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夫人

「ヤクモ、手紙には何と?」

 真剣な眼差しでこちらを見つめるティエンさん。

「魔王城へ来いと書いてありました」

 俺の返答に、ティエンさんは表情を曇らせ俯く。

「勇者め、魔王城を獲りに動くか。……いや、逆に好都合だ。一網打尽にしてくれよう」

 ティエンさんの美しく煌めく黄金色の瞳は、何故か苛立っている様に見えた。

「何か今朝と様子が違いますけど、ティエンさん。何かあったんですか?」

 疑問に思い尋ねてみると、組織の面々は分かり易く表情を変える。

「全世界が魔大陸への侵攻を開始した」

「全世界ってのは語弊があるだろ。ここサントゥリア王国は進軍しないし、アイン王国は軍備は整えているが今のところ動く気配は無い」

 ティエンさんの言葉にラルドが補足した。

 どういう事だ?

「魔大陸を攻めるとどうなるんですか?」

「魔大陸は世界の均衡を保つ為に必要なのだ。魔王軍が世界の中心に陣取っている事で、隣国へ兵を向ける事が容易では無くなっているからな。その中心が落とされれば世界中が戦争の色に染まる。エッセル共和国などは正にそれを狙っているのだろうが」

 俺の疑問に答えたティエンさんは難しい顔をしたまま更に考え込んだ。


 この世界の国々は魔大陸を中心として囲む様に成り立っている。

 ハルナの国、アイン王国。

 俺が二番目に召喚された、イスナーニ公国。

 組織の本部があって俺達が現在居る、サントゥリア王国。

 ミーシャの国、アハト王国。

 氷の女王の国、スィフル王国。

 魔導兵器を造っていた軍事国家、エッセル共和国。

 そして一年前に勇者を召喚した、クアトロ王国。

 これらの国が魔大陸を中心に時計回りに隣り合っていて、迂闊に魔大陸に兵を向けると両隣の国から攻め込まれてしまうという構図になっていた。

 世界中が手を取り合えば魔大陸へ攻め込めたはずだが、今迄は遠方の国と密に連絡を取れなかったために確固たる同盟を結ぶのが困難だったのだ。

 それをこの一年で勇者が転移魔方陣を使って同時侵攻する様仕向ける事に成功した。

 一見魔王を倒そうという勇者らしい面を見せている様だが、組織の見解は違った。


「勇者が、あのパーティが世界平和など求めている訳が無い。寧ろ望むは世界の破滅か」

 ティエンさんが吐き捨てる様に呟いた事は、以前の俺には理解出来なかっただろうが、勇者の正体が紅林雄人だと知った今は有り得る事に思えた。

 あいつは野放しにしておけないな。

 かと言ってスキルや魔法を使える奴を元の世界に連れていく訳にもいかないし。

 こっちの世界で隔離して貰う必要があるけど、どっちにしろ闘いは避けられないだろうな。

 そんな事を考えていると、後ろにいた妹達に袖を引っ張られる。

「お兄ちゃん、勇者の名前って紅林雄人って言うの?」

「ああ、そうだけど」

 後ろから手紙を見てたな、こいつら。

「その人って、私達が壊滅させたグループの幹部にいた気がするんだけど」

 おいおい、数千人の族を壊滅させたって噂はホントだったのかよ。

 恐ろしい……。

 紅林雄人はその族の幹部だったのか。

「一年前から行方不明だったから見たことは無いんだけど、異世界に召喚されてたんだね」

 いや、お前ら小学生の時にそいつの事ぶっ飛ばしてるからね。

 もっとも名前知らなかったから覚えて無いんだろうけど。

「あの族って相当碌でもない連中だったけど、そんな奴が勇者として召喚されてるのってどうなの?」

 俺に聞かれても困るが、美緒の疑問にティエンさんが応える。

「勇者召喚ってのはスキルや魔法の適正が高い者を召喚する為に行われる。人格等は無視されるらしいから、おかしな輩が召喚される可能性もあるという事だな」

「「なるほど、納得」」

 おい妹達、なんで俺を見て納得してんだ?

