手合わせ
俺の目の前に立ち、自然体から隙の無い構えを取る美紀叔母さん。
相対するだけで背筋に冷たい物が走る。
「ちょっと待ってよ。何で俺がおば――美紀さんと立ち会わないといけないの?」
美紀叔母さんは俺を見据えたまま、微動だにしない。
「『正統後継者』である美紅と美緒が、あなたの方が強いと言うので確かめさせてほしいの。私の目が曇っていたせいで、あなたの素質を見抜けなかったのかも知れないからね」
「せ、『正統後継者』って何?武道の素質なら圧倒的に妹達の方が上だと思うんですけど?」
「私もそう思ってたから、確かめるのよ」
どうして俺の周りには好戦的な人が多いんだ?
きっとみんな脳みそ筋肉で出来てるんだろうな。
「「オニイチャン、ガンバッテー」」
棒読みの応援ありがとよ、この脳筋バカ妹達。
絶対お前らが余計な事言ったんだろ。
後で覚えてろよ。
というか、こうしてる間にも攫われたハルナがあんな事やこんな事をされてるかと思うと気が気じゃ無い!
時間を掛けてられないから、叔母さんには悪いけど動けなくなってもらおう。
アレアが使っていたバリア魔法を無詠唱で叔母さんの周りにだけ展開させる。
だがバリアを見ても、美紀叔母さんは少し眉を動かしただけで全く動揺を見せなかった。
「ごめん美紀さん、時間無いんだ。そのバリアは暫くすれば消えるから、下手に動かないでね」
俺は踵を返し、美紅と美緒を連れて転移するために道場の脇に避けていた二人に近付こうとした。
「「お兄ちゃん、師匠を甘く見すぎだよ」」
「は?」
美紅と美緒の言葉に俺が美紀叔母さんの方へ振り返ると、
「破っ!」
美紀叔母さんが気合いを込めた瞬間、周りに展開していたバリアがガラスが割れる様にパキンと音を立てて崩れ散る。
「こんな紛い物の力があなたの本当の力なの?八雲、本気で来なさい」
『破魔の法』っていう基礎知識が無いはずなのに、気合いだけでバリアを破るとか化物かよ?
チート――ではない、日々研鑽を重ねてきた達人か。
そういう相手に小細工は無意味なんだけど、俺に出来るのは小細工魔法攻撃だけだ。
真正面から美紀叔母さんとやり合って勝てる訳が無いので、紛い物の力でも何でも使いますよ。
ってか、別に勝つ必要無いんだから、やばくなったら転移で逃げよう。
直接攻撃する魔法は木造の道場内では使えないから、オーソドックスに身体強化と危険予知で闘うしか無いな。
そう考えると俺って肉弾戦の手札が少な過ぎる気がする。
後でその辺も考えよう。
取りあえず叔母さんに向かって構えると、叔母さんの気配が爆発した様に膨れ上がる。
気圧された俺は無意識に一歩後ずさってしまった。
「この程度の気当てで下がる様では話にならないわよ。来る気が無いなら此方から行きましょうか」
――無拍子。
武道に於ける、魔法で言う無詠唱の様なもの。
叔母さんの無拍子による移動の瞬間、唐突に俺の目の前に十数人の叔母さんのビジョンが現れる。
マジかよ!?
スカルラットでも三人ぐらいにしか見えなかったのに、叔母さんは桁違いの強さってことか?
瞬時に一番濃いビジョンの攻撃をガードしようと右腕を曲げると、次の瞬間別のビジョンの濃度が上がる。
俺の僅かな動きに応じて攻撃方法を変えてる?
