武闘家同士の闘い
俺達は隠し部屋を出て、教会裏の少し広い空地に来た。
周りは塀のような高い壁に囲まれているので、誰かに見られる心配も無いだろう。
「ヤクモ、何故また白髪になっている?」
黒豹のハードボイルドな声が俺の頭の上から降りかかった。
少し怒気を含んだ声に、捕食という言葉が頭をよぎる。
冷や汗がダラダラ出るんですけど、怖ぇーよ!
「黒髪でいるところを見られると、色々まずいんでね」
気絶した時に黒髪に戻ってしまったが、念のために俺はまた『偽装』のスキルでヴィンター族の外見に変えていた。
「私が最初ね~」
最初は美紅が闘うようで、広場の中央からこちらを向いて構えをとる。
ラルドもノシノシと空地の中央まで歩いて行き、若干やる気無さそうに構える。
何か合図が必要かな?と思ったところで、ラルドから美紅に向かって魔力が流れた。
その魔力が美紅に纏わり付く直前に、美紅は気合いでそれを弾き飛ばした。
「ほぅ、破魔の法の基本は出来るのか。では、少しだけ本気でやっても大丈夫そうだな」
「猫さん、全力の本気でやっても大丈夫だよ。私、結構強いから」
美紅が発した台詞を、ラルドは挑発と受け取ったようでこめかみがピクピクと動いていた。
筋肉も隆起して全身ムキムキになっているラルド見て、少し美紅が心配になった。
「美紅、勝てそうか?」
「う~ん、多分互角ぐらい?」
うは、美紅と互角って相当強いじゃん、黒猫さん凄えな。
「じゃあ、私から行くよ!」
言うが早いか、美紅がラルドに向かって数歩踏み込んだ。
それを迎撃するために出されたラルドの右腕をかいくぐり、そのまま隙だらけの右足に向けて美紅が右手を伸ばす。
だがその隙は罠で、ラルドは囮にした右足を引き、左膝を美紅に向けて勢い良く突き出した。
それを難無く地面に伏せて躱した美紅は、ラルドの引いた右足を蹴りで払って刈り取ろうとするが、筋力の差でビクともしなかった。
そこへ、ラルドの左拳が上から振り下ろされたが、美紅は不自然な体勢にも拘わらず、跳躍して左後方に下がる。
これらの攻防が一秒未満の間に行われたことに、ハルナは目を白黒させていた。
「す、すごいですね、妹さん。全然動きが目で追えません」
たぶん双方様子見だろうけどね。
うちの妹達本気になったら目で追えないどころか、速すぎて消えると思うから。
美紅はややラルドから距離を取って、警戒の態勢に入っている。
「思ったより強いな~。しょうが無い、『あれ』試してみようかな」
ん?何だ、『あれ』って?
「あ、『あれ』やるんだ」
「美緒、『あれ』って何だよ?」
「見てれば分かるよ」
何だかもの凄く不安が過ぎるんだが。
すると、美紅はラルドに向かって両腕を突き出し、両手首を合わせて手のひらを開いた。
魔眼で見ると、美紅の体内の魔力が開いた手のひらに集中していく。
……まさか、『あれ』ってあれか?
魔力が集中しきった手を、手首を合わせたまま半身になって腰のあたりまで持ってくる。
そして、体を前方に投げ出すかのような勢いで、両腕を再びラルドに向かって突き出した。
「破ぁーーーっ!!」
突き出された先の手のひらから、魔力が光の帯となってラルドに突き進む。
それを見たラルドは目を見開き、躱す余裕が無い事を瞬時に悟ると、両腕を顔の前で十字に組み全身に力を込めて耐える体制に入った。
美紅の放った光の帯はラルドの体を包み込める程に巨大化し、突き抜けた。
「ぐおおおおぉぉぉっっ!!!」
そのまま光は上空に向かって飛んで行って消えた。
ラルドの体からはブスブスと皮膚が焼けた音と煙が僅かに立ち上っていた。
「できたぁーっ!いえぃ!」
左手を腰に当て、前に突き出した右手でVサインをして美紅はニカっと笑顔を見せた。
対照的に、歯を食いしばり膝を突くまいと相手を睨むラルド。
それを見て、美緒が俺の隣でぼそっと呟く。
「やっぱりこの世界の魔力って気功よりすごい。百歩神拳が出来ちゃった」
「マジか……あんなのアニメでしか見た事ないぞ」
美緒が言う百歩神拳って、○めはめ破だよな。
魔法じゃなくて、魔力をそのまま相手にぶつけるとか、そんなの有りなのか?
っていうか、妹達に魔法教えて無かったから、脳筋武闘家はああいう闘い方になっちゃったのか。
強いのに残念な妹達。
「お兄ちゃん、今失礼な事考えたでしょ」
ジト目の美緒を無視して、俺は美紅とラルドの勝負の行方を見守る。
美紅、何故俺に向かって百歩神拳を放とうとしている?
ダメージをかなり負っている様に見えたラルドが、全身に魔力を纏うと皮膚の焼けた部分が回復した。
ゲームとかである内気功でダメージを回復するって奴か?
この世界の魔力ってホント万能だな。
そういえば魔力で錬金術とかも出来るのかな?
後で試してみよう。
「驚いた。そのか細い腕でこれ程の強さを持っているとは。侮っていた事を謝罪する」
「へへーん!」
ラルドの賛美に美紅が鼻を鳴らす。
次いでラルドは余計な一言を発する。
「妹御がこれ程強いのだから、兄であるヤクモは更に上を行く強さなのだろう。是非、手合わせ願いたい」
絶対御免だ!
「いや、美緒もまだ闘ってないし」
「百歩神拳が出来るって立証されたから私はもういいよ」
美緒、なんでこんな時だけ聞き分けがいいんだよ!?
美紅との闘いを見て、ラルドがかなりの力量であることは明らかだ。
魔法を使ってくる敵なら、魔眼で相手の使う魔法をストックできるから闘いやすいけど、純粋な膂力で攻めてくる相手は俺のスキルでは闘いづらい。
フブキのじじいみたいに空間転移を先読みして攻撃するような達人で無ければ、空間転移で攻撃を躱しつつ魔法をぶち込めばいいけど、出来る事ならあまり空間転移は見せたくない。
小学生の頃を思い出して合気道の技を織り交ぜても、経験豊富な武闘家にとっては赤子同然だろう。
リリィ女王の使っていた魔法は攻撃力ありすぎて殺しちゃうかも知れないから、使う訳にいかないし。
勝てるビジョンが全く見えないんですが……。
しかし俺の考えを他所に、ラルドは俺に向かって構える。
「まさかお前、妹より弱いなんてことは無いよな?」
明らかに挑発と分かるその台詞に、容易く反応してしまう俺は単純なのだろうか?
否。
兄としての矜恃を守るために、俺は一歩踏み出した。
「安い挑発をありがとよ。存分に後悔させてやるよ」
何も勝利へのプランが無いまま、俺は黒豹の目を睨み返し、不敵に口角を吊り上げる。
だが心臓は、俺の意志とは無関係に爆発的な鼓動を繰り返していた。




