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もう一人の叔母さん

「「ぶえっくしょい!!」」

「双子って、くしゃみのタイミングも一緒なのね。でも、年頃の乙女のくしゃみじゃないわよ、それは」

 朝も早くまだ生徒が誰も来ていない合気道の道場で、ジャージ姿の少しくせっ毛の目立つ中年女性――八雲と妹達からは叔母にあたるたちばな美紀みきは呆れ顔で正座している双子を見下ろした。

「私達を纏めてバカ呼ばわりする奴なんて一人しかいない」

「だね。後で覚えてろよ、お兄ちゃん」

「相変わらずあなた達の洞察力は超能力じみてるわね。この場にいない人間の行動まで読むなんて」

「まぁ、お兄ちゃんの行動は分かり易いから」

「うん、お兄ちゃん単純だもんね」

 本人が居ないので言いたい放題の美紅と美緒は、兄に対しては本人が目の前に居ても同様の態度である。

 美紀は若干八雲に同情しつつ、隙の無い動作で美紅と美緒の正面に座る。

「今日呼んだのは他でも無いの。長老会があなた達を『正統後継者』と認定しました」

「「へぇ~」」

「と言う訳で前例の無い事だけど、あなた達は二人共『橘流古武術』の後継者となります。仕事ミッションを任される事もあるだろうからそのつもりでね」

 美紀の言葉に、美紅と美緒は左右対称の動作で顎に手を当てて考える素振りを見せる。

「でも師匠、今は多分私達よりお兄ちゃんの方が強いよ?」

「だよね。一対一でやったらお兄ちゃんには勝てないと思う」

「えぇっ!?」

 信じられないと眼を見開く美紀は、頭を振って否定する。

「そんな筈は無いでしょ。八雲はあなた達と違って私の指導を受けていないんだから。誰にも師事せず自力であなた達に勝てる程成長するなんて不可能よ」

「まぁそれは色々あって……って言っちゃってもいいのかな、これ?」

「いいんじゃない?師匠も身内なんだし」

「何の事?」

「お兄ちゃん、異世界に召喚されたの」

「それでお兄ちゃん、スキルに目覚めて信じられない程強くなったの」

「その話、ものすごく聞き覚えがあるんだけど?確か20年ぐらい前にも……」

「それお母さんだよね、きっと」

「お母さんが召喚された世界に、お兄ちゃんも召喚されたの」

 今迄武道家らしい綺麗な自然体の正座をしていた美紀が、双子の言葉で突然orzのポーズになりブツブツ独り言を呟きだす。

「姉さんの血なの?この子達までファンタジーでお花畑な話をする様になってしまうなんて。私の指導が甘かったのかしら?そう言えば義兄さんも最初の頃はそんな話をしてたっけ?八雲はもうきっと手遅れね。せめてこの子達だけでも真っ当な道に引き戻してあげなくちゃ」

