音と音楽とぼく
僕は音楽に愛されず生まれてきた。
そんな僕を大切に思ってくれた人は…。
匂い系です。
苦手な方はご遠慮ください
音が聞こえる幸せ
音楽が聞こえない幸せ?
それとも不幸?
聞いたことが無い、知らないことに答えは出せない。
都会の喧騒、流れる音、人の息遣い、世界には何万という音が溢れているのに
ぼくの耳は音は聞こえても音楽は聞こえない。
一つの音が、音として聞こえて来る。これが音ではなく、音楽となり奏でられ
てしまうと声も音も聴こえるのに何故か音楽だけは聞こえない。
どんなに美しい音色も僕の耳ではまったくの無音で
コンサートホールでの音楽会ははまるでサイレンとムービーを見ている
ようになってしまう。
誰かが歌う鼻歌もお店のBGMも何も聞こえないけれど、声は聞こえる不思議。
小さな頃は、突然訪れる無音は普通だと思っていたけれど、幼稚園のお歌の時間に
ぼくは歌うことが出来なかった。音楽はぼくにはわからない。
歌はぼくの声も聞こえなくさせてしまうから、怖かった。
沢山の病院に行ったが原因は分からず、ぼくは諦めた。
ぼくは音楽に嫌われて生まれてきてしまった、そう思うことにした。
そんなぼくの家の隣には、音楽に愛された男の子がいた。
ぼくには聞こえないけれど、彼はそれはそれは上手にピアノを奏でているらしい。
音楽が聞こえないぼくは、彼の凄さが分からなかったけれど、彼はそんなぼくとも遊んでくれた。
彼がピアノを奏でる事もあれば、一緒に外で遊ぶ事もあった。
彼がピアノを弾くとき、聞こえるのは無音で、静かな空間が生まれて、ぼくは
その空間でよく過ごしていた。
そのうち、彼はピアノのコンクールで賞を取るようになり、ぼく達の距離は
遠のいて行った。その頃には音楽に対して恐怖感は無くなった。
そして、僕らは大人になり、僕はPCを扱うWEBデザイナーとしての職を得て、
僕の幼馴染は遠い異国でピアノを弾いている。
音楽に愛された男の子は音楽家という奴になった。
もう、一緒に遊ぶことも、同じ学校に通い一緒に学生生活を過ごした事もない。
にも、関わらず、遠い異国から実家に小包が届く。
送り主は、音楽家になった彼、その小包はオーストリアのウィーン。
音楽に愛された都から届いた小包の中身は小さなUSBデータメモリで
中には1つだけ、音楽のデータが入っている。
僕には聞こえないけれど、これは彼が奏でるピアノの音楽らしい。
今までに沢山の音楽を送ってくれるのに一度しか聞いたことが無かった。
何故なら、僕には音楽が聞こえないから。
"ゴメンね"
そう伝えられたら、といつも思うけれど伝えていいのか分からない。
"もう送らないで"
そう伝えたいけれどもそれは彼の両親に止められていた。
僕の両親にも姉にも止められていた。聞こえないというコンプレックスを
傷つけてすまない、と言われ、謝ってくれたけどそんな事はもうどうでも
良かった。
ただ、手紙もない小包に、彼のピアノの音が聞こえない僕がどうやって答えを
なんの答えを返していいのか分からなかった。
初めて音楽データが届いた時、1度だけ両親と姉に聴いてもらった事がある。
聴こえないかわりに聞いてもらい感想を送ろうと思った。
部屋からノートパソコンを持ち出して、USBのデータをクリックした。
音楽の長さを表したマークがドンドン前進していく。
音が出ている証拠で、音は4分33秒。
僕は久々の無音の中にいたけれど、突如音楽は止まり僕は音がある世界に
連れ戻された。
家族が停止ボタンを押したのだ。正確には姉がパソコンを止めた。
「もう終わったの?」
僕には分からないから止めた姉に声をかけた。
「ううん、まだ」
「もう聞かないの?」
「そう」
姉は苦しそうにうなづいた。
「どうだった?」
両親も姉も言葉を詰まらせてしまい、何も言わない。
「母さん?」
と僕が問いかけても答えてくれず、父さんは僕が何か言う前に部屋を出て行った。
「そんなに酷いの?」
僕は生まれてから1度も聞いたことのない音楽だけど
音楽は、皆んなを幸せにするものだと僕は思っていた。
音楽は、なぐさめ、勇気、幸福を与えるものだと。
特に、音楽に愛された彼の音楽はみんなが幸せになるものだと思っていた。
違うのだろうか…彼に何かあったのだろうか…。
そう思い始めた頃、姉は口を開いた。
「……その逆よ」
と、姉はいう。
良すぎて、美しすぎて。
聞いているこっちまで、恥ずかしくなるくらい気持ちが溢れた
「すばらしい音楽だわ」
たった一人のために奏でられる天上の音
「でもね、この音楽を聴く資格を」
私たちは持っていないのよ、と姉は言った。
僕は他にも仲が良い友達や、会社の同僚に聴いてもらったけど、僕に感想を教えてくれる人は居なかった。
誰もが口を閉ざし僕は彼に感想を送ることは叶わず、それは今も叶ってはいない。
そうして僕は返事を返せずにいても、1月に1回は送られてくる音楽データ。
その数はもう23個になった。
「届いているよ?小包」
そうして今月も小包が届く。届くことに変わりがないはずなのに姉さんは
いつもより何処と無く楽しそうに僕を見ていた。そして僕はいつもの様に聴くことの出来ない音楽データを受け取り、封を開けた。
それしかしてあげられないから。
「あ…」
今まで一度も入っていなかった手紙がUSBメモリーと一緒に入っていた。
『 一人で必ず聞いてください 』
横から覗き込んだ姉さんを僕は見つめて、僕は言う
「聴こえないのに聞くなんて出来ないよ」
「馬鹿ね、今度はアンタが聴こえる様になってるかも知れないじゃない」
「どういうこと?」
「聞けば分かるってこと」
僕は自分の部屋に戻ってノートパソコンを立ち上げると、恐る恐るUSBメモリー
を差し込んだ。
姉から渡されたヘッドホンを装着して音楽データをクリックする。
そうしてしばらくして聴こえて来たのは音楽ではなかった。
「…音だ」
高さの違う音が
ポーン
ポーーン
ポーン
ポーーーン
「………っつ」
聞いているこっちが恥ずかしくなるような
甘くて優しくて切ない音に僕は思わずヘッドフォンを外した。
「こんなのって」
聞いたことが無い
こんな!
こんな!!
感情が乗った音
だって、これは!
「愛の告白と変わらないじゃないかっ」
そして僕は
音楽は愛を伝えることができる事を知った。
その後
随分前に僕がしでかした事を思い出して
憤死するほど恥ずかしい思いをすることになるのだけど。