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告白

八雲やくも!早くパス出せ!」

 俺の右サイドを走る選手が苛立ちを顕わに激を飛ばす。

 そちらに視線を移しながらも、俺は前線を走る和馬かずま隼人はやとの動きを感じながら足元のボールをキープし続けた。

 和馬は出過ぎだな、あれじゃオフサイドになっちまう。

 それに気付いた和馬が一歩下がったところで、俺は逆サイドでスタートを切った隼人にロングパスを送った。

 それに伴って草食動物の大移動の様に動き出す選手達。

 ボールが大きく弧を描いて吸い寄せられるように隼人の足元に辿り着くと、隼人はそれをノートラップでゴールに蹴り込む。

 相手のキーパーの手は空を掴むだけで、ボールはネットに深々と突き刺さった。

「よっしゃあ!」

 ついつい歓喜の雄叫びを上げてしまったが、これで俺は2アシスト、隼人は3ゴールでハットトリック。

 和馬が1アシストだけでゴール出来なかった事をどうやって慰め……というか宥めようか考えておかないとな。


 俺達は中学二年の夏、歴代最強と謳われるメンバーでサッカーの県大会準決勝まで勝ち進んでいた。

 俺はボランチとしてチームの主軸。

 その日の空は青く晴れ渡っていて、何か良いことがありそうな予感がしていた。


「お疲れ様っ!やったね、次は遂に決勝だよ!」

 声だけでその美しさを知らしめる、六花りっかの労いが俺達に届く。

「次はこう旨くいかないだろう。気を引き締めないとな」

「次こそは絶対点入れる!八雲ちゃんとパスよこせよ」

「いや和馬、お前もうちょっとオフサイドに気を付けないと、パス出せねーよ」

 冷静に次を見据える隼人と次こそはと息巻く和馬。

 対照的な光景に俺は嘆息して返事を返しつつも、無意識に六花の影を目で追ってしまう。

 半袖短パンからスラリと伸びた六花の四肢の白さは、真夏の日差しの中でそこだけ雪が残っている様だった。

「お疲れ様、六花。俺達の動きどうだった?」

 隼人が六花の持つスコアブックを覗きながら隣に座ったのを視て、俺の視線が泳ぎ出す。

 何時も六花の周りの出来事一つ一つが俺を動揺させ、その度に俺は焦燥に駆られる。


――でも、この時の俺はまだ異性との距離を縮めようと努力出来た。


「六花、俺のパス凄かったろ?無敵のゲームメイクだったって、ちゃんとスコアに書いとけよ」

 俺は冗談めかして六花に話しかけ、内心ドキドキしながらも戯けてみせる。

「八雲、どこが無敵のゲームメイクなのよ。ボール持ち過ぎだし、あの雑なパスだって隼人や和馬だから取れるんだよ。私、見ててハラハラする場面何回もあったんだからね。反省しなさい」

 クスクスと笑いながら親しげに駄目出ししてくる六花を、俺は眩しいものを見るように目を細めて見つめた。

 しかし六花は話し終えた後少し眉を顰めて、直ぐに隼人の方に向き直る。

 ここ一週間程、六花は俺と話す時におかしな表情をする様になっていた。

 何かしてしまっただろうかと考えるも、二人きりになれる事もあまり無いし、無理に問い質して拗れてしまうのも嫌なので様子を見ている状態だ。

「なんか最近六花の様子おかしくないか?お前なんかした?」

「いや、何もしてないと思うけど……」

 和馬に小声で言われてドキッとするが、俺には心当たりなんて無い。

 そもそも、今年は全国へ行くのも夢じゃないという事で、試合に集中していたから六花との接触すら殆ど無い。

 みんなで遊びに行けない事で不満でも溜まっているのだろうか?

 次の試合に勝てば全国だし、祝勝会でぱーっとやれば気が晴れて元の六花に戻るかもしれないな。

 俺はスコアブックに向かって書き込みする初恋の美少女を横目に、競技フィールドを出て控え室に向かった。


 着替えを終えて、コンクリート張りの冷たい控え室から出た俺を、一人の少女が待ち構えていた。

 ショートの黒髪でパッチリした眼が印象的な娘だ。

 確か最近入ったマネージャーの……名前何だっけ?

