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地下牢

 薄暗くジメジメした地下の奥。

 石を雑に積まれた左右の壁は、今にも崩れそうな程劣化していた。

 一歩、また一歩と進む度に誰かのすすり泣く声がハッキリと聞こえてくる。

 後ろに立つ兵士から早く歩く様に促されながらも、この先の牢から聞こえる泣き声に耳を奪われる。

 泣いていたのは黒髪の少女。

 足音に気付いた少女は、溢れる涙を拭うのを止め此方へ視線を移した。

 錆び付いた鉄格子の前へ立つと、兵士が腰に付けた複数の鍵から一本を選び鍵穴へ差し込む。

 兵士がこの牢の鍵を開けるのは泣いている少女を出す為では無く、新たな人間を閉じ込める為だとその場にいる全員が理解していた。

 それでも、牢の中で泣いていた少女は一縷の望みに縋る様に声を上げた。

「どうか、どうかもう一度勇者様に会わせて下さい!私の話を聞いて下さい!」

 しかし兵士は彼女を無視し、新たに牢の同居人となる二人――一人と一匹に牢へ入るよう促す。

 特に抵抗するでも無く、赤髪の美しい少女と羽根の生えた掌程の身長しか無い妖精が牢の中へ進んだ。

 一見すると鉄格子の隙間が広く妖精など簡単に通れてしまいそうだが、魔法のバリアが張ってある牢からは蟻一匹すら這い出せない。

 ガチャリと鍵を掛けると、一言も発せずに踵を返した兵士は感情を一切見せる事無く入口へと戻っていった。

 その後ろ姿を見て、再び眼に涙を浮かべる少女。

 その少女を横目に妖精が嘆息しながら小さな声で呟く。

「泣くとか有り得ない~。自業自得じゃん~」

 間延びしたこの場の空気にそぐわない一言が、余りにも辛辣すぎてその場にいた少女達は眼を見開いた。

「レ、レーチェ。いきなりどうしたの?」

 赤髪の美少女が妖精を窘める様に聞き返すが、悪びれる事なく妖精は言葉を続けた。

「だってこの人、ヤクモが助けようとしたのを蹴って~、選りに選って勇者に付いて行ったんだよ~。それで捕まってるんだから世話がないよ~」

「え、じゃあこの人が勇者……」

 赤髪の少女の言葉に、今迄泣いていた黒髪の少女は怒りを顕わにした眼を向ける。

「私を勇者なんて呼ばないでっ!!」

 突然敵意を向けられ困惑する赤髪の少女と、それを意に介さず飄々とした態度のままの妖精。

 勇者という名の元にこんな訳の分からない世界に召喚され、剰え監禁されて魔導具の製作を強要された。

 黒髪の少女はこの世界の全てが憎く、全てが信じられない。

「あんな容姿の醜い奴の言葉なんて信じられる訳がないでしょ。それどころか、もうこの世界の全てが信じられない。私の作った魔導具で戦争して皆滅んでしまえばいい。この世界の生きとし生けるもの全てが滅べば、私は元の世界に還れるんだから」