次の濃くなったビジョンの攻撃線上に左腕を突き出そうとすると、正面にビジョンでは無い本物の美紀叔母さんが出現した。
身体強化した体でも避けきる事が出来ずに脇腹に正拳突きを貰ってしまう。
「くっ!」
後ろへ吹き飛ばされて板張りの壁に激突してしまったが、ダメージは殆ど無い。
すんでのところで自ら後ろに飛ぶ事で、何とか衝撃を反らせたからだ。
伊達に何度も達人達と闘ってないからね。
「今のを受け流すなんて、確かに数年前に比べると別人の様に強くなっているわね」
「まぁ異常な強さの人達と闘って来ましたんで」
「へぇ、ちょっと興味あるわね、その異常な強さの人達って」
妹達以上の戦闘狂らしい眼を見せる美紀叔母さん。
いや違う……あの眼は強い男を食おうとしている捕食者の眼だ!
俺が動揺した隙を見逃さずに、美紀叔母さんは次々に手刀やら正拳を繰り出す。
これ絶対合気道の技じゃないよね?
「美紀さん、合気道にグーって無いですよね?」
危険予知のおかげで辛うじて攻撃を凌ぎ続けられるが、一瞬でも油断したらやられそうだ。
「これ、古武術だから。打撃も有りよ」
「俺そんなの習って無いんですけど?」
「そうね、教えて無いもの」
「ええ~?」
何の手解きもしてない俺に立ち会えとか、どんだけ無茶振りしてくれてんだよ?
徐々に攻撃が蹴り等も加えられて激しくなっていく。
というか何かの憤りを俺にぶつけるかの様に、一撃一撃に殺気が込められてるんだけど?
先程の様子から思い当たる節を、攻撃を避けながら尋ねてみる。
「美紀さん、まさかと思うけど……」
「何?」
「この連休中に100回目のお見合い失敗した?」
俺の言葉に叔母さんの嵐の様な攻撃が僅かに緩む。
そして、少し眼を潤ませながらも攻撃の手を止めないまま、美紀叔母さんは俺の問いに応える。
「……101回」
「え?」
「昨日、101回目のお見合いに失敗したのよ!!」
怒声とともに放たれた美紀叔母さんの正拳突きが俺の鳩尾に突き刺さった。
痛い!痛いよっ!殴られた腹よりも、心が痛いぃぃ!!
俺と共に美紅と美緒も白目になって絶句していた。
まさかの大台を既に突破していたとは!
きっと、憂さ晴らしで妹達と組み手するつもりだったのだろう。
そこへ俺が来てしまい、叔母さんの鬱憤を受け止めるハメになったのか。
そして、最後の攻撃を放った美紀叔母さんはこの世に絶望したかの様にorzの状態になっていた。
三十路の行き遅れが作り出した混沌な空間は、暫くの間俺達兄妹の心に多大なダメージを与え続けたのだった。
――って、こんな事してる場合じゃないんだよ!
「美紅、美緒。ハルナが攫われたんだ!直ぐ助けに行くぞ」
「「ええっ!?ハルナちゃん攫われたの!?」」
妹達の驚きの声に我に返った叔母さんが俺達の方へ歩み寄る。
「今の話はどういう事?」
「え、えっと……」
叔母さんの問いにどう返答すればいいのか言葉に詰まってしまう。
「警察には連絡したの?」
「いや、そういった治安機関のある国じゃ無いから」
「まさか、異世界とか言うんじゃ無いでしょうね?」
「ど、どうかな~?」
どう叔母さんに説明したものかと悩んでいると、少し考える素振りを見せた叔母さんが
「私も連れて行きなさい」
「はぁ!?」
突然とんでもない事を言い出した。
「私は正義の味方では無いけれど、あなた達の知人が攫われたのなら見て見ぬ振りは出来ないわ。それに、行った先で何か出会いがあるかもしれないし……」
最後の方は良く聞こえなかったが、身内である叔母さんなら連れて行っても問題無いか。
ホントは母さんを連れて行ければ楽勝なんだが、能力をオフに出来ないらしいから空間転移出来ないし。
「分かったよ。じゃあ俺の手掴んで」
美紀叔母さんが俺の手を掴み、美紅と美緒が俺に抱き付いたところで空間転移を発動して、俺達はエッセル共和国へと向かった。




