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それぞれの世界

(冷た…い)

 肌寒いと感じた幸子は、熱を逃がさないようにと身体を丸めるように抱え込む。床が石じゃなかったらいいのにと薄く開いた眼を閉じてまた眠りについた―――直後にはっ、と眼を覚ます。


(ど、こ?ここ?)


 ついさっきまで確かに親友の雪と一緒にオルゴールを眺めていたはずだというのにどうして?

 のろのろと身体を起こし部屋全体を見渡し、柔らかな雰囲気に包まれたあの空間の面影を探すが、眼にしているのは全く見知らぬ部屋の見知らぬ天井。


「ねぇ、雪ちゃん、雪ちゃん。起きて」

 隣で眠る雪の肩を掴み揺さぶり起こす。唐突に起こされた雪は、半分寝ぼけ眼だ。

「ん~、さっちゃん?雪、眠いから・・・無理」

 と、不満げにもう一度眠りに入ろうとする雪をゆっさゆっさと強めに揺する。

「違うの、駄目だから雪ちゃん。ねぇ、ここどこだと思う?」

 雪は薄眼を開けて「う~ん。さっちゃんの部屋でしょ」と答えた。あくまでも起きないつもりのようだ。

「違うよ。全く見たことない部屋にいるんだってば!!」

 幸子の言葉に驚きパチリと眼を覚ました雪は「じゃあ、ここどこなのさ?」と戸惑っている。

 それでも横に幸子がいることに幾分か安心感があるのか、大きく取り乱すことはなかった。それは幸子も同じ気持ちでいる。


 改めて部屋の中を見渡せば、自分の横に本が一冊ずつ置かれていることに気づく。幸子は手に取りパラパラめくると美しく細かく描写された挿絵が眼に入った。興味をひかれ表紙へと戻りタイトルを確かめる。

 それは幼い頃に読んだきりの物語。

「懐かしい。マッチ売りの少女だって」

「雪の方は・・・白雪姫だよ」

 幸子と同じように雪も本を手に取り中を眺め始めた。しかし、読み進める内に二人は首を傾ける。

「あれ?何だろう?こんなお話だったかな?」

「こっちの本は、最後の方が真っ白で終わりがないよ」

 幸子と雪は互いに見つめ合う。部屋を再度見渡せば本はもう一冊あった。

「あれは、何の本だろうね?」と一番近い幸子が本に手を伸ばす。

 だが、その手が本を掴むことはない。誰かが二人に語りかけてきたのだ。

“うん、目覚めたか。きっと知らない場所で驚いているだろう?ここは、とある森の外れにある神殿で、僕が君らを連れて来たんだ。君らにぼくの話しを、願いを聞いて欲しくてね”

 二人に語りかけてきた誰か。それは、ちらちらと眼の前を飛ぶ小さな光の玉。戸惑いのあまり何も返事が返せない。

“あっ、そうだった。名前を名乗らないとね。僕のことは[ベル]と呼んでくれ”

 二人の躊躇いに気づいた小さな光の玉は、ゆっくりと光量をおとし姿を現す。

 二人の目の前には、人差し指ほどの大きさの人間に蝶々のような羽がついている生き物が。二人が知ってるコレの呼び方は一つしか思い浮かばなかった。

 雪は思わず呟く。


「えっと?あなたは、妖精さん?」


 口に出してみればヒドく幼稚に感じとても恥ずかしくて頬を赤く染め後悔する。けれど目の前のベルは、そんなことお構いなしに顔を赤らめた雪より赤くして何事かをわめき出した。

 ・・・どうやら怒っているようで。


“もう、失礼だぞ!僕は妖精じゃない。聖霊だからな!!おい聞いてるのか”



□□□□■□□



 春の潮風が香る港町。

 波は穏やかに寄せては返し、海面は絶え間なくキラキラと輝く。今日は絶好の観光日和。

「ほんっといい天気だね~。ねぇ、雪ちゃん」 パンフレット片手に幸子が空を見上げる。

 ロゴの大きく入ったTシャツにパーカーを羽織り、チェックのキュロットと歩きやすいようにリブの折り返しのついたスニーカを履き、緩やかに波打つくせ毛を三編みにした細身の少女は、ニコニコと人好きのする笑顔を隣に向ける。

「ん、だねぇ~」

 雪は、同意しながら空に向かい背伸びした。

 少し小柄な少女のボブカットの髪は綺麗に内巻きにされ、Vネックのニットと背中の小さなリュックでバランスよくまとめている。雪も歩きやすいように、かぼちゃパンツと踵の低いローファーを履いていた。

 二人は健康的で、爽やかな若さが溢れた印象をみるものに与える。

 それもそのはず、この春から高校生となったばかりなのだ。

 中学生の頃の徒歩通学と違い、電車で通い出すようになると行動範囲も一気に広がったような気になり、今回『ちょっと大人っぽく遊んでみたい』と互いの気分が盛り上がった。そこで、地元にあるのに一度も行ったことのない場所、“大正浪漫が息づくエキゾチックな港町”を散歩してみようと二人で決めた。

「ねぇ、オルゴールミュージアムで特別展示してるよ。一日、三回だけの演奏だって」

 幸子が指したパンフレットの場所を雪が、隣から覗き込む。

「ふむふむ。制作者不明のアンティークオルゴール?じゃぁ、ここは最後のお楽しみにとっといて・・・」

 いきなり幸子のパンフレットを取り上げた雪が、少し離れた場所にあるカラフルなテントが並ぶ広場を指す。

「とりあえず、あそこに行きたぁーーい」

 ほら行こう。と言いながら内港を駆け出して行く。

「あっ、待ってよ。雪ちゃん!」

(大人の人は、そんな風に走らないよ・・・きっと)

 苦笑いしつつも慌てて、雪を追いかけて来たがはぐれてしまう。

 広場は沢山の人で沸きかえり、呼び込みの声がさらに雰囲気を活気づける。様々な食べ物が売られ美味しそうな匂いがそこかしこからしていた。

 あちこちで、曲芸師やピエロが大道芸を披露し、特別に人目を惹きつける派手なパフォーマンスには黒山の人だかりができ、雪を捜しながら歩くだけでも楽しかった。

(雪ちゃ~ん。どこいったのかな?)

