一泊
一筋の光も差し込まない暗闇。
召喚された時ですら薄暗かった部屋が、夜の闇の中で人に優しい筈が無い。
「光球」
レーチェの唱えた魔法が幾重にも反響する事から、この部屋が固い壁に囲まれていることが分かる。
魔法によって照らし出された地面は岩の様にゴツゴツしていた。。
以前召喚された時はレインのおっぱいに目を奪われていたので、周囲に気を配る事が出来ずに気付かなかったが、これは部屋というより洞窟の様だ。
暫しあのスイカのような二つの膨らみを思い出し、余韻に浸る。
少し明るくなった事で、ハルナがまだ俺の服の袖を掴んだまま、じっと見ていた事に気付く。
俺は血の気が引いていくのを感じながら、動きを見せないハルナから離れようと試みる。
「ハ、ハルナ……もう着いたから、離してくれないか?」
「え!?あ、ごめんなさい!」
慌てて顔を真っ赤にしながら両手をパーにして飛び退くハルナ。
うむ、一つ一つの動作がとても可愛らしい。
それ程大きくは無い胸が、マシュマロの様に弾んだのを俺は見逃さなかった。
眼福!!
青ざめていた俺の顔に一発で生気が戻った。
「さて、それで出口はどっちだ?」
「はい、こっちです」
俺の問いに、ハルナが正面を指さして応えてくれる。
岩の壁に不釣り合いな木で作られた扉。
それを開けてみると、出た先に木造建築の屋根付き廊下が長々と続いていた。
外に出てから分かったが、召喚された部屋は洞窟の様な地下に有るのではなく、岩山をくりぬいて作られている様だった。
木造の廊下の先は日本の城の内部みたいな造りになっていて、外には庭園の様なものまである。
レインは忍者だったし、古来日本の様な建築様式から、ここは忍者とか侍の里なのでは?と予想した。
組織の本部があるとはいえ、未知の土地なので俺はビクビクしながら歩いているのだが、ハルナは全く臆すること無くズンズン歩いていく。
と、廊下の中程まで来たところで、突然『危険予知』が多数の気配を察知する。
大分慣れてきたので、多少の障害物があっても『危険予知』と『魔眼』で付近にいる生物の気配を視ることが出来るようになっていた。
屋根の上に5人、廊下の柱の陰に6人。
全員が薔薇の様に赤い真紅の危険信号を表示している。
敵意丸出しかよ、面倒だな。
そして正面から黒い長髪の鎧武者の様な格好をした男が一人歩いて来た。
俺はハルナを庇う様に、アレアを背負ったまま前に出る。
「貴様何者だ?我らの眼を欺いて侵入する等、並大抵の者には出来ぬ事。何が目的で此処へ参った?返答次第では、生かして返せぬが」
ヴェルデ君の護衛のスカルラットよりも冷たい眼で俺を睨む男に、ハルナが何時もの口調ではない厳かな声音で制する。
「控えて頂けませんか、イザヨイ様。この方は私の連れです」
イザヨイと呼ばれた男は、ハルナの方に視線を移して眼を細める。
「これはハルナ殿。この様な夜更けに、何故その部屋から出ていらしたのか。伺っても宜しいか?」
イザヨイの挑発的な物言いに動じる事無く、ハルナは何時ものおっとりした雰囲気を微塵も感じさせない重々しい態度で応える。
「勇者の仲間の一人を確保し、組織『ウル』に保護を願い出るために参上致しました。私一人では背負う事もままならない為、この方にお願いして連れて来て貰ったのですが、何分私もこの土地に不慣れ故、道に迷っていたのです」
余りにも神々しいその佇まいに、イザヨイも息を呑んでいる様だ。
完全にハルナに気圧されている癖に、イザヨイは再び俺へ視線を移し憎々しげに睨み付ける。
「その様な容姿の者を信用しろと言われても無理なお話ですな。明らかに何か良からぬ事を企んでいそうだ」
またですか……もう慣れたけどね。
しかし、男にまでブサイク呼ばわりされるとは、その長髪の天辺だけハゲにして落ち武者みたいにしてやろうか?
――ブチッ!
と突然、何故かハルナの方から何かが切れる音が聞こえた気がした。
衣類が破けたのかと期待して視線を向けるが、どうやら違うようだ。
何が切っ掛けになったのかは分からないが、再びハルナの体から冷気が溢れ出る。
ハルナって赤髪なのに氷系魔法が得意なのか?
