優しさって何?
優しさとはなんだろうか。
昔、親が「優しくしなさい」とかいっていたのを思い出す。
優しさ。俺は、これを考えるために、自分が優しいと感じる事象を纏めてみた。
結果、解ったのは、「優しさを感じるのは、自分にとって都合がいい時」だった。
驚いた。なるほど。そういうことか。と、俺は一人納得した。
学校のクラスメートに、これを発表したのだが、しかし受け入れてもらえなかった。そんなはずはない、それは違うと。
学校の先生までもがそう言った。
俺は悔しかった。だって、何回考え直しても、同じ答えしかたどり着かないからだ。
俺は否定するやつらに、じゃあ、優しさってなんだよ?!って聞いた。すると、やつらは、心が暖かくなるようなとか、ふんわりとするようなとか。
俺は問い直した。
「そう感じるのはどういうときだ?」と。
「そう感じるときは、自分にとって、都合のいいときだろ?違うか?」と。
奴らは黙った。認めざるを得なくなったのだ。俺はそう思った。
「自己中」
そんなとき、どこからかそんな声が聞こえてきた。
「そういう考えを、自己中って言うんだよ」
俺の頭は、自己中という言葉を瞬時に検索して、意味を確認する。
「自己中。自己中心的。自分を中心とした考え方。ハッ、笑わせるな。なにも自己中心的なんかじゃないではないか!なんなら何か?お前は、事の真の深まで視る奴は、みんな自己中とでもいうのか?バカにするなよ?」
授業中に、こんな口喧嘩の発端がそんなことを言う。
教室はシンと静まり返った。
やってしまった、何てものは一切感じなかった。
俺は知っている。観測者が観測対象になれないことを。客観的意見は所詮、他人の主観的意見に過ぎないことを。そして、主観体は客観的立場を理解できないことを。
俺は言いたい。バカなのは俺を含めここにいるやつら全員だろうと。
どうやら、この世界は俺にとって優しくないらしい。
俺にとって、都合が悪いらしい。
あぁ。どうか、どうか俺を優しい世界へと誘ってほしい。
俺はそう思い、一筋の涙を流した。