有機☆化合物!〜マレイン酸とフマル酸編〜
マレイン酸、フマル酸は周りから双子だと思われている。
実際容姿も瓜二つの幾何異性体、ともに無色の結晶だ。
しかし、実際は双子ではない。
「「ただいまー」」
二人そろって家に帰ってきた。
二階から「おかえり」と、か細い声が届いた。
そう、実は三つ子なのだ。
三人目の名前はメチレンマロン酸。一番下の弟だ。
ただ、メチレンマロン酸は体調が不安定で学校にはあまり行っていない。
そのことを気遣ってか、長男のフマル酸、次男マレイン酸は
メチレンマロン酸の事を大事にしていた。
○ ○ ○
トランス型フマル酸の提案で三人は近所の「加熱公園」に来ていた。
フマル酸は長男としての責任を感じているのか、
「たまにはマロンも外に出なきゃいかん」
と言って無理矢理弟を連れ出した。
メチレンマロン酸はあまり浮かない顔をしていたが、
まぁ一人じゃないから大丈夫か、と思い少し気を楽にした。
そんな中、三人の内、一人にある異変が起きていた。
「あ…の…さ…」
マレイン酸だった。
「ここって……加熱公園だよな」
あたかも重病の病人のようにとぎれとぎれに言葉を発した。
「そうだけど?」
それがどうした、と言わんばかりのフマル酸。
訝しげにマレイン酸を見ていた。
しかし、フマル酸はようやく、弟の身に何が起こっているか分かった。
「おお前体中から水出てんぞ!!」
「そう……なん……だ」
そうなのである。マレイン酸は160度で加熱すると分子内脱水をおこし、
無水マレイン酸へとなってしまうのであった。
「ちょっと、おい、こりゃやべぇな」
結局三人は家に戻ることにした。
長男フマル酸はこれを反省し、フマル酸を加熱公園へは連れ出さなくなった。
○ ○ ○
しかし、兄弟以外はこの事実を知らない。
例えば、酢酸メチルもその一人だった。
酢酸グループ社長令嬢、酢酸メチルはエステル的な性格をした、少しわがまま、
ゴーイングマイウェーな女だ。
だからこの日もその性格をフルに発揮し、
マレイン酸の腕を強引に引っ張って公園まで連行した。
全てはある一言のため。
公園に着いた途端酢酸メチルはぱっと掴んでいた手を放した。
反動でマレイン酸は少しよろける。
「ああああんたに言いたいことが、その、あって」
「……なんだ」
マレイン酸はどうも気分が優れぬ様子。
「その、今まであんたにいろいろ、迷惑とか、かけたかもしれないけど、それは、実は」
「あ、そう。迷惑だって知ってたんだ」
マレイン酸からは早く帰りたいオーラがひしひしと感じられた。
「あんたが好きだったから!!」
そして、酢酸メチルはその一言を放った。
彼女は告白の拍子につい目を閉じてしまう。
返事が…………怖かったのだ。
フラれてしまうのではないか、そんな恐怖に襲われ、しばらく目を開けずに顔を下げていた。
しかし、自分から逃げていてはいけない、と思い、ゆっくりと目を開ける。
そして目の前ににいるはずのマレイン酸を
「っていないっ!!」
いなかった。
先ほどまで目の前にいた、マレイン酸の姿がすっかりないのだった。
どこにも――いなかった。
「にげられた……」
よっぽど自分の事を嫌っていたんだろう、とがっくり肩を落とし、目を伏せる。
すると――見知ったモノがあった。
「ああんた何してんのよっ!!」
そこには全身から水を噴きだしているマレイン酸がいたのだ。
「お…まえ……公園の名前……見てみろ……」
ハッと酢酸メチルが振り返ると公園の入り口の、
石造りの門にはこう書かれていた。
「加熱公園」
そして……マレイン酸は既に無水マレイン酸と化していた。
〈マレイン酸とフマル酸編〉 終わり