マッチ売りの少女 1/4
◇マッチ売りの少女◇
それは凍える寒い大晦日の夜のこと。
こんこんと降る雪の中で、みすぼらしい少女がマッチを売っています。
『マッチは要りませんか。マッチは要りませか』
ですが、今日は一本もマッチが売れません。その内に雪は段々と強くなり、吹雪へと変わると通りを歩く人は誰一人としていなくなりました。少女は、少しでも人がいる場所を求めて歩き始めました。
歩いている内にたくさんの家が並ぶ通りに入り込みます。どの家の窓からも明かりがもれ、そこかしこからか美味しそうな匂いもしてきました。
『あぁ、お腹すいたわ。七面鳥の焼ける匂いがするわ。あぁ、そういえば今日は大晦日なのね』
少女が立ち止まり窓を見上げると顔に雪が吹き付けました。
マッチを売ることを諦めた少女は、風雪を避けようと家と家の間の窪みを見つけました。少女はすぐに疲れと寒さから身をちぢめ、丸くなって座り込みます。
しばらくそうしていると、一人のお婆さんが声をかけてきました。
『お嬢さんや。この婆にマッチを三本売っておくれ』
それは今日、初めてのお客様でした。女の子は嬉しくて笑顔でマッチを売ります。
『おぉ、お嬢さん。なんと冷たい手じゃ。この婆の着ける火をじっと見つめてご覧なさい』
そう言うとお婆さんは買ったばかりのマッチを一本取り出し、壁にこすりつけ火をつけました。
―シュッ。
それはとても不思議な光景です。
なんと、少女の目の前に温かいストーブが現れたのです。離れていても暖かい火に少女はもっと温まりたいと思って恐る恐るストーブへ手をのばします。
「あぁ、なんて温かいの」
と、そのときマッチの火は消えてしまいました。温かいも消え、少女の目の前にはさっきのお婆さんが立っているだけでした。
悲しい顔をした少女を見て、お婆さんは何も言わずに再びマッチを壁にこすります。
勢いよく燃えだした火に少女が視線を落とすと次は、いつのまにか見知らぬ部屋の中に立っています。
テーブルには、七面鳥の丸焼きや他に見たこともないご馳走が沢山のっています。
けれど、少女は室内に佇む一人の老婆に気づくとご馳走のことなどすっかり忘れてしまいました。その老婆に駆け寄ろうとしたその時、またマッチの火は消えてしまい、老婆の姿も消えてしまいます。
『あぁ…お嬢さん。特別にコレが最後のマッチだ』
少女の為に、お婆さんは最後のマッチをこすります。
なんと、少女の目の前にはとっくに亡くなったはずのお婆ちゃんが立っています。少女が駆け寄ろうとして消えたあの老婆は、少女の大好きなお婆ちゃんだったのです。
お婆ちゃんは、昔と同じく穏やかに朗らかに笑っています。
『お婆ちゃん!』
少女は声を上げ、お婆ちゃんのエプロンに抱きつきます。
『ねぇ、わたしをいっしょに連れてって。マッチが燃え尽きて、お婆ちゃんがどこかへ行っちゃう前に。わたしを一緒に連れていってほしいの』
少女は、お婆ちゃんにお願いします。
『マッチが消えてしまうよ。残りのマッチに火をつけておくれ』
大好きなお婆ちゃんにそう言われた少女は、売り物のマッチの束に残らず火をつけてしまいました。そうしないとお婆ちゃんが消えてしまうと思ったからです。
マッチは、赤々と燃え続けるとお婆ちゃんは昔みたいに少女を腕の中に強く抱きしめてくれました。
少女は嬉しくて泣き続けます。
『おぉ、そうかい。可哀想に可哀想に。したらこの婆と一緒にいい所へ行こうかね』
お婆ちゃんはマッチ売りの少女に微笑みかけます。少女も嬉しくてお婆ちゃんに微笑みかけました。
その時、少女のつけたマッチの火も燃え尽きてしまいました。
すると優しいお婆ちゃんの姿は、なんと悪魔に変わってしまいました。
『さぁ、約束だ。来い』
腕を掴まれた少女は嫌がり悪魔から離れようとしましたが、驚いたことに少女の履いている靴が勝手に歩き出し悪魔について行くのです。
慌てて脱ごうとしましたが、ぴったりとくっつき脱げません。
そのまま少女は、壁の向こうの、ずっと遠いところにある闇の中へ連れていかれました。
少女のすすり泣きをかき消す様に雪は吹雪に変わりました。
朝になると、今年初めの太陽が少女を温かく照らします。
みすぼらしい服を着た少女が壁に寄りかかり、雪に埋もれ動かなくなっていました。顔も唇も青ざめ、頬には一筋の涙の跡がありました。
マッチの燃えかすを見て誰かが言いました。
『この子は、よほど寒かったんだね・・・』
この可哀想な少女の魂が安らかに神様の元で過ごせる様にと、その場にいた誰もが祈りました。
その祈りは届くことはありません。少女の寂しさに悪魔がつけこんだことを誰も知らないのです。
神の元にもおばあちゃんの元にもいけなかったことを皆は知らないのですから。
こうして、少女がいなくなっても、また新しい一年は何事もなく始まりました。
fin◇◇◇