剣の達人
ヴェルデ君、またマリアさんに絡んでるのか。
あと、あの初老の男はひょっとして護衛だろうか?
赤髪に若干白髪が交じったお目出たい感じの頭だけど、頬の傷と全てに無関心であるかの様な無機質な眼が油断出来ない感じを漂わせる。
「誰だ、お前は!?」
言ったのはマリアさん。
あれれ~?僕の事忘れちゃったの~?……何て冗談言ってる場合じゃなさそうだね。
マリアさんの眼が俺に逃げろと言っている。
でも、散々世話になっといて逃げれる訳無いでしょ。
ヴェルデ君にはちょっとお灸を据えてやらないとだしな。
かと言って、俺が知り合いだとばれるのも迷惑を掛けるだろうし。
ここは……、
「教会に金目の物なんて置いてないと思ったが、綺麗なねーちゃんと金持ちそうなボンボンがいるじゃねーか。野郎は身ぐるみ剥いで売るべ。ねーちゃんは、少し楽しませてもらおうかな、ゲヘヘヘ」
なんて悪役風に言ってみました。
あ、マリアさんが白目でどん引きしてる。
芝居ですよ、芝居。
芝居をしながら教会内をぐるりと見回す。
ハルナは居ないのか……って、ついつい探してしまった!
美紅が変な事言うから変に意識してしまうじゃないか!
視線をマリアさん達の方へ戻すと、ヴェルデ君がマリアさんの前に出て来た。
「貴様、私を覚えていないのか?この前の借りを返してやるっ!」
おいおいヴェルデ君、そこは「マリアさんは僕が守る!」とか言うとこだろ?
なんで三下悪役みたいな台詞吐いてんだよ?って、ヴェルデ君どう見ても三下悪役だったわ、ごめんね。
「スカルラット!こいつを殺せ!」
ヴェルデ君の命令を受けて、眼以外は銅像の様に動かなかった初老の男が俺に向き直る。
と思った瞬間、危険予知が発動して一瞬で間合いに入られるビジョンが見えた。
「やべっ!」
俺は即座に後ろへ飛んで、スカルラットと呼ばれた男の初撃を躱した――と思ったが、服を少し斬られてしまった。
日本刀に近い細身の剣が、眼で追えない程のスピードで俺のいた場所を切り裂いた。
そして、俺達はお互いに信じられない者を見たと目を見開く。
相手は一撃で決めるつもりだったのだろう。
危険予知が発動していたのに躱しきれなかったなんて、こいつも達人クラスかよ。
各国にこれだけ強い人が居れば勇者を簡単にクーリング・オフしても問題無いわな。
別に勇者なんて召喚しなくてもいいんじゃね?
いや、日々の鍛錬で強くなった達人にスキルの力だけで肉薄出来るんだから、やはり勇者召喚はお手軽に戦力増強出来る上等手段か。
そんな余計な事を考えている間に、スカルラットが武器を構え直す。
ここで闘うと教会が壊れるかも知れないので、俺は外に出る事にして扉から飛び出した。
教会の前はたまたま人通りが無く、俺に注目が集まることは無さそうだった。
これなら全力で迎え撃てるな――というか、全力で当たらないとヤバイと思う。
「まったく、なんで今日はこんなにしんどいんだよ?」
ぼやいたところで状況は好転しないか。
純粋な武の達人は、魔眼にストックとか出来ないから闘いたく無いんだけどな。
相手は達人クラスな上に、剣を使ってくるし。
剣道三倍段なんて言葉もあって、無手で剣を相手にするには相当な実力差が必要になる。
けどナイフは使い慣れてないから達人相手では無い方がましだ。
やっぱり、いつも通り距離を取って魔法で応戦かな?
色々戦略を考えていると、スカルラットがのそりと教会から出て来た。
あの無機質な眼と不気味な動きはリビングデッドを思わせるが、先程の動きを見る限りそんな生やさしい相手じゃない。
相手に集中する事で危険予知を限界まで発動させる――っていうか発動してるはず。
スカルラットは剣先を俺に向けて蛇の様にユラユラと揺らした。
次の瞬間、俺の目の前に3体のスカルラットのビジョンが見えた。
「嘘だろ!?」
フェイントがある場合に薄くビジョンが見える事は、エスターテとの戦闘で経験済みだが、急に3体も表示されると戸惑う。
一瞬反応は遅れたが、一番濃いビジョンの攻撃を躱すように体を捻ると、直後に剣が通過する。
そのまま次の返す刀のビジョンが見えたので、俺はしゃがんで躱す。
さらに次のビジョンで俺に向かって蹴りを突き出すビジョンが見えたので、スカルラットの足を手で掴んではね上げる。
相手が体制を崩した隙をついて俺は距離を取って魔力を練り込む。
「『ファイアーボール』!」
白髪のままだが、威嚇ぐらいにはなるだろうと思った。
だが、俺が放ったファイアーボールはあっさりと剣で両断されて、二つの炎の塊は地面に落ちて弾け飛んだ。
魔法を斬るって有り!?
ひょっとして破魔の法の応用で、剣に気を這わせて弾くように斬ってるのか。
これはちょっとやばいな、魔法が使えないと俺けっこう弱いよ。
直ぐに次の追撃がくるかと思ったが、スカルラットは眼を細めて俺を睨むだけだった。
「お前、何者だ?」
獣が呻いたのかと思う様な野太い声で聞いてきたが、それは俺の台詞だ。
ヴェルデ君ごときに仕えているレベルじゃないだろ、この強さ。
再びスカルラットの剣先がユラユラと揺れ、俺の前に三体のビジョンが現れる。
こいつのビジョンってほとんど同じ濃度で、どれがフェイントか分かりづらいんだよな。
多分俺の動きを見てから、それに合わせて次の動作を選択してるんだろう。
それでも俺は、その中で一番確率の高い攻撃を選んで躱す……いや、躱そうとしたところで横から火の玉に襲われた。
「っ!?」
モロに火の玉を浴びて、それが来た先を見てしまった。
ヴェルデが右手に持った杖を俺に向けている。あれは魔導具か!?
達人相手なのに一瞬でも気を逸らしたのが悪かった。
蹌踉けた俺の右脇腹を激痛が襲う。
「ぐうっ!」
そこにはスカルラットの剣が深々と突き刺さっていて、一瞬血の気が引き卒倒しかけたが、歯を食いしばり何とか耐えた。
スカルラットは無表情のまま俺に刺さった剣を引き抜き、血を払う。
そしてスカルラットが止めの一撃とばかりに剣を振りかぶった瞬間、キラキラと星の瞬きの様な光が辺り一面を包んだ。
何故かそのまま周りの景色が見えなくなって、辺り一面雲の中にいる様な白い空間になる。
刺された所を確認したが何故か出血も無く、傷口は塞がっていた。
「な、何が起こったんだ?」
俺は自分の置かれた状況が理解出来ずに、キョロキョロと辺りを見渡した。
すると、俺の周りを漂っていたキラキラと輝く何かが一つに纏まって、目の前に10cm程の羽根の生えた小さな人型を成す。
「いや~、間に合って良かったよ~。危ないとこだったね~」
間延びした声で語りかけて来たそれは、ファンタジー等で良くみるフェアリーの姿をしていた。