 絶望の中で歪んだ少女の心は最早誰も癒やす事など出来ないのだろう。

 赤髪の少女はせめて同情の言葉をと思考を巡らすが、黒髪の少女の放った一言が先に脳裏の感情を刺激してしまった。

「ヤクモは醜くなどありません」

 凜とした姿勢で真っ直ぐに黒髪の少女を見つめて、赤髪の少女――ハルナは強い口調で言葉を発した。

 卑屈になった自分に堂々と浴びせられた否定の言葉。

 黒髪の少女は反論すら出来ずに、女神の様な美しさの赤い瞳を見つめ返すだけだった。

「貴方の境遇がどうであれ、私の友人を侮辱するのは許し難き行為です。取り消してください」

「っ……!」

 ハルナの気迫に圧されて、何も言えないまま俯く黒髪の少女。

 そこに追い打ちとばかりにレーチェが畳み掛ける。

「その足のケガだって~、ヤクモが治してやれって言うから私が治したんだからね~」

「え……!?」

 レーチェの方を見て眼を丸くした黒髪の少女は、自身の足を擦りながら何か言おうとするが言葉を発する事は出来なかった。


 しばらく続いた静寂。

 それを破ったのは、いつの間にか鉄格子の向こう側に立っていた男の笑い声だった。

「くふふふ、そうかそうか。何処かで見た気がしてたんだ。髪の色が違ったせいで分からなかったけど、彼奴だったのか。くくくっ」

 今迄気配を消していた癖に、男は態と牢の中の三人に聞こえる様に喋った。

 しかし、少女達には男の話している事が理解出来ない。

 その事がさらに男を愉快な気分にさせた様で、笑い声は徐々に大きくなる。

「あははは、いや~久し振りに楽しめそうだよ。新しい魔導具おもちゃの作製を依頼しにきたら、とんでもなく貴重な情報を得る事が出来た。ありがとう。こんなに愉快な気持ちになったのは何時以来かな?」

 丹精な顔立ちで笑う男の眼は暗く濁った色を見せていた。

 先程会う事を懇願していた黒髪の少女でさえも、その瞳に恐れを成して何も言えない。

 勇者――であるはずのその男のどす黒い感情を、その場にいた少女達ははっきりと感じとれてしまっていた。

 楽しそうに、愉快に笑うその瞳に映っていたのは、愉楽とは真逆の混沌とした感情であったのだから。


 悪寒に苛まれながらもハルナは意を決した様に拳を握り締め、その男に問う。

「勇者……貴方の目的は何ですか?ヤクモに何をするつもりですか?」

 牢に入れられながらも強さを失わない赤い瞳に、勇者は若干の苛立ちを覚える。

「自分の立場を分かっているのかい?他人の心配をするとは余裕だね」

 ハルナは勇者をキッと見据える。

「貴方の企みなど、きっとヤクモが叩き潰してくれます。自身の心配をなさるべきは貴方の方ですよ」

 明らかな挑発に乗るつもりは無い勇者だったが、抑え切れない感情を表情に出してしまい、今迄の笑顔が冷徹な作り笑いへと変貌する。


 最も嫌いな眼だ。

 真っ直ぐに信じて疑わない眼だ。

 ねじ伏せて暗い闇を植え付けてやりたくなる眼だ。

 そんな眼を向けて来る女をどうしてやれば、最も愉快に痛快になるだろう?


 そう考えた勇者は、ふと頭を過ぎった事を口にした。

「へぇ、そこまで彼奴を買っているとは。侯爵がくれた只の邪魔な人形だと思ってたけど、君は彼奴の何なんだ?」

 その勇者の問いに、真っ直ぐな瞳のままハルナが衝撃発言をする。

「一晩を共にした仲です」

「どえええええええ~~!!」

 狭い地下内にレーチェの叫びが木霊した。

「け、今朝部屋に居ないと思ったらまさかハルナちゃん~……」

「ええ、昨夜はヤクモの部屋に」

「きゃ~!!大人の階段登っちゃったの~~!?」

 レーチェは盛大に誤解しているが、実際は本当に一晩を共に過ごしただけで何事も無かった。

 仮に何かあったとしても、この異世界では異性間交友に年齢による制限など無いので何も問題は無いのだが。

 しかし、ここに居合わせた全員はハルナの言葉を正しく曲解してしまっていた。

 そして、そのせいでハルナの身には災厄が降りかかる事となる。


 面白い。

 本当に面白い物を偶然にも手に入れていた。


 口角を吊り上げて下卑た笑いを浮かべた勇者は、冷たい眼でハルナを見下ろす。

「そうか、それなら彼奴にとって君は相当大切な存在だろう。とても良い事を思い付いたよ。これから始まる盛大なイベントの主役は君に務めて貰う事にしよう。ああ、主賓には招待状も出さないとね。忙しくなりそうだ、くくく……」

 ハルナの背筋を蛇が這う様な悪寒が突き抜ける。

 勇者はそのまま小さく笑いながら地下の入口へ歩いて去ってしまった。

「ヤクモ……どうかご無事で」

 赤髪の少女の桜色の唇は僅かに震えていた。

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