた文章を読んだ彼らの視界は暗転。
意識ごと、深い闇の底へ落ちていく。
決して交わるはずの無かった因果が、交わってしまったその時。
始まるのは、悲しい悲しい――殺し合い。