金色の美少女
この世界の女性は目を奪われる程の美形が多く、あれ程残念な感性を持つレインですら黙っていれば宝石の様な輝きを放つ美女である。特に胸の辺りが。
しかし、今目の前に降り立った金色の美少女を前にしたら、大半の女性がモブと化すのは間違い無いだろう。
年齢は美紅や美緒と同じ位に見えるが、纏っているオーラが桁違いの気品を溢れ出させている。
いつも惑わされるハルナの美しさに匹敵するであろう美貌が、しばらくの間俺を虜にしていた。
「勇者が逃げたので急いで此方に来てみたが、遅かったか」
美少女の発した鈴の音のような美しい声に、俺は我に返った。
金色の髪の輝きとは対照的な黒いドレスを翻し、美少女は森の方で倒れているエスターテへ向けて右手に持った杖を掲げた。
「ヒール」
美少女が無詠唱で回復魔法をエスターテに向けて放ち、俺がせっかく与えたダメージを治してしまった。
俺は美少女に抗議しようとしたが、エスターテが放った言葉に眼を見開いて硬直してしまう。
「ノ、ノヴァ様!」
数瞬思考が停止してしまう程、エスターテの言葉を理性が受け止め切れなかった。
ノヴァ――大魔導士ノヴァ。
あの翼の生えた魔族の主にして、俺の父方のお祖母ちゃん。
それがこの金色の美少女……?
どう見ても13~14歳ぐらいにしか見えないこの美少女がお祖母ちゃん……?
混乱する俺を他所に、美少女は奏でるように呟く。
「私が此方に来るべきだったな。エスターテ、お前に詫びねばならぬ」
「勿体なきお言葉です。ですが、部下が命を落としたのは只弱かった故。ノヴァ様に責任などございません」
エスターテが金色の美少女に敬意を表している間に、ようやく俺も落ち着いて思考出来るようになってきた。
見た目からはとてもそうは思えないが、この美少女がお祖母ちゃんだと言うのなら戦闘は避けて話し会いで解決したい。
そもそも目的は賢者の石であって、魔王軍の壊滅じゃ無いんだから。
なんとか説得する言葉をと考えていると、美少女が俺に向かって話しかけてきた。
「お前達何者だ?勇者……では無いよな、その見た目では。だが、何故魔族を圧倒できる程の力を持っている?」
まさかお祖母ちゃんにまで見た目どうこう言われるとは、へこむ。
お祖母ちゃんには事情を説明して協力してもらいたい処だけど、エスターテにまで俺達の秘密を知られるのは拙い気がするな。
俺がお祖母ちゃんの血縁だと知られるのも拙いだろう。
後継者争いとか無いとは言い切れないからな。
余計な事に巻き込まれたくない。
「今は素性は明かせませんが、其方と敵対するつもりは無いんです。事情があって魔王城を目指しているだけなので、平和的に話し会いで解決したいのですが」
俺の言葉に美少女は表情を消して目を細め、綺麗に整った金色の眉を吊り上げる。
「既に敵対行動を取っている分際で、笑わせる」
その言葉に俺はぐうの音も出せずに黙り込んた。
確かにちょっとやり過ぎたかな?とは思ってたけど、中途半端に手加減して殺されたくないもんね。
何も言えない俺を見越してか、美紅が俺を庇うように前に出て反論する。
「襲って来たのはそっちでしょ」
うわ、バカ。話し合いで解決しようとしてんのに。
「そうだよ。完全に殺気纏ってたし、殺されたくないもん。迎撃するのは当然でしょ」
美緒、お前もちょっと黙ってて!
あぁ!お祖母ちゃんがこっちを睨んでるよ~!
「ご、ごめんよ、お祖母ちゃん。こいつらの言い分は取りあえず置いといて……」
あ、やべぇ。うっかりお祖母ちゃんって言っちゃった。
エスターテに聞かれていないかと思って、はっと目を見開いたところで、
――ブチッ!
