魔王無双
大気が震えた。
中庭に植えてある木々がざわめき、地震の様な揺れが魔王城内で起こる。
内包されていた魔力が解放され、魔王の体を夜の闇の様な黒いオーラが包み込む。
戦闘中の者も、魔導兵器ですら、今はその姿に注視している。
本気になり圧倒的な存在感を示す魔王は、先程まで孫に怒られていた情けない青年とは思えない畏怖を纏っていた。
「四天王よ。我が剣、我が盾、我が鎧となり、我に力を貸してくれ!」
「「「仰せのままに!」」」
魔王の呼びかけに応え、赤髪の美女、青髪の青年、黄髪の男の三人は、今迄闘っていた相手に強めの一撃を加え魔王の元へ一足飛びに駆けつける。
そして四天王達は体から眩い光を放ち、人間の姿から形を変えていく。
赤髪の美女は剣へ。
青髪の青年は盾へ。
黄髪の男は鎧へ。
光が収まると三種の武器防具となって魔王の体に装着された。
柄には銀色の雅な装飾が施された両刃の剣。
青銀色の鎧には黄金の装飾が所狭しと刻まれている。
鎧と同じく青銀色の盾には、青い獣の様な装飾が施されていて、中央に魔法石が多数埋め込まれていた。
美紅と美緒はその姿を知らなかったが、この世界で生まれ育った勇者のパーティの女性達は物語として聞き及んでいた。
「伝説の勇者……。魔王が?」
「魔王があの物語の勇者だったの?」
「へぇ~、じゃああれが本物の勇者の神器なんだね」
大剣を持つ女と大魔導士と白猫の獣人は、幼い頃寝物語に聞かされた話が目の前で現実に存在していた事に驚く。
「なるほど、このレプリカと違って本物の勇者の剣、鎧、盾か。是非とも欲しいねぇ。じゃあこっちも本気出して、あの神器戴く事にしようか」
勇者の装備は優劣で完全に劣るレプリカであるにも拘わらず、勇者は寧ろ楽しそうに口角を上げて余裕の笑みを浮かべる。
その笑みは、魔王の体から立ち上る黒いオーラよりも禍々しく見えた。
「すごい、四天王が武器になっちゃった」
「じゃあ残りの四天王の一人も何かの武器になれるのかな?」
美紅と美緒の呟きに魔王が振り返って応える。
「あと一人には、君達は会ってる筈だよ?」
「「え、誰?」」
「ワイジング・ハート」
「「……あの残念賢者の石かぁ」」
残りの一人の名を聞いてがっくりと項垂れる双子。
他の三人と毛色が違いすぎて、あれは四天王の枠に入れていいのかと思う美紅と美緒であった。
魔王は剣を構えると、次の瞬間その場から姿を消した。
誰も眼で追えない程の高速移動。
辛うじて、美紅と美緒だけは気配で居場所を察知出来ている。
本能で反応した大剣を持つ女は、自身の前に剣を翳して防御の姿勢を取った。
その御陰で、魔王の見えない攻撃を一時は防ぐ。
「さすが勇者パーティの一員だね。でも本能だけじゃ僕の攻撃は防げないよ」
魔王はつばぜり合いの体制から無詠唱で魔法を発動して、雷撃を女に浴びせた。
「ぐうっ!!」
大したダメージは受けなかったが、女は魔法を受けた事で剣を押し込まれる。
拙いと思った時には既に目の前に魔王の姿は無く、背後からの剣撃で吹き飛ばされ、大剣を手から落として地面に伏してしまった。
その光景を呆然と見ているしか出来なかった大魔道士アレアは、直ぐに我に返り魔王に向かって魔法を発動しようとする。
しかし、アレアの魔法は所詮高速詠唱であるため発動まで僅かに時間が掛かる。
0.1秒で詠唱出来ても、完全に0秒で発動出来る無詠唱とやり合えば劣勢に成るのは自明の理。
更に魔王は多重無詠唱で同時に5つの属性魔法を発動し、アレアの魔法にぶつけた。
アレアが瞬時に発動した炎属性の魔法「フレアバースト」は、魔王の放った氷属性の魔法で相殺され、残った4つの属性魔法がアレアを襲う。
「きゃああっ!!」
常時展開している防御魔法の効果でダメージは軽減されたが、それでも大きく後ろへ吹き飛んでアレアは気を失った。
アレアに向けて魔法を放った魔王は、白猫の獣人の姿を見失った事に気付く。
「いくら無詠唱でも魔法を放つ時は隙が出来るよねん」
背後から聞こえて来る白猫の声に、死角を取られた事を悟った魔王は即座に振り返り迎撃を試みる。
だがそれは一瞬遅く、白猫の爪が大きく伸びて魔王の脇腹に突き刺さった――かに見えた。
パーティメンバーを囮にし、相手の死角を付いて暗殺するスタイルの白猫には、伸縮自在な爪は絶好の武器であり絶対の信頼を置いている。
魔力によって強化された爪は、本来なら鋼鉄すらも貫く防御不可能な武器なのだ。
しかし、その爪は魔王の鎧に傷一つ付けることすら出来なかった。
「うそ……!?」
白猫の縦に長い瞳孔は驚愕によって丸く開かれていた。
魔王は剣を振り白猫の爪を切断して、次の一撃で白猫を吹き飛ばす。
「うぎにゃぁ!」
魔王の剣撃で吹き飛ばされた白猫の獣人は、城の壁に激突し、失神して動かなくなった。
ほんの数秒の間に仲間が3人やられた勇者は、それでも余裕の笑みを崩さない。
寧ろ、俺ワクワクすっぞとでも言わんばかりに眼を輝かせていた。
「この世界に来てから初めてかもね、本気でスキルを使うのは。達人達相手でも6割ぐらいだったから。全開で使って体が持つかは分からないけど、試すには最高の相手だ」
そう言うと勇者の髪が黄金色に輝き、同じく黄金色のオーラが全身を覆う。
勇者の固有スキル『ブレイブ・バースト』。
あらゆる能力――動体視力、運動能力、演算能力、詠唱速度、魔法の威力等々が全て最大で10倍程に膨れ上がる。
正に勇者に相応しいチート能力だ。
それに反して紅林雄人自身は全く勇者に相応しく無い程に歪んでいるのだが。
だが魔王は、やる気満々の勇者に眼もくれずに魔導兵器の首元を狙って剣を振りかぶる。
ヤクモへの償いとして、先ずは捕らわれの姫君を助けだそうとした。
剣先から衝撃波が迸る。
しかし、魔導兵器の前へ高速で割り込んだ黄金色の光が魔王の剣撃を弾き飛ばす。
「捕らわれの姫君を守るのは勇者の使命だからね。あ、捕らえてるのこっちか。あははは!」
聴く者全てを不快な気持ちにさせる様な勇者の笑い声が響く。
かなり強めに放った筈の攻撃をあっさりといなされた事で、魔王は表情を引き締めた。




