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ほのぼのファンタジー詰め

青リボンちゃんご用心

作者: 八島えく

「あっ、狼さん、こんにちは」

 そういって『狼さん』に朗らかなあいさつをしたのは、白い髪に青いリボンの愛らしい少女だった。

「ああ、うん、今日も元気だな」

 『狼さん』はいつものことと言わんばかりにあいさつを返す。


「今日もお使いか」

「はい、おじい様のところへ、お酒を届けに」

「えらいな。寄り道すんじゃねーぞ。この辺は物騒だからな」

「はいっ! それでは狼さん、御機嫌よう!!」

 少女はぱったぱったと森を駆けて行く。


 狼さん――厳密には狼男であるその者は、半年ほど前にあの少女と出会った。

 狼男というわりには大人しく、人間を襲うこともしない。森のネズミや獣、あるいは山菜や木の実を喰って生きているせいか、体は少しひょろっとしている。

 いやこの狼男もかつては人間を喰っていた。だが少女と出会って以降、人間をぱったりと食わなくなった。

 

 少女は祖父の元へと、母親からいろいろな物を持たされ森を出歩く日々が続いている。

 初めて出会った日もまたそうだった。確かあの時は難しい本を抱えていた気がする。


 狼男は当初、その少女を喰うつもりで近づいた。人間の肉というのは森の魔物(狼男だけでなくかぼちゃ頭にゴーストに悪戯妖精とこの森は魔物がうじゃうじゃいる)にしてみればご馳走なのだ。まだ熟しきっていない小さな子供でも価値はある。


 誰かに盗られる前に、自分で食っちまおう、と近づいた――はずだった。


 が、この少女の行動をじっくり観察するうちに、食欲よりも親心に近い心配性が芽生えた。


 まずこの少女は好奇心が旺盛過ぎる。うっそうとした薄暗い森に怖がりもせず、それどころか枯れ果てた木々に近付いて登ろうとする。

 木々には鳥の化け物たちが鋭い爪とくちばしを研いで獲物を狙っているのだ。うかつに木に登ればたちまち食われる。


 森の奥へ奥へ、わずかに整えられた人の道を踏み外して草村の影へふらふらと寄り道する。草の影には蛇や小さな魔物たちが潜んでいる。下手をすれば巻き付かれて骨を折られる。


(あーあー、あぶねえ、そんなとこ登っちゃいかん!)

 木に登り切る前に手を滑らせて落ちそうな少女を、狼男は見ていられずとっさに助け出した。

「そこの小娘! 危ないから降りてこい!」

「うい?」

 少女が狼男の方を振り向こうとすると、案の定足を滑らせ落ちた。が、すんでのところで狼男が受け止めた。少女の体は丸くて小さい。

「わあっ!」

「ったく……あぶねー奴だ」

「えへへ、危ない所を助けて頂いたみたいで、ありがとうございます」

 

 そうして邪気の無い笑顔を向けられたら、食い物として認識していた人間が可愛らしい少女になるわけで。


 狼男はそれ以来、青リボンの少女を見守るようになっていた。


 ついさっき挨拶をかわして別れたばかりであったが、狼男の仕事はそれで終わらない。


 少女の目があっちゃこっちゃふらふらしないよう、さりげなく彼女をちゃんとした道に誘い出す。

 例えば美しく輝く花を道にこっそり植えておいたり、こんがり焼いた肉を賄賂に丸め込んだネズミの魔物を道に走らせたり。

 影からこっそり少女を狙う不届き者は事前に叩きのめし、声をかけようとした下心丸出しの者には背後から威圧で牽制。


 そうして少女を安全に祖父の家へ行かせるための涙ぐましい努力が積み重なった結果なのかそうでないのか、狼男は森で一番畏れられるようになった。

 

 あの少女に手を出すとボス(狼男のことである)に潰される。という噂が立った。


(別にオレは強くもなんともないんだけどな)

 のんびりと道を歩けば周囲の魔物は萎縮して影へと逃げて行く。それがちょっと寂しい気もしたが、あの愛らしい少女を守るためになっているならいいと開き直った。


 