 キョロキョロと辺りをを見渡すと、トレイにいくつもの食べ物をのせ一人ホクホク顔をしている雪を見つけだす。

(いたっ!・・・ってか買いすぎ?)

 ポテト、から揚げ、ホットドック、おでん、さつま揚げ、ハンバーガー、何かのお弁当?らしいものが三つもトレイに乗っているのが見えるが、雪はまだまだ何かを買うつもりなのか店先をのぞいている。

 これ以上は止めないと!!と慌てて走り寄れば「あっ!さっっちゃん。はい、これ。すごく美味しそうだよ!二人で食べよう!!」とトレイを差し出す。

「また・・・たくさん買ったんだね。とりあえずお茶を先に買おうか」

「!!駄目だよ!バランスを考えると野菜ジュースが一番いいと思うの!」

「う~ん、そうだね。炭水化物が多くて野菜がないもんね」


(でも売ってるかな・・・野菜ジュースって)


 テントの近くに設営されたベンチに座り、少し早いお昼ご飯になる。あれだけあった食べ物も雪がほとんど食べ、トレイには飲み物とゴミしか残っていない。

「雪ちゃんは、ほんとに何でも美味しそうに食べるね。もう、片付けちゃっていいかな。この後どうする?広場を見る?どこかまわる?」

 キョロキョロと辺りを見回し「待って!やっぱり、あれ食べたいの。買ってくる」

 そう言って走って行った雪は、ソフトクリーム片手に戻ってくる。

「さっちゃん。雪ね、あの背の高いピエロさんが気になるよぉ~」 

 雪の指差した先には身体一つ飛びぬけた背い高なピエロが見えた。

 幸子はソフトクリームを指差し「それ食べ終わったらいいよ」と言おうとしたが、ソフトクリームを持ったまま人ごみに突入しようとした雪。慌てて手首を掴む。

「雪ちゃん!駄目だよ。ソフトが他の人の服につくと困るでしょ?」

「あっ、そうだね。へへ」

 失敗だね。なんて照れくさそうに笑う雪に、そうだよ。と言いながら幸子もニコニコと笑う。

 ふと、広場の外れに眼をやった幸子はふよふよと浮いた小さな光の玉を見つける。

「ねぇ、雪ちゃん。あれ何だろ?」

 幸子の問いかけに雪がピョコッと頭を向ける。首をかしげながら「・・・ホタル?」と答えれば、幸子も首をかしげながら「季節はずれじゃない?」と返す。

 結局、雪がソフトクリームを食べ終わる前に小さな光は消えてしまい確かめることはできなかった。

「不思議だね」と二人で言いつつも大道芸を楽しみ、色々な建物や美術館を巡っている内に小さな光のことはすっかり忘れ去っていた。



「うぅ~。さすがに風が少し冷たくなってきたね。今、何時だろ?」

 春と言えど夕方になれば、風は冷たく少し肌寒くなる。朝と違い、波は夕日に照らされ色づきながら輝いていた。

 幸子がポケットからスマホを取り出し、時間を確認すればもうすぐ四時。

「あっ!オルゴール、五時からだったよね?少し早いけど向かう?」

「うん。行こうよ!」

 お土産用のオルゴールは最後に見ようと、まずは色々な種類のオルゴールが展示されている二階へ上がる。

 電球色の柔らかなオレンジ色に包まれたホールには、何百年前に作られたアンティークのもの、大きなもの、古いものとたくさんの種類があった。

 自分で選曲できるオルゴールに至っては全ての曲を聴き、オルゴールにまつわる話や曲目などについて解説してもらい二人は目一杯楽しんでいた。


ゴーン、ゴーン、ゴーン。


 ホール内に置かれた古時計が五時を告げた。 白い手袋をはめたお姉さんが特別展示のオルゴールへと向かいだし、二人はついて行く。

 ガラスケースの上蓋に赤いベルベット地の布を敷くと慎重にオルゴールを取り出して置いた。ゆっくりとネジを巻き、一呼吸おいてフタを開ける。

 流れてくるメロディーは、はかなげで美しい音色と綺麗なハーモニー。

 二人は、ガラスケースに展示物として収められているオルゴールから眼が離せないでいた。

「雪ちゃん。オルゴール、すごくキレイだね」

「うん、本当にキレイ。だけど、何でだろう?」

 二人の心が、無性にざわつく。こんな気持ちは初めてだった。

「さっちゃん。どうしてかな?…胸の奥が痛いよ」

「うん、私も。すごく…悲しい音色だね」

 二人はオルゴールに気をとられ、広場で見かけた小さな光が現れたことに気付かない。



“やっと見つけた。君たちに間違いない”


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