賢者の石
「そうです」
なんか鼻の先が赤いおじさんみたいな言い方になっちゃったけど、今はこのビッグウェーブに乗るしかない!
後継者争いとか余計な問題は、有ったら後で考えることにする。
何より今は、この状況を好転させる事が最優先だからな。
俺の返答に少し難しい顔をしたお祖母ちゃんは、観察する様に暫し俺達を見つめる。
その俺達とお祖母ちゃんの間に唐突にエスターテが割って入った。
「ノヴァ様、気を許してはなりません!仮にノヴァ様の孫だったとしても、味方であるとは限らないのです!」
おい、余計な事言うなよ。
エスターテを黙らせないと交渉すら出来そうにないな――と思ったところで、妹達が両側からエスターテの腕を掴んで捻る。
逆らえずにエスターテは地面に伏してしまう格好になり、妹達に両腕の関節をキメられてしまった。
「ぐっ!は、離せっ!」
「「面倒だから君は黙ってて」」
ナイスだ、美紅、美緒。
俺が説得を試みようとしたが、黄金の瞳で此方を見つめていたお祖母ちゃんの方から話しかけてきた。
「お前達が私の孫だという証拠はあるのか?赤髪など我が血縁には居ないはずだが」
そういえば偽装したままだった。
俺は直ぐに偽装を解いて黒髪に戻る。
「髪はスキルで見た目が変わっていただけです」
「ほぅ。確かに黒髪になったらうちの旦那に似ているな」
へぇ、俺って魔王に似てるんだ。それっていい事なのか?
「あと、そっちの娘達は忌々しい20年程前に現れた勇者に似ているな」
母さん……、なんか印象悪いですけど、何したの?
似てるだけでは信用に足らないと思い、俺は空間収納から漫画を何冊か取り出した。
「俺達の父さんと母さんがここと違う世界に居ることはご存知ですか?この本はその世界のものです」
俺の手から漫画を受け取ったお祖母ちゃんは、パラパラとページをめくると杖に話しかける。
「ワイジングハート、この本を訳せるか?」
『容易い。あとお嬢、いい加減その呼び方止めてくれないか?我が名は『賢者の石』だぞ』
お祖母ちゃんは杖の言う事を無視して早くしろと急かす。
ってか、今『賢者の石』って言った?
杖からライトの様な光りが出て本を照らすと、本から少し浮き上がった所にこの世界の言語らしき文字が薄らと現れる。
お祖母ちゃんはその文字を追うように次々とページをめくって漫画を読んでいく。
「これは面白いな。もう、孫とかどうでもいい程に」
どうでもいいんかい!
まだ名乗ってすらいないのに。
いやもう何でもいいや、こっちもそれ以上に気になる事あるし。
「あの、その杖って『賢者の石』なんですか?」
「ああ。正確には、この杖に埋め込まれた石がだな」
おお!魔王城行く前に『賢者の石』に辿り着いた!
だが、お祖母ちゃんは急に苦虫を噛み潰したような険しい顔になる。
「お前ら、『賢者の石』が狙いか?ならば孫とて容赦は出来んな」
げっ!何かやばい雰囲気じゃねぇか?
「ちょっ、ちょっと待って!無理矢理奪おうとか、そう言うんじゃないから!只、友達を助けるために借りたいだけで」
必死の形相で否定するがお祖母ちゃんは俺を睨み続ける。
ここは友好的関係を築くために賄賂を出すしか無い!