「「師匠、怖いよ」」

 美紀は普段は姉である八雲達の母と同様に少しおっとりした雰囲気だが、思い込みが激しく時折猪突猛進で突っ走る処がある。

 それが災いしてか、三十代半ばにして未だ独身。

 行動が突発的で度々周りをドン引きさせてしまう為、道場の生徒は中々増えなかった。

「師匠って何かお兄ちゃんに似てるよね」

「そだね。外見はお母さんそっくりなのに」

 一先ず項垂れている叔母に信じて貰おうと、美紅と美緒は掌の上で魔力球を作り出して見せる。

「ほらほら、見て師匠」

「私達も異世界に行ってこんな事出来る様になったんだよ」

 ウォンウォンと音を出しながら双子の掌の上でうねる魔力球を見た美紀は、綺麗な正座に戻ると、

「喝っ!!」

 気合いと共に美紅と美緒の魔力を吹き飛ばした。

「「ああー!私達の魔力が消えちゃったー!」」

「なんですか、その紛い物の力は?正しく気を練らないと強い力は出ないわよ」

「でも、百歩神拳とかできるよ~?」

「魔法も使えるのに~」

「そんな力に頼っているから、八雲に負けるのよ。これは、『正統後継者』の件も考え直さないといけないわね」

 頬を膨らませる美紅と美緒を宥める気も無く、美紀は眼を瞑り頭を振る。

 美紀は双子が若すぎるという事で、『正統後継者』の件はもう2年は待つべきだと長老会に進言していた。

 決定した今もやや疑問を持っている上に、今回の美紅と美緒の話である。

 美紀はもう一度待って貰えるように提言しようと心に決めたのだった。

「じゃあ師匠、お兄ちゃんと闘ってみてよ」

「うん、お兄ちゃんの強さを肌で感じて貰うのが一番いいよ」

 双子の言葉にやれやれと嘆息し、美紀は仕方が無いと一つ頷いた。

「わかったわ。そこまで言うなら、手合わせしましょう。八雲は今家にいるのかしら?」

 そこで二人はお互いに顔を見合わせ奇妙な事を口走る。

「たぶん、もうすぐ此処に来るよ」

「お兄ちゃんの気配がするもん」

 本当にこの双子は超能力でも持っているんじゃないかと、美紀は眼を見張った。

 そして、その双眸は次の瞬間更に見開かれる。

 美紀の目の前に座っている美紅と美緒の後ろに、突如一人の男の姿が具現化した。

 何も無い、道場の入口の扉が丸見えだった場所に、幽鬼の如く現れた少年。

 それが最近は殆ど会う事が無かった自身の甥っ子だと認識した美紀は、武道で鍛えた己の精神が簡単に揺れてしまった未熟さを恥じる。

 そんな美紀の心情を全く慮る事無く、少年は何事も無かったかの様に次の台詞を吐きだした。

「美紅、美緒。ちょっと国一つ叩き潰すから手伝ってくれ」




―――――




 空間転移で一度家に戻り、美紅と美緒が既に道場に行ったと聞いた俺は何も考えずにそのまま道場へ転移してしまった。

 転移した先の目の前に美紅と美緒の姿を見つけたので、

「美紅、美緒。ちょっと国一つ叩き潰すから手伝ってくれ」

と声を掛けた直後、その先で此方を凝視したまま固まっている美紀叔母さんの姿に漸く気付く。

 やべぇ、めっちゃ見られてる!

「八雲……だよね?」

 暫く間を置いた後、我に返ったらしい美紀叔母さんが俺に確認する様に問う。

「はい……お久しぶりです、叔母さん」

 その時、美紀叔母さんのこめかみからブチッと何かが切れる音が――。

「誰がおばさんだぁ!?」

 いや、その流れもういいから。

「誰が行き遅れだぁ!?」

 いや、誰もそんな事言ってないから。

 ってか、何故半泣き?

「なんでみんな私の求婚を受け入れてくれないのよぉぉ!!」

 突然泣き崩れる叔母さんが痛々しくて切ない。

 何この状況?

 美紅と美緒が美紀叔母さんの頭を撫でながら俺に向き直る。

「お兄ちゃん、師匠を苛めちゃダメだよ」

「いや、苛めてないから」

「お兄ちゃん、年端も行き過ぎた女の子を苛めるなんて最低だよ」

「いや、お前の発言の方が非道いだろ」

 しゃくり上げながらも何とか顔を上げた叔母さんは、涙を拭うと少し落ち着いたようで綺麗に正座し直して俺に視線を戻す。

 そして何か意を決した様な顔をして口を開いた。

「八雲」

「は、はい……」

「私と立ち会いなさい」

「えええええ!?」

 おばさん呼ばわりした仕返しですか?

 それがいい年した大人のする事ぉ?

 有無を言わせぬ叔母さんの視線に、俺は蛇に睨まれた蛙の如く動く事が出来なかった。

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