鼓動
「八雲、この一瞬で景色が変わるのってどうやってるの?」
サントゥリア王国の和風の建物の中に転移して直ぐ、美紀叔母さんが不思議そうな顔で俺に尋ねてきた。
さっきまで色々見てたのにまだ理解して無かったのか?
「ここは異世界だから魔法が使えるんだよ。俺が移動に使ってるのは魔法とはちょっと違うけど、似たようなものかな」
胡乱げな目で俺を見る叔母さんは魔法を全く信じていない様だ。
それどころか、多分ここが異世界だって事も信じて無いんだろうな。
「お兄ちゃん、無駄だよ。師匠ってば、お母さんの話も信じて無かったもん」
実際に転移を見せてるのに疑ってるぐらいだから、そりゃあ話した程度じゃ絶対信じないだろう。
美紅が小声で耳打ちしたのを見て、叔母さんが少しムッとした表情で反論する。
「そんな超常現象みたいな事、信じられる訳ないでしょう?」
歩く超常現象が何を言ってるんですか?
魔法も効かない金属の塊を素手で破壊するとか普通無理だからね。
まぁ、今はハルナ救出のために居て貰えるだけで心強いから、別に叔母さんが信じなかろうがどうでもいい事なんだけど。
俺達が話をしていると、忍者の様な頭巾に鎖帷子を着た男が突然目の前に現れた。
「ヤクモ殿、首領が急ぎ来て欲しいと」
「あぁ、ありがとう。俺も用があったんだ」
俺に一言伝えただけで、忍者っぽい人はまた直ぐに煙の様に姿を消す。
魔眼で見たら、魔力で認識阻害みたいな事をして普通に飛んで移動しただけだった。
戦闘で使ったら便利そうだけど、魔力とかスキルを消される事が多くなって来たから、使う機会は無いかもな。
そういえばまた場所を聞き忘れてしまった。
多分今朝ティエンさんがいた場所だと思うし、広間のある方へ向かえばいいか。
叔母さんと妹達も普通に付いて来てるけど別に問題無いよな。
廊下をしばらく歩くと木造の大きな扉がある場所に出た。
扉の前に立つと、何やら中から複数人の話し声が聞こえてくる。
ティエンさんだけじゃないのか。
俺が扉をノックすると、「入れ」とティエンさんの応答があったので、中の様子を伺いながら扉をゆっくりと開けてみた。
そこに居たのはティエンさん、黒豹ラルド、ピンク忍者レイン、そして見知らぬ男前の青年。
三人は既に知ってるからいいけど、この青年は誰だろう?
黒い忍び装束を着ていて短髪の黒髪。
切れ長の黒眼が精悍な顔立ちを更に引き立てる。
俺が黒髪の青年をじっと観察していると、ティエンさんが俺に声を掛けた。
「ヤクモ、無事だったか!ハルナは?」
ティエンさんの言葉に俺の表情は暗く曇る。
「ごめん、大見得切って出ていったのに空振り。既に勇者によってクアトロ王国に連れて行かれた後でした」
「そうか。クアトロ王国に入られたのは厄介だね」
「厄介?どういう事ですか?」
「まぁ、それは追って話す。とりあえず中に入れ」
促されて中に入ると、黒髪の青年がティエンさんに話しかける。
「ティエン君、僕の事紹介してくれないの~?」
精悍な顔立ちとは裏腹な軽い調子で話す青年に、俺は呆気に取られた。
「ああ、すまない。こちらはサントゥリア王国の王アルク殿だ」
「よろしくぴ~す」
チャラい……。
こんな人が王でいいの?
チャラ男とかピンク忍者とか裏切り落ち武者とか変な奴しかいないけど、この国大丈夫か?
しかし割とイケメンで、王様だから収入もかなり見込める優良物件のはず。
にもかかわらず美紀さんが沈黙を保っているのは何故だ?解せぬ。
「えっと、美紀さん。あの人割とイケメンだと思うけど、アタックしないの?」
「チャラ男は無理」
好みがとっても狭き門!