 紅林雄人の話じゃなかったか?


 まぁそれよりも今はもっと重要な事を話さないと。

「それで、組織は魔王軍に付くのか?」

 俺の疑問にティエンさんは眉間に皺を寄せる。

「そうもいかないんだ。組織は世界の均衡を謳い、各国の中枢にも入り込んでいる。表だって魔王軍に付けば離反する者も出るだろう。我々に出来るのは裏から手を回して軍の侵攻を鈍らせる程度だ」

「僕が隣国のイスナーニ公国とアハト王国に進軍を控える様説得してみたけど、全く聞く耳を持ってくれなかったよ。挙げ句に『貴様は何故進軍しない?魔族の側に付く気か?』だって。だから、見せかけだけでも挙兵しなきゃいけなくって、超面倒くさ~い」

 頭を抱えるティエンさんに続けて、サントゥリア王国の王アルクはチャラい感じで緊張感無く話す。

 しかし、俺は組織の意志に賛同出来ない。

「それでも、俺だけは魔王軍側に付くよ。ハルナを取り返す為に勇者と闘う事になるだろうからな」

「「お兄ちゃん、私達も付いてくよ」」

 妹達が俺と共に魔王軍側に付いてくれるなら、まぁ負ける事は無いだろう。

 叔母さんもいるし……と思ったが、

「私はこの方と共に行くわ」

 と告げて、美紀叔母さんはラルドのゴリラの様な黒い腕にしがみついた。

 それとほぼ同時に俺達の後ろで扉が音を立てて開く。

 俺と妹達は振り返り入って来た人物を確認すると、顔が引き攣るのを止められなかった。

「「「やばい!」」」

 そこに立っていたのは、夜の闇を纏ったかの様な黒髪の美女――マリアさん。

 マリアさんはぐるりと全員を見回し、ラルドを一瞥すると俺の方に向き直った。

 俺に八つ当たりだけは止めてくれよ。

 だがそれは杞憂だった。

「ヤクモ、無事だったか。エッセル共和国に乗り込んだと聞いて心配していたんだ」

 マリアさんが普通に俺に話しかけたので、俺は唖然として間の抜けた顔になってしまった。

 絶対に美紀叔母さんがラルドの腕にしがみついてるのを視認したはずなのに、何故こんなに冷静なんだ?

 何かある気がして逆に怖い。

「マ、マリアさん、ごめんね。ラルドの腕にしがみついてるの俺の身内なんだ。後でちゃんと言っておくから」

 恐る恐る謝罪した俺をキョトンとした顔で見つめるマリアさん。

 そして何かを察した様に目を細めて俺の肩を叩く。

「お前の心配する様な事は無いよ。私は多妻も許容できる考え方だからな」

 マリアさんの言葉に一番に反応したのは、美紀叔母さんだった。

 ラルドから離れて嬉々としてマリアさんの前に立つ。

「私は八雲の母の妹で橘美紀と言う。貴方とは良い関係を築けそうだ」

 何その遠回しな言い方。叔母って言えよ。

 叔母さんが満面の笑みで差し出した手をマリアさんが取った。

「私はマリアだ。よろしく」

 俺と妹達が二人の和解と、叔母さんに春が来そうな事を喜ぶ。

 まぁ、後はラルドに娶って貰えば万事解決……と思いきや、

「よろしく、第二夫人殿」

 叔母さんの言葉にマリアさんのこめかみがピクピクと蠢いた。

「ふふふ、面白い冗談だな第二夫人よ」

 二人の笑顔が徐々に氷りの微笑へと変貌する。

 第一夫人の座を巡って新たな闘いの火蓋が切って落とされた。


 だから、そんな事してる場合じゃ無いんだって!

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