送還
逢魔が時は終わりを告げ、辺りは森なのか林なのか識別できない程の暗闇の中、疎らな木々の間をスイスイと歩く人影が四つ。
いや、三つの人影の後をやっとの思いでついていく少女の影。
カチャカチャと少女の足元で金属が音を鳴らすのを、大柄な女性が耳障りだと顔を歪める。
「おい、その足のは魔導具か?あまり音を出すと魔物が寄ってくるんだが?」
その言葉に慌てて少女は弁明を試みる。
「す、すいません。足をケガしていたので魔導具を付けているんです……あれ?」
ふと自分の足に意識を移した時に、魔導具の痛みを消す効果が機能していない事に気付いた少女は、足首に手を当てて首を傾げる。
――治ってる?
回復効果の得られる魔法石を入手出来なかった為に、魔導具に治癒効果を与えられなかった筈なのに、いつの間にか治っていた自分の足に困惑する。
足の腱が斬られていたのに自然回復などする訳が無い。
この世界の魔力が何か作用したとしても、そんなに急に完全回復するものだろうか?
理解が追いつかずに数秒石の様に固まった少女を、他の三人が不思議そうに見つめる。
「どうしたんだい?足が痛む?ちょっと急ぎ過ぎたかな?」
「いえっ、そうじゃないんです!足の腱を切ってしまう程の大ケガだったのに、いつの間にか治ってしまっていたので不思議だなと思って!」
心配そうに語りかけてきた勇者の言葉に、少女は両手を震える様に振りながら慌てて応える。
それに対して三人は奇妙な物を見る目付きで、じっと少女を見つめた。
「それは不思議だね。腱を切る程のケガを治すのは、高位の回復魔法でも無いと不可能だと思うから。見たところ、その魔導具に治癒の機能は無さそうだし」
「そうですよね……」
蹲った格好のまま再び考え込む少女に対し、苛立ちを隠そうともせずに大柄な女性は肩を怒らせる。
「治ってるなら早くその魔導具をはずせ。もう日が落ちているんだから急げよ」
「は、はい!ごめんなさい!」
大柄な女性の威圧にあっさりと屈服する少女は、直ぐさま足の魔導具を外す。
その様子を見ていた白猫の少女は、大柄な女性を揶揄する様に下からのぞき込む。
「脳筋女は怖~い。あの日なの?ねぇ、あの日なの?ぷぷぷっ」
完全に馬鹿にした言動にプチリと切れた大柄な女性は、背中に背負った大剣を目にも止まらぬ速さで抜いて斬り付けたが、既にそこに白猫の姿は無い。
数m離れた場所に移動していた白猫少女を見つけた大柄な女性は、大剣を構え直すと獲物を狩る獣の様な目で睨み付ける。
「丁度腹が減ってたんだ。猫は不味そうだが、ミンチにすれば多少マシになるだろうよ」
苛立つ女性に対して、白猫は自分の尻を相手に向けてペンペンと叩き更に挑発する。
敵のヘイトを自身に向けるのは本来戦士の役目だが、大柄な女性の頭に血が上る事で完全に立場が逆転していた。
「おいおい、止めろよ二人とも。もうかなり暗くなってるから、仲間割れしてないで急ぐぞ」
勇者の言葉に渋々大剣を納める女性と、あかんべをして更なるヘイトを稼ぐ白猫。
勇者はやれやれと肩を竦めて、魔導具を外し終えた少女に手を差し出す。
「さあ、行こうか」
「はい!」
元気に返事をした少女の黒い瞳は、一片も疑う事無く完全に勇者を信じきっていた。
ふと、辺りを見回した少女は、先程までいた一人の姿が無い事に気付く。
「あれ?緑色のローブの方がいないですけど……?」
「ああ、彼女はちょっと忘れ物を取りに行ったんだ。後で合流するから心配無いよ」
「そうですか」
さすが勇者パーティの一員だけあって、こんな暗がりの中でも単独行動できるんだと少女は甚く感心した。
それから小一時間程歩いた四人は、木が生い茂る一帯を抜けてある程度整備された道に出ることが出来た。
ようやく歩き易い場所に出たことで少女はほっと胸を撫で下ろす。
普段運動などしない上に数日間牢に入れられていた事もあり、最早体力は限界に近かった。
しかし、そんな少女を嘲笑うかのように、整備された道は上り坂。
下る道を選択をして欲しいという少女の願いは、淡々と上を目指して歩く三人に軽々しく打ち砕かれた。
「この丘を越えればもう休めるから、もうちょっと頑張ってくれるかな?」
振り返った勇者の言葉に少しだけ気力を取り戻し、少女は治ったばかりの足を引き摺るように前へ進む。
――あと少し。あと少しで苦しみから解放される。
見知らぬ土地を一日中逃げ回り、勇者に保護して貰った後も暗闇で右も左も分からない場所を歩き続けた。
もう自分がどこを歩いているかも分からないが、あの丘を越えれば休める。
なんとか丘を登りきると、前方にかがり火の様ないくつもの灯りが見えてきた。
辺りは完全に闇に包まれていて、街の形みたいなものは全く見えない。
しかし、そこに人の住む場所が見えた事で少女は最後の力を振り絞った。
ようやく入口らしき所まで歩いて来ると、勇者が門番らしき人物に何かを話していた。
何か慌てたように門番の人は走り去るが、そんな事を気にする余裕の無い少女は、腰が抜けた様にその場にへたり込んでしまった。
シャワーは無いにしても、お風呂には入りたい。
でも、まずはベッドで眠りたい。
疲れ切った彼女の頭は欲望で満たされて、それ以外の情報を遮断する。
時を置かずに門番は急ぎ足で、武装した数人の兵士とフードを深く被った人物を引き連れて来た。
フードの人物は、勇者に恭しく礼を示すとやや低めの声で話し始める。
「申し訳ありません、勇者様のお手を煩わせてしまいまして」
どこかで聞いた事のある声に、少女の意識が引き戻された。
「ほんと、もっと逃げられない様に厳重注意して下さいよ。連絡を受けて、急ぎ転移魔方陣を使うハメになったんですから」
勇者の言っている事など頭に入らなくなる程、少女の心は乱され揺れる。
――何故あの男がここにいるの?
大柄な女性が後ろから少女の肩を強めに掴んだ時、少女はその考えが間違いであることに気付いた。
あの男がここに来ていたのでは無く、自分がここへ連れて来られたのだと。
自分があの酷い事をされた場所に連れ戻されたのだと。
暗闇と土地勘の無さで方角を見失っていた自分は、勇者の後を付いて行く事しか出来なかった。
勇者を疑いもしなかった。
何の根拠があって会ったばかりの人間を信用したのだろう?
少女の後悔は、彼女の心の中だけを駆け巡る。
「少々勇者のスキルを甘く見ていました。今度は多重結界の魔方陣を用意しましたので、絶対に逃げる事は出来ないでしょう」
フードの人物のどす黒く陰湿な呟きは、もはや動く事すら敵わない少女の瞳を絶望の色に変えた。




