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魔王城のお嬢

今回視点が変わります

 天空の雲の如く霧は深く、木々も静寂を余儀なくされる闇の中。

 時刻はまだ日中にも拘わらず、天からの光の恵みは拒絶されたかのように届かない。

 その闇の中心にそびえ立つ白い居城にだけは、幾つもの光が灯っていた。

 しかし、光に吸い寄せられる獣の類いは無く、居城を囲む森に生き物の気配は感じられない。

 居城から漏れ出る膨大な魔力の影響で、魔族と呼ばれる種族や魔力耐性の高い者でなければ、魔王の住むこの城へは近付いただけで命を落としかねないせいだろう。

 そのいつもなら閑静な城に、何時になく苛立った声が響いた。

「レッドドラゴンとサイクロプスのリンクが切れた!?」

 城内の最も広い部屋の奥で、玉座に座った者が叫ぶ。

 見た目は13~14歳ぐらいの少女に見えるが、風格と全身を包む漆黒のドレスが妙齢の女性であるかのように装わせる。

 しかし、肩よりもやや長めの金色に輝く髪と、同じく金色の大きな瞳がドレスと対照的過ぎて、センスの残念さを感じさせる。

「サイクロプスの魔力は切れたから殺されたか。しかし、レッドドラゴンの方は生きたまま従魔の契約を切られたようだね」

 魔大陸の外側の魔力まで感じ取るその感性は凄まじいものがあるが、それを外見からは全く見て取れない。

 少女のようで、妙齢の女性のようで、歴戦の女史のような不思議な女性。


 彼女は苛立ちを隠そうともせずに、入口の扉に向かって呼び掛ける。

「エスターテは居るか!?」

 呼び掛けに応えるように扉が開くと、そこには背中からコウモリのような翼の生えた人型の何かが立っていた。

 重厚な鎧を纏っているが、肌は青く目は紫色に輝いている。髪はエメラルドグリーンが少しくすんだような色。

 人間とは思えない風貌のそれは、人間の言葉で応答する。

「ここに控えております。早くも出撃でしょうか?」

「うむ。しかし、予想外の問題が起こった。勇者以外にも突破した者がいる。軍を二分せねば成らないが、何とか出来るか?」

 金髪の少女――いや、女性が問うと、それは顔を顰めて返答する。

「どの道、我々の軍だけでは勇者には勝てないと思われます。二分しようと全軍で行こうと、足止め程度にしか成らないでしょう」

「そうか。やはり勇者の方は私が直接出向くしか無いようだね。やり口から見て、殺されたサイクロプスの方が勇者だろう。お前達はレッドドラゴンの方へ迎え」

「承知致しました。その者は捕らえるという事でよろしいですか?」

「いや、レッドドラゴンを倒した程だ。油断無く殲滅せよ」

「はっ!」

 それは女性に向かって敬礼し、踵を返した。


 しかし、退室はせずにもう一度振り返る。

「そういえば、技師様がいらっしゃったのですが、お通ししても宜しかったでしょうか?」

 その言葉に機嫌の悪かった女性の眉間がさらに寄り、深い般若のような溝が生まれる。

「この忙しい時に――いや、好都合か。通せ」

「畏まりました」

 それは今度こそ踵を返して退室した。

 閉められた扉を見つめて、女性は桜のような唇から溜息を吐き、肩を竦めた。


 数分後、再び扉は開け放たれ、口元が見えなくなる程の黒い髭を生やした男が入って来た。

 ボロボロの服を厚着で着込んで、髪もボサボサ、手首から体毛生えまくりで不衛生さを感じさせる。

 髭とボサボサの髪で隠れた顔から僅かに覗く目でニッコリと微笑んで声を張り上げる。

「お嬢、久し振りじゃのぉ!息災か!?」

 その声に女性の眉間の皺がさらに深くなる。

「声でかい!もう少し静かに話せないのかい!?」

 女性の怒声に動じる事無く、男はカラカラと笑う。

「旦那はどうした?お嬢が玉座に座ってるとは、逃げられたのか?」

「勇者にやられて療養中よ。というか、逃げられてないわ!ぶっ殺されたいの?」

「お嬢は相変わらずのツンデレじゃのぉ。今日はまた一層イライラしとる様じゃが、何ぞあったか?」

 女性へぷいとそっぽを向いて応える。

「例の勇者よ。それに勇者に匹敵する何者か。これに関するあんたの情報聞かせなさい」

「ふむ、あの勇者に匹敵するか。儂の仕入れた情報には無い輩じゃの」

「今年召喚された勇者じゃないの?」

 女性の質問に、男は腕組みをして考える仕草を見せた。

 そして、かぶりを振りそれは無いと示す。

「今年召喚を行った国は六カ国。その内、召喚を成功させたのは一国のみじゃ」

「だから、その勇者が例の勇者と共に攻めて来たんじゃ無いのかって言ってるの」

「それは無いな」

「何故?」

 男の瞳が少し悲しそうに垂れる。

「今年召喚された勇者は城を出ていない。自由を奪われ、城に籠もって魔導具を作らされてるんじゃ。かの国が魔大陸へ進軍する姿勢を見せるまでは、その勇者が動くことは無いじゃろう。」

「ちょっと待て。まさか、召喚を成功させた国とは……」

「エッセル共和国だ」

 女性の金色の瞳が見開かれた。

「……まったく、一番厄介な国が。20年前は勝手に滅んでくれたが、今度は勇者の拘束に成功してしまったか」

「お嬢も注意されよ。といっても今はそれどころじゃ無さそうじゃがの」

 髭を揺らしながらフォフォと笑う男に、女性は目を細めた。

「お主と話す程度の時間はあるさ」

「いつもは面倒がる癖に、今日はどういう風の吹き回しじゃ、お嬢?」

「例のものを頼みたい」

「あぁ、またあれか……」

 何故か男は残念な子を見る目で女性を見つめた。

「賢者の石を入れる物を、スティック型から携帯通信機型にしたい」

「そ、そうか……。で、お嬢、例の機能は……」

「もちろん付ける!」

「じゃよね~」

 男は半分諦めたと言った風に目を半分閉じて、ジトっと女性の持つ杖を見た。

 それに構わずに女性は話しを続ける。

「化粧品の器の様な型や、手鏡の様な型も捨てがたいが」

「一つに絞ってくれんか?儂も忙しいでな」

「うん、やはり携帯通信機型がいいな。どれ位で出来る?」

「まぁ、5日といったところじゃろ」

 男の返答に、女性は少し考える素振りを見せて

「では、数時間程ここで待っていてくれ。私は勇者を追い返してくるでな」

 そう言うより早く立ち上がり、女性は獣のように滑らかな走りで扉へ向かって駆けていく。

 その後ろ姿を男は目で追いながら、咳払いする。

「もういい年なんじゃから、あまり無理するなよ、お嬢」

 自分の発した言葉に振り返った女性を見て、ようやく男は失言だったと気付く。

「年の事を言った奴の末路を後で思い出させてやるからな」

 一瞬部屋に冷気が漂ったかと思う程の冷たい声を残して、女性は扉を開けて出ていった。

 男のボサボサの髪の隙間から覗く額を、数滴の汗が伝った。

「逃げよっかな、儂……」

 男は逃げた後の惨劇を想像して、全てを諦めここで待つ事を決めた。

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