 さて次の日も、また次の日も、青リボンの少女は毎日毎日森を通って祖父の家へと向かっていく。

「こんにちは」「ごきげんよう」「また会いましたね」と、狼男と言葉を交わして、祖父へ何かを届けに行く。



「あ?」

 狼男は眉をひそめた。青リボンの少女はちゃんとした道を外れ、ふらふらと森の方へ歩いていく。狼男が仕掛けた光る花に目もくれず、おぼつかない足取りで暗い森に進んでいく。

 

 様子がおかしい。そう直感した狼男は、五感を研ぎ澄ませて少女を追いかける。

 少女の足は意外に早く、狼男が走って追い掛けないと見失ってしまうかも知れなかった。


 狼男は必死の形相で少女を追いかける。少女の行先には、案の定化け物が待ち構えていた。

 少女の体を全て丸のみできそうな大きな壷がある。壷からは青紫色の煙がもくもく立っていた。ごぼごぼと嫌な音が聞こえる。あの中は死ぬほど熱いに違いない。


 その壷の中をかき混ぜているのは、兎の魔物だ。白いローブで身を隠しているが垂れた兎の耳が見え隠れする。にんまりと笑い、少女の顔を撫でた。

 この辺の森では見覚えがない。森のよそ者なのかも知れない。

 少女はその魔物の傍らで足を止め、持っていた籠をぼとんっ、と落とす。


(おいおい……!)

 影からそっと見守っていた狼男の心臓が跳ねた。

「今日はごちそうだ」

 疑う余地もない、兎はその少女を喰うつもりなのだ。揚げ物にでもするのか、それともゆでるのか。考えたくもない。


 兎はうつろな少女を重たそうに抱え上げ、壷の中に突っ込もうとしている。


(そんな義理はないけど!)

 気づけば狼男は、その兎に向かって一直線に飛び出していた。



「……えっ」

 狼男の足が、兎と少女の目前で突如止まる。驚いたのは狼男自身だ。彼の意志で足を止めたわけではない。

 ついでにいうと、手足が後ろへ引っ張られている感覚がする。目線と鼻でその正体を探ると、何ということではない、兎の仕掛けた罠に、狼男が引っ掛かってだけのこと。


「やっと捕まえた」

「……あ?」

「この娘をさらえばあなたが来ることはわかっていた」

 はめられた。あの壷の中に入れられるのは少女じゃない。狼男だったんだ。

 少女はその餌に使われた。餌にされた少女は、兎の足下ですやすや眠る。


「この辺じゃ見かけない顔だな。何者だ?」

「大したことはない、ただの最近引っ越してきた呪い屋だ」

「へえ……。その呪い屋が何用で?」

「この森に、人間の娘を守る魔物がいるという。興味があって来てみた」

「なるほど。ならば俺は無関係だな。その娘も無関係だ。悪いがこれ、解いてくれないか」

 狼を封じているのは強靭な蔦だ。引き千切ろうともがいてみたが、割と丈夫だった。

 兎は楽しそうに喉を鳴らして嗤う。

「残念だが、お前たちは関係者だ。

 人間の娘というのはこの白髪の小娘だし、それを守る魔物というのは間違いなくおまえだ」

「魔物違い人違いを考えないのか?」

「この森の住人たちに聞いたよ。間違いなくおまえらさ」

 いつの間にか舎弟と化した魔物たちを少しだけ恨んだが、彼らに罪はない。聞かれたことに答えていただけなのだから。


「この森のボスを殺して食べれば、私がこの森を支配できる。

 ここは非常に環境が良い。ほどよく人間が通るし木の実や水が豊富だ。寝どこにも困らん。

 

 あとは私の手足になる部下ができれば完璧だ。そのためにはお前という森のボスを消す必要がある」


「……ご高説どうも」

 冷静さを振舞ってみたがうまくできたかどうかはわからない。今まである程度平穏を保ってきた森に、自分を脅かす敵が現れてしまったことで心は穏やかでない。


 自分の脅威に怯えるのは当然のことであるが、狼男が一番恐れたのは少女を守る盾がなくなることだ。

 自分が食われれば、毎日のように森を抜ける少女が常に危険にさらされる状態となる。それが一番こわいのだ。


「おまえの肉はすべて残さず食ってやる。小娘はどうでもいいけれど。

 さて、大人しくしておくことだ」


 ぬっ、と兎の手が狼に伸びる。

 考えなければならない。この状態を抜けなければ。でも頭の悪い狼男は、危険が差し迫っているとわかるととたんに余計何も考えられなくなった。


(この娘だけは、守らなければ)

