勇者対魔王
何時もは静かな魔王城の中庭で、剣と剣が交錯する音が響き渡っていた。
「ねぇ、美紅。あれに勝てる?」
「一人じゃ無理だね。二人掛かりで辛うじて闘いになるぐらいかな?」
「だよね」
勇者と魔王の動きを気配だけで視ている美紅と美緒は、明らかな力量の違いに一筋の汗をかく。
そうは言っても二人共、異世界の達人達と渡り合える程の実力者だ。
今は冷静に闘いを見つめる時だと心得ている。
加勢したくとも、ヘタに手出しすれば足手纏いになるだけなので、美紅と美緒は気を切らずに動かない事にした。
魔王が蹴散らした勇者パーティのメンバーはまだ起き上がって来ない。
八雲も魔王が何か処置をしてから、目を覚ます気配は無い。
魔導兵器は執拗に八雲を狙って動こうとするが、すかさず魔王が一撃を加えるので真面に攻撃出来ないでいる。
だが、そのための余計な動作を強いられている魔王はやや劣勢であった。
「余計な事してないで、此方の闘いに集中した方がいいんじゃないの?」
「そう思うなら、あの魔導兵器の攻撃止めてくれないか?」
「さて、どうやって止めるんだったかな?くくっ」
勇者の挑発めいた台詞を適当に流しながら、魔王も攻撃の手は休めない。
魔王にとってのアドバンテージは魔法が無詠唱で発動出来る事。
しかし、詠唱速度まで高速化されている勇者との差は僅かだ。
せめて魔導兵器の攻撃を止められれば勝機はあるのだが。
美紅と美緒のどちらかに手伝ってもらうか。
いや、それは勇者に新しい的を与えるだけだ。
勇者が攻撃を彼女達に向けた時、庇いきれる保証は無い。
魔王は必死に考えを巡らせるが、状況を好転させる術は今の処無かった。
数千にも渡る攻防は続き、両者共次第に疲弊していく。
その様子を離れた処から見ていた美紅が動きを見せた。
「よし、見切った!美緒、お兄ちゃんを任せていい?」
「うん。こっちは任せて」
美緒の返事を聞いてから、美紅は魔導兵器に向かって跳躍する。
その動きを察知した魔王は、美紅に向かって叫ぶ。
「ミク!近付いてはいけないっ!勇者の攻撃が君を襲うぞ!」
「大丈夫だよ。この銀色龍は私が何とかするから、お祖父ちゃんは勇者の方に集中して」
魔王の注意に問題無いと返答した美紅は、龍型魔導兵器の顎に向けて拳を突き出した。
口を開けて魔力を溜めていた龍の顔は殴られた衝撃で上を向いてしまい、貯め混んだ魔力は上空へ解き放たれる。
「そいつを攻撃してもらうと困るんだよね」
勇者は魔王へ向けていた攻撃の内の一つを、美紅に向かって放った。
しかし、美紅は勇者の方を一瞥すらせずに体を少し捻って躱す。
「なっ!?なんで今の攻撃を避けれるんだ?スキルを全開にしてるから普通の人間には見える筈無いのに」
初めて勇者の顔に焦燥が浮かぶ。
この場に自身の攻撃を躱せる者が魔王以外にも居れば、完全に劣勢に立たされてしまう。
侮っていた訳では無いが、全力の自分に及ぶ者などそうそう現れないと思っていた。
だが、目の前の少女は一撃だけとはいえ、完全な形で攻撃を躱した。
魔導兵器の動きを問題無く押さえ込まれれば、魔王との完全な一騎打ちになってしまう。
魔王との力は互角――だが、体への負担を考えると短期決着が望ましい。
勇者は何とか、この魔導兵器に纏わり付く少女を排除したかった。
「貴方の攻撃って単調だし、癖も多いから簡単に見切れちゃうよ。性格ねじ曲がってそうだから、誰かに頭を下げて師事した事なんて無いんでしょ。相手に見切らせない武の基本が出来てないもの」