「さっきの漫画の続きあります!」
「よし、許す!」
お祖母ちゃん、ちょろい……。
空間収納から先程お祖母ちゃんが気に入ったらしい漫画を全巻出して渡した。
俺から漫画を受け取ったお祖母ちゃんは、次の巻を貪るように読み始めた。
一見美少女が漫画に夢中になってる微笑ましい光景だが、実際は老女がコスプレして漫画を読んでいる痛い姿だ。
しんどい心を内に秘め、俺は再度交渉に赴く。
「あの~、何とかその『賢者の石』をちょっとの間だけで良いのでお借り出来ませんか?」
なるべく謙ってお願いしてみるも、お祖母ちゃんに横目で睨まれてしまった。
夢中になって漫画を読んでる人に話しかけると、こういう目で見られるよね。
だが、さっき程の敵対感は感じなかった。
「残念だが、ワイジングハートを貸す事は出来ない。これは魔大陸に張ったバリアを維持するのに必要だ。一度バリアを解くと張り直すのに一ヶ月かかるからな」
「そ、そうですか……」
魔大陸に空から侵入出来ないようにしてたのは『賢者の石』だったのか。
闘って奪うのは避けたい。
というか今の状況でそれは無理だし、お祖母ちゃんは相当強いから出来る事なら友好的な関係を築いておきたいし。
せっかくここまで来たのに無駄足だったか。
ルルとミーシャとの約束は、別の手段を探さなければいけないな。
諦めて帰ろうとしたところでお祖母ちゃんがぼそりと呟く。
「おい、びーえるとか言う本は無いのか?」
「え?」
「だから、びーえるだ。お前達の世界にはびーえるとか言う本が有って、婦女子はそういった本を読むと聞いた」
びーえるってBL?誰から聞いたんだよ、そんな話。
そういう本を読むのは、婦女子じゃなくて腐女子だからね。
まぁ、そんなもんで友好的関係になれるなら、自分で購入するのは憚られるけど何とか入手して来よう。
「今は持ってませんが、今度来た時に持ってきますよ」
「それは楽しみだ!」
お祖母ちゃんの眼がキラッキラに輝いていた。
見たままの美少女だったらドキッとしたところだが、老女である上に肉親なのでげんなりする。
BL渡して腐女子になってしまわない事を祈るばかりだ。
『おいお前、我が願いも叶えるならば『賢者の石』に匹敵する魔導具の情報を教えるぞ』
急に杖が俺に向かって語りかけてきた。
『賢者の石』に匹敵する魔導具!?そんなのあるの?
「もしそんなのがあるなら是非教えて欲しいですけど、願いって何ですか?」
ギャルのパンティーじゃ無い事を祈る。
『我にHな本を持って来てくれ』
当たらずとも遠からずっ!
何だこのエロ杖!?
賢者の石なんだから賢者タイムに入ってろよ!
『おぱーいが大きい娘写ってるのがいい』
何要求付け足してんだよ、へし折ってやろうか?
だが、幸いにして俺の空間収納内書庫はこいつの要求を満たす事が可能だった。
「これでいいですか?」
空間収納から手頃な本を2~3冊出して見せる。
「「お兄ちゃん、いつものベッドの下に無いと思ったら……」」
何でお前らベッドの下に置いてた事知ってるの!?
杖は俺が出した本を魔法と思われる見えない手で持ち上げ、スキャナーの様な光を上下させて見入っていた。
『素晴らしい!お前中々良い趣味をしているな』
「お褒めにあずかり光栄です」
妹達の視線が痛いが、今は杖からの情報が大事だ。
『では教えよう。『賢者の石』に匹敵する魔導具を作れる者がエッセル共和国にいる』
その言葉を聞いた時、お祖母ちゃんの眉がピクリと動いた気がした。
「エッセル共和国ですか」
『その国で最近召喚された勇者を探せ』
勇者!?
最近召喚されたって事は、俺が召喚された時に別の国で召喚されたもう一人か。
そうすると俺の空間転移では行けないところだな。
レインに頼んでまた馬車を借りるか。
「情報ありがとうございます。またオススメの本持って来ますね」
『期待している』
賢者の石とも友好な関係が築けそうでよかった。
「あと、俺の消されたスキルって元に戻して貰えませんか?」
お祖母ちゃんにお願いしてみると、
「魔力もスキルも消せるのはしばらくの間だけだ。そろそろ戻るだろう」
それを聞いてステータスを確認してみると魔眼のスキルが復活していた。
体の中に神経が増えたような感覚があるので、魔力もおそらく戻っている。
スキルが消えた時は焦ったけど、元に戻って本当によかった。
よし、賢者の石は借りれなかったけど代わりに新たな情報も得たし、一先ずマリアさんの教会に戻るか。
そういえば、レッドドラゴンの事を忘れていた。
目立つから連れていく事は出来ないし、お祖母ちゃんに預けるか?
「おい、レッドドラゴン」
『何でしょうご主人様。今ちょっと放置プレイの快楽が強すぎて体が動かないのですが』
永遠に放置することにしました。
「美紅、美緒、戻るぞ」
「「うん、分かった」」
関節を極められ続けて既に失神しているエスターテを解放して、妹達が俺の腕に捕まった。
そこでお祖母ちゃんが、漫画を見ていた眼を俺達の方へ向ける。
「なんだ、もう帰るのか?」
「はい」
俺の返事を聞いたお祖母ちゃんは、俺に向けて残念そうに衝撃の事実を語る。
「私はまだ変身を2回残しているんだが……」
「もう勘弁して下さいっ!」
俺は即座に空間転移を発動した。




