焼き餅
草木も眠る丑三つ時――という程更けてはいないが、街灯の無い通りは虫の音も聞こえない程静まり返っていた。
そんな夜中に教会の扉を叩く者が居たら、俺なら絶対に開けないと思う。
しかし、予めアポイントを取ってある俺は、コンコンコンとモールス信号よろしく扉を叩いた。
アポイントを取ったのはレーチェだけど。
ギィっと少し軋んだ音で開いた扉から黒髪の美しい顔が覗いて、少し恐怖を覚えてしまったが、それを悟られないように顔を強ばらせる。
「ヤクモ……お前今、私を見て失礼な事を考えただろう?」
扉の前に立つマリアさんの美しさは夜の闇と相まって、さながら幽霊の様だとは口が裂けても言えなかった。
「にゃ、にゃんのことでしょう?」
噛み噛みの俺をジト目で見つめるマリアさん。
「まぁ良い、早く入れ」
「はい」
「は~い」
俺とレーチェが教会内に入ると、俺の背中に背負われている緑ローブの金髪少女を見てマリアさんが嘆息する。
「本当に大魔導士アレアを倒したとは、この眼で見るまでは正直信じられなかったぞ。一体どんな卑怯な手を使ったんだ?」
「いや、なんでですか!真正面から正当な闘い方で勝ちましたよ!」
チートスキルは卑怯じゃないよね?
マリアさんはまだ信じられない様で、疑わしげな眼で俺とアレアを交互に見る。
「アレアと言えば、あの大魔導士ノヴァに次ぐと言われる魔導の達人だぞ?それに正面から挑んで勝てるという事は、世界で十指に数えられる実力者だって事だ。まぁ、ラルドが見込んだ男なのだから相当な強さなのだろうが」
やっぱりマリアさんの基準はラルドなのか。
アレアの使う魔法を殆ど覚えた今の俺なら、本気でやればラルドに勝っちゃうと思うぞ。
マリアさんが強い男に惚れるんなら、目の前でラルド倒してみようか?
いや、魔法だと手加減難しいから殺しちゃうかも知れないし、止めとこう。
背負っているアレアを下ろそうと辺りを見回していると、教会の奥の扉から赤髪の見目麗しい少女が現れる。
絶世の美少女ハルナは俺を見つけると満面の笑みで寄って来た。
「ヤクモっ!良かった、無事だったんですね!マリアさんからスカルラットと交戦したまま戻って来ないと聞いて心配し……ヤクモ、その女の子は誰ですか?」
突然ハルナが、先程ルルから感じたのと同様の冷気を全身から発した。
真紅の髪が背後のオーラと共に生き物の様に波打っている。
赤髪って炎系の筈なのに、なんで氷系の魔法が発動しているんですか?
笑顔のままなのに、全く笑ってない様に見えるって不思議~。
本能的に戦々恐々とする俺を余所にマリアさんとレーチェが話し会う。
「この大魔導士、ヤクモを消すとか言ってて危険だから~、マリアちゃんの闇魔法で魔法を封じてほしいの~。それからじゃないと組織に連れて行けないし~」
「そうだな。組織を総動員しないと止められない程の達人だ。捕獲しておくには気を失っている今のうちに、魔法を封じておくしか無いだろう」
ハルナの絶対零度の攻撃から逃れる為に俺もそっちの話に加わろうと試みる。
「こんな危険人物を家に連れていく訳に行かないし、ほっといてまた襲われるのも嫌だから組織に引き取って貰いたいんですよ」
「分かっている。組織には連絡してあるから、魔法を封じたら連れて行ってくれ」
「えっ?俺が連れて行くんですかっ!?」
「当たり前だ。お前が持ち込んだ厄介事だろ?最後まで責任持て」
「俺は絡まれただけなのに……」
がっくりと項垂れつつアレアを教会の椅子に寝せる様に下ろすと、その隙を逃すまいとハルナが俺の目の前に迫る。
「で、この女の子は誰なんですか?」
燃える様な赤い瞳から感じるのは絶対零度の冷たさ。
いつものハルナに近付かれた時の悪寒とは全く別の冷たいものが背筋を流れる。
「こいつは勇者パーティの一人で、理由は分からないけど俺を襲って来たんだ。それを返り討ちにしたから、組織に引き渡す為に連れて来ただけだよ」
俺の返答に納得したのか、少し表情が柔らかくなり一つ頷くハルナ。
頬がほんのり桜色になっていて、とても可愛かった。
マリアさんがアレアの口と胸の辺りに手をかざし呪文を詠唱すると、その手から黒い煙の様なものが出てアレアの体内に吸い込まれる様に消えた。
魔法を封じた後もまだアレアは目覚めなかったので、俺が再び背負い直すとまた少しハルナが不機嫌になる。
なんで今日のハルナはこんなに情緒不安定なんだろう?
何かいいことでもあったのかい?
俺はハルナに会えてめっちゃ嬉しいけどな。
しかし、ハルナとの距離が近すぎて青ざめてしまっているのは解せん!
女性恐怖症だった覚えは無いんだが……いや、あの時に潜在的に植え付けられたのかもしれない。
過去の記憶に意識を捕らわれそうな俺に、脳天気なレーチェの声が降りかかる。
「それじゃヤクモ~、今日はもう遅いから明日行く~?」
どうしようかと考えたが、アレアが起きてしまってからでは空間転移を見られてしまうので、直ぐ移動した方がいいという結論に達した。
「いや、直ぐに行こう。で、組織の本部って何処にあるんだ?」
「サントゥリア王国だよ~。レインちゃんの故郷~」
レインの故郷って、あの三番目に召喚された薄暗い所だろうか?
「多分その国で俺が転移出来るのは、召喚魔方陣がある場所だけだぞ?他の所は行った事無いからな」
「え~?何それ~?なんで召喚魔方陣がある場所だけなの~?」
レーチェの疑問に、マリアさんが答えを示す。
「レインから聞いた時はまさかと思ったが、ヤクモ、お前本当に勇者だったのか」
「え~っ、勇者ぁ~!?どゆこと~?」
「レインが召喚した勇者が俺なんだよ。即返還されちゃったから勇者じゃ無いけど」
オフレコでって言ったのに、あのバカ忍者ベラベラと喋りやがったな。
次に会ったら、あのスイカおっぱい揉みしだいてやる。
「仕様がない、魔方陣のある部屋からこっそり抜け出すか。」
すると、俺が勇者であると聞いて何故か固まっていたハルナが俺に詰め寄る。
「わ、私も付いて行きます!私ならヤクモを本部まで案内出来ますからっ!」
俺はハルナとの距離が近すぎて気絶しそうになりながらも、なんとか意識を保つ。
「分かったから、ちょっと離れてくれ……」
「あ、ご、ごめんなさいっ!」
慌てて一歩下がったハルナに俺は胸を撫で下ろす。
しかし、接触してないと一緒に空間転移出来無いんだが、こんな態でどうしようか?
仕方が無いので、ハルナには俺の袖を少し摘まんで貰うことにした。
それでも有り得ない程脂汗が流れ出る俺の体は、一体どうなっているんだ?
俺が背負うアレアを横目で見ながらハルナが
「その娘は大丈夫なんですね。ずるい……」
何か呟いていたが、全身悪寒で倒れそうな俺の耳には届かなかった。
連絡手段としてレーチェも伴い、俺はハルナと共にサントゥリア王国へ向かって空間転移した。