美紅に指摘され、それが図星であるとハッキリ分かる程に勇者の顔が歪む。
天性の素質もあり、我流で格闘術を身につけた紅林雄人は、勇者として召喚される以前から既に無敵と言える程強かった。
勇者として召喚された後も、スキルの御陰で戦闘に敗れる事は無かった。
だが、それはたまたま真に強い相手に巡り会わなかっただけ。
前回の魔王城での闘いでは、魔王が本気を出す前に倒せてしまい、気を抜いた処で大魔導士ノヴァの攻撃を食らってしまう。
それは油断したから負けたのだと思い、反省する事は無かった。
しかし先程放った一撃は、魔王に向けている攻撃より劣ってはいても、スキルで強化された強力な一撃。
それを躱された上に自分の未熟さを指摘される。
屈辱が心の奥で湧き上がった勇者に、最早余裕の仮面を維持する事は出来なかった。
「忌々しいな、相変わらず。そういえば以前の借りも返して無かったな。いや、あの時の事は寧ろ感謝しているんだった。感謝の気持ちを込めて――殺してあげるよ」
勇者の意味不明の言動に、美紅は背筋が寒くなるのを抑えられなかった。
それでも気を抜かずに勇者の攻撃に備える。
若干キレ気味に攻撃を繰り出す勇者は、徐々に魔王に圧され始めた。
技に精細を欠いてきて、その上身体への負担も増していく。
「ちいっ!このままではっ……」
撤退――その言葉が勇者の頭を掠めた時、戦況が動く。
勇者パーティの一人である大剣を持つ女が意識を取り戻して、朦朧としながらも起き上がる。
「このまま倒れていられるか。せめて一矢報いてやる」
落としてしまった大剣を拾って構えた女は、魔王へ向かって駆け出す。
「させないっ!!」
その気配を感じ取っていた美緒の蹴りが大剣を持つ女の脇腹に飛び込んだ。
辛うじて美緒の攻撃を防いだ女だったが、衝撃で数歩後ずさる。
美緒と大剣を持つ女の攻防があった次の瞬間、勇者と対峙していた魔王の身体が揺れる。
背後から迫った無数の黒い閃光のようなものが魔王を貫いた。
「な……何が!?」
何が起きたのか理解出来ない魔王は、後ろを振り返る。
そこには起き上がって右手を魔王に向けて突き出している八雲の姿があった。
「「お兄ちゃん!?」」
異変に気付いた美紅と美緒が呼びかけるが反応は無い。
先程魔王が封じ込めた筈の黒いオーラが復活して、眼の焦点も合っていない。
「ヤクモ?バカな、呪いは封じた筈……」
魔王の動揺する姿を見て、すぐ側で醜悪な笑みを浮かべる者がいた。
口角を上げた勇者は、余裕を取り戻し口を回す。
「くくくっ。呪いか。でも、僕が彼に使ったのはそんな単純な物じゃないからね。他者の掛けた呪いなら簡単に封じれただろうけど、心の中の闇は抑えれば抑える程に増していくものさ。その心の闇を外に出やすくしておいたから、余程の事が無い限り消えはしない。第二の魔王の完成だ!あはははは!!」
勇者の高笑いとほぼ同時に、再び黒い閃光が魔王を貫き、魔王は城の壁まで吹き飛ばされて激突した。
「ぐうっ!何故、僕を攻撃するんだ、ヤクモ?」
魔王の問いには応えず、ふらふらと立ち上がる八雲。
黒いオーラを益々増大させるが、足取りは覚束ない。
それでも、次はお前だと言わんばかりに勇者の前に立ち、焦点の定まらない眼で睨み付ける。
「へぇ、意識を呑まれていても僕を敵と認識してるのか。面白いね」
勇者は呼吸を整え、レプリカとは思えない程の雅な装飾の施された剣を構えた。