そして辺り一面を凍らせる様な絶対零度の声音が響いた。
「私の連れを侮辱するという事は、延いてはアイン王国を侮辱するという事ですよ?その言葉の重み、イザヨイ様程の御立場の方が理解出来ない訳ではありませんよね?」
気圧すというより脅すかの様なハルナの威圧に、その場にいる全員が身震いする。
ハルナさんの氷系魔法マジパネーっす!
「っ……、失礼致した。では、本部へ御案内します」
納得していない風に俺達に背を向けて歩き出すイザヨイ。
周りに隠れている人達の警戒は解けた様で、危険を示す赤から黄色へと変わる。
まぁいきなり友好的な緑には成らないよな。
しかし、俺達の前を歩くイザヨイは変わらず赤を示したままだ。
俺への警戒を解いてないのは理解出来るが、それでも依然として真っ赤な敵意を示されるのはどういう訳だ?
そういえば、エッセル共和国でも組織の人間が捜索していたにも関わらず、ほぼ全員が赤で表示されていた。
俺の情報は行ってる筈なのに、それ程敵視される理由は何だ?
まさか……ブサイクだから?
等と、色々考えを巡らせながら歩く俺。
絶対零度の氷を纏ったままのハルナ。
触らぬ神に祟りなしと、空気になって付いて来るレーチェ。
先程までの敵意が嘘の様に、生温かい視線が注がれている気がした。
暫く歩いていくと、今迄いた建物とは別の離れに、豪華な3階建ての社の様な建物が見えてきた。
「その少女はこちらでお預かりします」
建物の入口にいた黒い忍び装束を着た男達が組織の一員だと言うので、アレアを下ろして渡した。
とりあえず今日はもう遅いし、家に戻ってエッセル共和国に再び捕らわれた勇者を助け出す算段を付けようと考えていると、ハルナが俺の方に振り返り熱い眼差しで見つめてくる。
「ヤクモ、今日はもう遅いので私達はここに泊まらせて貰いましょう」
いや、風呂も入りたいし柔らかいベッドで眠りたいから俺は帰らせてもらおう。
「俺は転移で家に……」
「泊まらせて貰いましょう」
「はい」
有無を言わせぬハルナの眼力に気圧されて、思わず肯定してしまった。
何故そこまで強引に泊まろうとするのか理解出来ないが、もしアレアがマリアさんの魔法を破って暴れ出したら俺にしか止められないだろうし、連れてきた責任として一泊するぐらいはいいかと思う事にした。
案内された部屋は板張りにゴザの様なものを敷いただけの質素な部屋。
布団は一応あるが薄っぺらで、畳じゃない床に敷いたら背中が痛くなりそうだ。
特にやる事も無いし、もう寝ようと布団に入ると、入口の扉をコンコンとノックする音が聞こえる。
誰かと思い扉を開けると、そこには別の部屋に案内された筈のハルナが頬をピンク色に染めて立っていた。
先程別れたばかりなのに、忘れ物か?
「あのヤクモ、少しお話宜しいでしょうか?」
「あ、うん……」
ハルナの雰囲気が何時になく妖艶だったので、空返事をするだけでハルナから眼が離せない。
もの凄くドキドキしながらハルナを部屋に入れると、俺はそっと扉を閉めた。
こんな夜更けに女の子が一人で男の部屋を訪ねるって、拙くないか!?
これはアレなの!?ついに俺は男の子から男になれるの!?
そんな高揚した俺の頭から血の気が引いたのは、突然ハルナが強めに俺の手を握ったからだった。
俺を問い詰める様に真剣な眼差しで見つめるハルナの姿を、俺は意識を失いそうになりながら見つめ返す。
「何故……」
ハルナの桜色の唇から呟きがこぼれる。
「何故ヤクモは私を拒絶するのですか?」
その言葉に俺は衝撃を受けた。
拒絶……?
それを今迄多くの女性からされて来たのは俺の筈だ。
俺がこんなに可愛い娘を拒絶する訳が無い。
俺がハルナを拒絶なんて――いや、まさか俺の体の異常は拒絶によるものなのか?
「理由を聞かせて下さい。私は何かしてしまいましたか?」
ハルナに悪い所なんて無い。
ハルナが俺を拒絶した姉に似ているという事も、恐らく問題では無い。
考えられるのは中学の時のあの事。
突き刺さった言葉。
越えられない痛み。
「わ、分かったハルナ!全部話すから、とりあえず手を離してくれっ!」
そっと俺から手を離したハルナは、少し潤んだ目でそのまま俺を見つめ続けた。
俺達は、ぼんやりと月明かりが差し込む部屋で向かい合って座る。
そして、俺は――心の奥に仕舞い込み、誰にも語った事の無い過去の出来事を話し始めた。