俺と妹達がジト目で叔母さんを見ると、叔母さんの視線は全く別の方を見ていた。
視線の先を追うと、そこには黒い毛皮に身を包んだマッチョマンの姿が。
何故ラルドの方見てるの?
熱に浮かされた様に一点を見つめる叔母さん。
その視線の先の黒豹が俺に話しかけてくる。
「すまんなヤクモ。ハルナの救出に向かいたかったが、色々面倒事が重なって動けなかったんだ」
相変わらずのハードボイルド声で渋く言い放つラルド。
その声を聞いた途端、叔母さんの眼が大きく見開かれ頬が桜色に染まった。
「イケボ……ワイルド……」
まさかとは思うが……。
そして美紀叔母さんは胸の前で神に祈る様に両手を組んだ。
「お見合いしてた時は全く無かった鼓動が、そう、恋の鼓動が10年ぶりに脈打ってるわ!八雲、あの方は誰なの!?毛深くワイルドな顔立ち、下腹を刺激する渋い低音ボイス!知り合いなら早く紹介して、お願いよっ!!」
「美紀さん、目を覚ませぇ!」
叔母さん、選りに選って何でラルドに一目惚れしてんだよ!?
黒豹だよ!?
独身拗らせて寂しさの余り猫を飼いたくなる心理か?
身内としては応援してやりたい処だけど、獣人って如何なものか。
そんな俺の心配を余所に妹達は
「黒猫さんが叔父さんになるの?」
「それちょっと楽しそう。お兄ちゃん、なんとか師匠の力になってあげて」
等と好き勝手な事を言い始める。
「そうは言ってもなぁ、マリアさんに悪いし」
俺の言葉に、ラルドが耳を立てて反応する。
「ん?マリアがどうかしたか?もうすぐ此処に来ると思うが」
何その修羅場?絶対同席したくねぇ!
俺は早くハルナを救出しに行きたいから、余計な事に首突っ込みたく無いのに。
と、突然俺達の居る広間の中央に赤く光る魔方陣が浮かび上がる。
「な、何だ!?」
「何かの攻撃か!?城内の結界を破って魔方陣を張るなんて」
その場にいる全員が驚いているという事は、第三者が使っている魔法なのか?
警戒を顕わに各々身構えると、魔方陣は更に光を増していく。
攻撃らしき挙動は無いまま、数秒間光り続けた魔方陣は徐々に光を失っていく。
そしてそれが完全に消えた後には、一匹の虫みたいな物が横たわっていた。
羽根の生えた妖精――レーチェだった。
「レーチェ!」
俺が叫ぶと、レーチェはゆっくりと体を起こす。
「んん、ヤクモ~?ここって組織の本部~?」
「レーチェ、ハルナはどうした!?」
「非道いよ、ヤクモ~。私だって攫われてたのに~」
「ああ、悪い。で、ハルナは?」
「もういい~。はい、これ~勇者から~」
「えっ、勇者から!?」
俺の態度に呆れてそっぽを向いてしまったレーチェは、抱えていた手紙を俺に差し出した。
この場に『組織の首領』や『王国の王』がいるのに、俺宛なのか?
一緒に攫ったレーチェに持たせて寄越すって事は、この手紙にはきっとハルナの事が書かれているのだろう。
俺は恐る恐る手紙を開けて内容を確認する。
『君の大事なお姫様を預かっているよ。
会いたかったら、今日これから魔王城へ行ってみたらどうかな。
きっと素敵な事が巻き起こるだろうね。
しかし、君が召喚されているとは運命的と言うか宿命的と言うか。
何にせよ、再び相見えるのを楽しみにしているよ――橘 八雲君
勇者こと紅林 雄人より』
青ざめた。
俺の事に気付きやがった。
そして完全に衝突は避けられないと悟った俺は、覚悟を決めて手紙を握りつぶした。




