別の地にて
時刻はとっくに正午を回っているはずだが、霧深い森は日の恵みを生物に与えてはくれない。
獣が徘徊する様子は無く、何時も闇に包まれているにも関わらず鬱蒼と木や雑草が生い茂る。
そんな木々の間を、風の如く走る四つの影があった。
一人は男で、美しい黄金の装飾が施された青い鎧を纏い、茶色い長髪をなびかせて走る。
残る三人は皆女性。
一人は全身をくすんだ緑のローブで覆い、女性が持つには無骨過ぎる木で出来た杖を持っている。
一人は四人の中で最も体格が大きく、露出の多い赤いプレートアーマーで武装して、背中に大剣を背負っている。
一人は服を着た白い猫の様に見えるが、二足歩行で他の三人と同じ様に走っていた。
その猫の少女が猫語ではなく人間の言葉で男に話しかける。
「ねぇ、何で魔王倒しに行かないの?この前のダメージがまだ有るはずだから、倒すなら今じゃん?」
その問いに男は笑顔で応える。
「説明しただろ?僕達の目的は魔王討伐じゃ無いんだから。一つ眼の巨人を倒したら報告に戻らなくちゃ」
整った顔立ちが作り出す優しそうな笑顔ではあるが、見る人が見ればその瞳に優しさなど欠片も宿っていない事が分かるだろう。
その横を走る大女が誰に言うでも無く、言葉を発する。
「魔王などどうでもいい。私は仇であるあの男を討てれば」
次いで男を挟んで逆側を走る魔導士風の少女が、動きにくいはずのローブで巧みに木々を避けながら茶々を入れる。
「あら、じゃあ一人で何処かへ行っても構わないわよ。彼の側には、私一人居れば充分ですから」
その言葉にカチンと来た大女が背中の大剣に手をかける。
「おいおい、喧嘩は止めとけよ。どっちも僕にとっては大切な仲間なんだから」
男の仲裁に白猫少女が目を細めてクスクスと笑う。
「大切なじゃなくて、必要な仲間でしょ」
「いや、その言い方だと角が立つでしょ」
「だって事実じゃない」
それ以上の追求をしないでくれと手振りで促す男。
そのやり取りに若干呆れたように、大女と魔導士風の少女はお互いの視線を外した。
そして魔導士風の少女はそっぽを向きながら、
「でもあの国の王女も災難よね。勇者召喚を失敗した責任とって、魔王討伐に出陣なんて。まぁ同情はしないけど」
その言葉に男の目は更に氷の様な冷たさを帯びる。
「勇者召喚を失敗したんだから、それなりの償いをして貰わないとね。御陰で僕の計画は散々な事になってるんだから。他の四カ国の責任者も絶対に許さないよ」
「きゃ~、怖い~。ぷぷぷ」
「くくっ、好きにしろ。私は勝手について行くだけだ」
「私は何だってするよ。いっそ全部滅ぼしちゃおっか。きゃははは」
「ふふ、滅ぼしたら僕の計画が無意味になっちゃうだろ」
不気味に笑う四人は、森の奥深くへと霧に紛れるように走り去って消えた。
―――――
時は少し遡り、宵闇の帳が深く深く全てを包み込んでいた時刻。
黒い雲に星の瞬きは掻き消され、地面も壁も全てが闇に黒く染め上げられていた。
石作りの街道に人の気配は無く、嵐の前の静けさの様にしんと静まりかえっている。
高さ十数mに及ぶ高い壁に四方を囲まれているこの国は、夜間に周りの森から動物が侵入して来る事も無い。
時折聞こえてくる足音は見回りの兵達のもので、夜の娯楽に興じる輩すらいない。
その街道から少し脇に入った細い路地を、カチャカチャと鳴る金属製の足音が通り過ぎた。
闇に紛れてその影は、国を囲む壁に向かって走っていく。
「ハァハァ、何とか逃げ切れたかな?」
疲れからかガラガラに嗄れた声ではあったが、それは少女のものであった。
その少女は壁に辿り着くと徐に座り込み、壁を撫でる様に手探りで確認する。
「ふぅ、なるほど。この高い城壁があるから逃げられないと思って、ちんたら追いかけて来てるのね」
そう言うと少女は腰に付けた袋から一本のロープとルビーの様な赤い魔法石を取り出した。
ロープの両端を器用に結んで輪にすると、その結び目に魔法石をねじ込む。
「私の国の漫画家達の想像力を舐めるなよ。『創造』!」
少女の声に反応するかの様に、ロープが淡い光を発する。
そのロープを壁に付けると、円形のロープの内側が黒い空間に変わる。
少女はその空間に自身の体を躊躇い無く突っ込んだ。
壁であったその場所は、ロープの内側だけ何も無いかの様に彼女の体を飲み込む。
そして、壁の反対側――つまり、城壁の外側へ通り抜けたように少女の体が現れ始めた。
全身が抜け出した所で、城壁の外側に現れているロープを壁から外す。
すると、ロープの内側の空間は消失し、壁は元の状態へと復元された。
「原理とかよく分からないけど、22世紀の科学力に匹敵するものを作れるって便利よね。ここまで来ればもう追いつかれないでしょ」
一先ず逃亡に成功した事で安堵の溜息をつきつつ、少女はロープと魔法石を袋の中にしまった。
だが安堵も束の間、少女の顔は暗く沈む。
「でも、これから何処へ行けば良いんだろう?この国の人間を見る限りじゃ、この世界にまともな奴なんていないと思うし。一人で山中に身を隠すしかないのかな?」
少女の頬を一滴の涙が伝ったが、それでも彼女の目はまだ光を失っていない。
「いいもん。味方なんていなくても、このスキルがあればきっと元の世界に帰れる。っていうか、帰るための魔導具を何とか作る!……でも帰る前に、この国だけは吹き飛ばしてやりたいから、その為の超電磁砲を作るのが先ね。先ずは材料を集めないと」
物騒な事を言いながら、少女は森に向かって歩き出す。
後ろ姿は足取りの重さからゾンビの様だが、復讐に燃えてギラついた眼は悪魔の様であった。
「そういえば、私の他にも召喚された勇者がいるって言ってた。同じ世界から来たかは分からないけど、まずはその人を訪ねてみよう」
一つの災いから逃げ出せた少女は、次なる災いへ自ら踏み出していることを知らない。