「えっと……」

「先輩、ちょっとひいらぎ先輩の事でお話したいんですが、いいですか?」

 名前も告げずに用件を話し出す少女に面食らうが、名前を覚えていない俺が悪いので何も言えず頷くしか無かった。

 控え室付近では何時誰かが来て冷やかされるか気が気でないので、自販機のある誰も来ない競技場の外へ場所を移すことにした。

 次の準決勝第二試合が始まりそうなので、外にはほとんど人が居ない。

 俺も早めに話を終わらせて見に行きたいところだ。

 俺の後ろを黙ってついて来る少女に、振り返って俺の方から聞いてみる。

「六花の事で話って何?」

 油断していたらしい少女は驚いた表情を見せるが、直ぐに冷静になり口を開く。

「柊先輩の事名前で呼ぶって、仲いいんですね」

 予想外の応えに戸惑う俺に、少女は続けた。

「橘先輩は柊先輩の事好きなんですよね?」

「えっ!?」

 完全に狼狽してしまい、取り繕う事も出来ない俺に少女はクスクスと笑みを向けた。

「見てれば分かります」

「そ、そう?」

「はい」

「俺ってそんなに分かり易いのか」

 がっくりと肩を落としつつも、迂闊に六花を見つめたりしていた事を思い出す。

 あれじゃ、敏感な人には直ぐに分かっても不思議じゃ無いか。

「お話というのはその事です」

「え、ええっ!?」

 更に驚愕する様な事を平然と言ってのける少女に、俺は口を開けたまま固まってしまった。

「ここ一週間程、柊先輩の様子がおかしいんです。というか、私が見る限りでは橘先輩の気持ちに気付いて戸惑っている様に見えるんですが」

「ええええええええっ!?」

 もはや「え」を連呼するしか出来ない生き物と化した俺。

 今、サラッと超大変な事言ったよ、この娘!

 本人に気付かれるとか、ヤバくないか?

 いや、最近入ったマネージャーに気付かれるぐらいだから、本人が気付かない訳が無いよな。

 最早混乱でグチャグチャになっている頭の中を整理する為に、一つずつ少女に確認していく事にする。

「ごめん、今の話って六花本人には話して……?」

「話してはいないんですが、私の不用意な一言……二言?で気付いてしまったんではないかと思い、謝罪と共に相談に来ました」

「何て言ったの?」

「柊先輩はどの先輩と付き合ってるんですか?って」

「……」

「橘先輩とか熱い眼差しで見てますけど?って」

「……」

 絶句したまま白目になっている俺を見てクスクス笑っている少女。

 お前、絶対謝罪する気とか無いだろ!

 とりあえず、最近六花の様子がおかしかった原因はハッキリした。

 解決方法は完全に見失ったけどね。

「でも柊先輩、満更でも無いんじゃないかなぁ?最近様子がおかしいのって、橘先輩を意識してるって事ですよね」

 そう言った瞬間、少女の目の色が変わった様に見えた気がして、少々違和感を覚えた。

 少し目眩の様なものを覚えるが直ぐに元に戻る。

 まぁ確かに、最近の態度から見ても六花が俺に対して何か思ってるのは分かる。

「俺を意識……してるのかな?」

 今迄の様に仲良く話せるようになるには、やっぱり俺が話をするべきなんだよな。

「わかった。六花とちょっと話してみるよ」

「告白するって事ですか?」

「うえええ!?な、何で!?」

「いや、だって話すって事はそういう事ですよね?」

 こ、告白……!?