最近聞いた覚えのある『何かが切れる音』が、お祖母ちゃんのこめかみの辺りから聞こえてきた。
眼を見開き、錆び付いたロボットのようにぎこちなく振り返ったお祖母ちゃんは、
「お……ばあ……ちゃん……だと?」
そう一言呟いた瞬間、金色の髪が天に昇るかの様に逆立ち、体から闘気の様なものが立ち上った。
「それは私のことかぁーーーーっ!?」
親友を殺されたかの如く怒髪天を衝くお祖母ちゃん。
怒りに剥いた眼は、何かに変身してしまうのではと思わせる程狂気に満ちていた。
何か怒らせる様な事をしてしまっただろうか?
いや、魔族いっぱい殺してしまってるけど、今怒ってる理由は何か違う気が……。
「お前達は、絶対に許さないっ!」
お祖母ちゃんが右手に持った杖――ステッキ?を高く掲げると、その先に埋め込まれたダイヤの様な七色に輝く石から光りが辺り一面に迸る。
まずい、何かの攻撃か!?
ダメージを受けた気配は無かったが、俺達は動揺せずには居られなかった。
今迄森の中の開けた草原だった景色が、花弁の舞うピンク色の空間に変わっていたからだ。
ステッキの先の石から飛び出した光は帯状になり、お祖母ちゃんの体に纏わり付いた。
輝きを保ったままその光の帯はフワフワしたリボンやフリルのついた服へと変化していく。
今迄来ていた黒いドレスとは全く事なる、ピンク色の衣装を纏ったお祖母ちゃんは、最後に一本の光の帯で金色の髪を後ろで一束に結んだ。
完全に変身を遂げたお祖母ちゃんは最後にバレエの様なポーズを決めて、こちらへ振り返る。
「輝く金色の大魔導士!プティキュア・ノヴァ!貴方のハートを杖の錆にしてくれますわ!」
俺と妹達は白目を剥いたまま絶句するしか無かった。
あの衣装には見覚えがある。
たしか、低年齢の女の子向けアニメで日曜の朝に放送されてるヤツだ。
異世界のお祖母ちゃんが何故あのアニメの事を知っているのかは不明だが、今問題になるのはそこじゃない。
一番の問題それは――いい年したお祖母ちゃんが魔法少女に変身したって事だあああぁぁぁぁ!!
いくら見た目が若いと言っても、高校生の孫がいる世代だよ?
金髪ポニーテールの美少女にフワフワのリボンのついた服はよく似合っていたが、中身は魔法老女だ。
痛いよー、心が痛いよー!
白目のまま涙が頬を伝った。
これが母さんの言っていたこの世の地獄を見るか……。
俺達はお祖母ちゃんと闘うべきでは無かった。
正確にはまだ闘ってはいないが、この惨劇の中に勝機を見出すことは出来ないだろう。
ふとエスターテに目を向けると、エスターテも白目になって涙を流していた。
味方の精神にもダメージを与えるとは、お祖母ちゃん恐るべし!
「我が溢れ出す魔力に戦意を喪失したか!」
いや、貴方の痛さに戦意を喪失したんです。
これは戦闘を避けた方が良さそうだと思った時、お祖母ちゃんが杖を高く掲げた。
杖の先に埋め込まれた石から再び光りが溢れ出すが、今回は特に変わった変化は無かった。
これ以上お祖母ちゃんに暴走されたら心が持たないので、三十六計逃げるに如かず。
俺は未だに白目を剥いて立ち尽くす美紅と美緒の手を取って、空間転移を発動した――はずが、何も起こらなかった。
「え?転移出来ない!?」
俺の慌てる姿を見て、お祖母ちゃんが金色の眼を細めて口角を吊り上げる。
「この辺一帯の魔力を消した。暫くの間、魔法の類いを使う事は出来んぞ」