 その思い一つだけを頼りに、狼男は兎を睨む。



 ――と。


「……うーん」

 少女の寝言が、場違いにも漏れた。

 その一瞬、兎の注意が狼男から少女にうつる。


 それが命とりだった。狼男はチャンスを逃さない。

 体中に絡んだ蔦が少しだけ緩んだのだ。すぐさま手足に力を込めて蔦を無理やり引きちぎる。


「しまっ」

 兎の焦った声が漏れた。

 狼男は兎を深追いせず、寝ている少女をすぐに抱え上げる。地に転がっている少女の籠もついでに拾い上げて兎から距離を置く。


「んー……」

「げっ」

 狼男に抱えられている少女が目を覚ましてしまった。この状況を正直に白状することはできない。狼男は兎の食料にされかけていて、その餌として自分が利用されたという話を彼女には言えない。そもそも理解してくれるかも危うい。

「あれ、狼さん……?

 わたし寝てたんですか……?」

 少女がむずがるので、仕方なく狼は少女をおろす。

 籠を手に取り、狼男と、少し離れた先に茫然と立っている兎を見て、少女の目がこの上なく輝いた。


「わあっ! 兎さんですね!!」

「……え」

 戸惑ったのは兎の方だった。邪気の無い微笑みで小さな人間の子供がこちらへ駆けて来るのだから。自分をここまで誘い出した張本人だとも気づかずに。


「わあー! このおっきな壷は何ですか? お鍋ですか? 絵本に出て来る魔法使いさんの道具ですか? 何に使うんですか? その白い布、どこで売ってますか? 端っこのレースがかわいいです!」

 矢継ぎ早に質問攻めしてくる。兎は答える暇もない。

「ぐつぐつしてますね、揚げ物か何かでしょうか? 火を起こしてないのにどうやってぐつぐつしてるんですか? 兎さん、どこからいらしたんですか? それとももともとこの森の方なんですか?」

「いや、その」

「あっ、そっか! 兎さんは狼さんとお友達なんですね!」

(全然違う)

 心中でそう叫んだが、狼男はそれを口に出さない。


「その辺にしとけ、小娘。兎が困っとろーが」

「あっ、ごめんなさい。わたしったら……」

 狼男にさとされ、少女は口を閉じた。

「それより、じいさんのとこへ行くんじゃないのか。ここでおしゃべりしてたら、おまえの爺さんがまだかまだかと寂しがるぞ」

「そ、そうでした。初めてお会いする兎さんがいらっしゃったので、ちょっとはしゃいでしまいました……」

(ちょっと……?)

「それでは! また明日お会いしましょう! 狼さん兎さん、御機嫌よう!」


 少女はせわしなく森の道を駆け抜ける。


 強い風が過ぎ去った後、さっきまで険悪な状態であった狼男と兎は、間抜けなため息をついて草むらに腰を下ろした。


「おい」

「なに」

「俺を喰うんじゃなかったのか」

 兎はもう一度ため息をつく。

「いや……何かもういいや……。あの娘の生気に充てられて、魔法の力が消えてる」

「そうかい。

 しかしおまえも災難だな。あれはおまえ、気に入られたぞ」

「だろうな」

「これからは俺と一緒にあの娘が森を安全に抜けられるよう、こっそり細工する羽目になるのだ」

「嫌だなあ……。あの子がいると調子が狂う。

 私ばっくれていいか?」

「却下だ。お前がいないと、兎さんはどこですかーとか聞きまくって来るからな」

「はは……楽しそうだ。愉快だ。

 …………引っ越してくる場所間違えたな、私」

「違いない」


 命を狙う者と狙われていた者は、いつの間にか気の抜けた和解を成立させていた。

 

 その大役を仰せつかった小さな少女は、そんな裏話も知らず、祖父の家で楽しくおしゃべりをしていたという。

怪しげ・危ない・よからぬことを企んでいても、無邪気な女の子の前には全部どうでもよくなるという兎さんと狼男さんのお話でした。

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