 何それ美味しいの?って、現実逃避してる場合じゃないよね。

 ……告白かぁ。

 ずっと先にある事で全然現実感無かったけど、急に手元に落ちてきたみたいだ。

 告白するしないは別にして、きちんと話をしないと部活にも影響が出るかも知れない。

 大事な時期だし、六花のフィールドの華とも言うべき応援が俺達には不可欠だしな。

「じゃあ先輩、お願いしますね」

「あ、ああ」

 少女はそう言うと、踵を返して競技場の中へ戻っていった。

 結局名前も聞けなかったな。

 後で隼人にでも聞いておこう。


 競技場のスタンドから湧き上がった歓声を聞いて、次の準決勝第二試合が始まった事を確認する。

 俺も試合見ておかないと、明日のゲームメイクに影響するからな。

 競技場の入口へ足を向けると、入口のドアを開けて少し茶色がかった髪を揺らして一人の美少女が降臨した。

 さっきの今で行き成り機会が訪れても、心の準備が全く出来ていないぞ。

 キョロキョロと辺りを見回した美少女――六花は、俺の姿を確認すると大きく手を振った。

「八雲~!何してるの、始まっちゃうよ~!」

 相変わらず美しい声音で、聞いているだけで夢心地になる。

 俺は心を整理する為にゆっくりと歩いて六花に近付く。

 鼓動が早くなるのが分かる。

 一歩踏み出すだけで俺の中の勇気が削ぎ落とされる。

 足を前に出すのに躊躇いが生まれる。

 それでも奥歯を強くかみ合わせ、なけなしの勇気を振り絞る。

「六花……」

 目の前で俺が声を掛けると、俺の様子の違いに六花の双眸が僅かに歪む。

「ど、どうしたの八雲?早く行こう。次の試合の為に準決勝見ておかなきゃ」

 俺は今迄に無い程真剣な眼差しで六花を見つめる。

「六花、俺……」

「やめてっ」

 彼女は俯き、小声で俺を制する。

 だが、何故か俺はそこで止まれなかった。

「俺は、お前の事が好きだ。その……出来れば付き合って欲しい」

 誰もいない競技場の入口には、スタンドの声援が遠くから聞こえてくるだけだ。

 その程度の音に俺の声は掻き消されない。

 確実に六花の耳に届いただろう。

 俺の声が。

 俺の想いが。

 届いたはずだ。

 数瞬の間を置いて、六花の桜色の唇が動いた。

「なんで私があんたなんかと……」

 こちらの方を向いたのは、いつもの少し垂れた優しそうな眼ではなかった。

 ややつり上がったように見えるその瞳に映っていたのは、激しい憎悪。

 漫画や小説では有り得ない反応――予想すらしていなかった六花の応答に狼狽える。

「なんで私があんたなんかと?なんで、なんで私があんたみたいなブサイクと付き合わなきゃいけないのよ!」

 俺の思考と体は時が止まった様に動かなかった。

 六花は堰を切ったように負の感情を俺に向ける。

 それは好意ではなく明らかな敵意。

 きっと、俺は何かを間違えたのだろう。

 俺がまた何か良くない事をしてしまったのだろう。

 そうでなければ六花がこれ程怒りを顕わにする事など無いはずだ。

 そして――もうこれは修復不可能な程に関係が壊れたのだと確信する。

「私は……私は隼人の事が好きなの。隼人に余計な事言わないでね。あんたが私に好意を抱いている事も。それが隼人に知られて私が避けられる様な事があったら、絶対許さないから」

 俺に好意を持っているかもなんて期待はしてなかったが、拒絶される程だとは思わなかった。

 好きな男との関係を崩さないために愛想を振りまいていたのか?

 仲良く話せていたから、僅かでも可能性があると思っていた俺が浅はかだったという事か。

「願わくば――私の前から消えて」

 好意を寄せている者からの明確な拒絶。

 僅かでもあった自分の中の自分を愛する部分が崩壊する。

 きっと二度と告白する勇気を奮い立たせる事は出来ないだろう。

 全てが闇に包まれて、明日に絶望する。

 俺が間違えた。

 俺が悪い。

 俺が――ブサイクだから、告白なんてするべきじゃなかったんだ!

「ごめん……」

 なんとか絞り出した声は、試合の疲れも相俟って掠れた音を発しただけだった。

 何も考えられない――何も考えたくない俺は、無意識のまま控え室から荷物を持ち出して、競技場を後にした。


 隼人と和馬から連絡が来たが体調を崩して帰った事にして、次の日の決勝戦も競技場に向かわずに家で布団に包まって寝ていた。

 そして、そのままサッカー部も辞めた。

 辞める理由を和馬に問い質されたが、明確な理由を告げる事も出来ずに逃げてしまった。

 隼人と和馬の側にはいつも六花がいたので近付く事も躊躇われて、そのまま何の話も出来ないままだ。


 その後、六花と隼人は付き合う事になったと噂で聞いた。

 隼人に全てを話して、二人を引き裂く様な無様な真似はする気も無い。

 だが、斬り付ける様に浴びせられた彼女の言葉が、今も心の奥底に眠っている。

 いっそ二度と会う事も無ければ消えていく程度の想いなのかも知れないが、運悪く六花と隼人と和馬と俺は同じ高校に通う事になる。


 俺は今も隼人と和馬を避ける様にしているし、六花はもう俺と眼も合わせてくれない。

 次の恋が始まれば、何かが変わるのかも知れない。

 そう、次の恋が始まれば……。

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