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異変

 常盤の森に突如とし、地を這うほどに低い声が響き渡った。雷がとどろき渡り、雲に侵食された空からポツリ、ポツリと黒い雨が降り出すと芝生は枯れ果て、木々が変色していく。地面に落ちた黒い雨は<もや>へと変わり立ちのぼり始める。

 母親と一緒に空を見上げていた幼い男の子が、黒い雲の切れ間を指差す。

「かあか?ねーねー。なぁに?」

 更に黒く濃い影がいくつもの雲に映り込み、移動しているのが見えた。男の子の疑問が聞こえたかのように一つの影が、目の前に降り立つ。


 それは、魔女の姿の女。


 結い上げた髪に小さな帽子が止められ、表情を隠す華奢なレース編みの面紗が垂れる。

 しかし、口角をきつく吊り上げ卑しく笑う口元は隠しきれず、腰を異様な細さに絞り上げた黒い質素なドレスと相成ってますます不気味に見えた。その側には、唸り声を上げ赤く光る瞳と豹のような、しなやかな体つきをした使い魔がいる。

「ひっ!!」母親の口から悲鳴が漏れた。震える手で、男の子を自分の後ろに隠し後退る。だが、別の魔女が後に降り立ち母親と男の子は逃れることは出来なかった。

 他の魔女達も思い思いの場所に降り立つ。怯える人々にわざと使い魔をけしかけゆっくりと追い立てていく。あちらこちらで上がる悲鳴をまるで最上のメロディーを聴いてるかのように楽しむ。魔女と使い魔から逃れられず、魔法にかけられた者は醜い姿へと変わり果てた。

 理性をなくし、ただウロウロと歩き廻り、時には理由もなく他の者と争い始める醜いバケモノへと。


 この地上の騒ぎに目もくれず、王と王妃の元へと向かう魔女が二人いた。

「王様って、かっこいいのかな~。王様だもんね。当然、かっこいいわよね。どうしよう!一目惚れさたら困るな~。やだ!お姫様じゃないの?私ってば、どうしたらいいの~」

「・・・黙れ」

「やだ!あんたって子は、あいかわらず愛想がないわね」

 二人の魔女は音もなく城のバルコニーへと降り立つ。

 そこには吹きつける風に向かい、刻々と変わり行く森をなす統べなくみつめている王と王妃の姿があった。血の気の引いた王の顔を見た魔女たちから思わず笑い声がもれる。

「お前達は何者・・・・・・・・・いや、聞くまでもないだろう。悪い魔女達だな。そこにいるアラーもお前も仲間なんだな」

 威厳のある声、蓄えられた立派な髭、人をかしずかせる眼差し。

「まさか、あんたが王様?やだ、老人じゃないの~」

 振りかえった王に一人の魔女が壮絶に悲しみ、ガクッと膝を落とした。

「むぅ、イケメン妄想終わり。これは面白い展開」

 ククッと含み笑いをしつつ、崩れ落ちた魔女をつま先で突付いてはからかう。何とも緊張感のない光景に、より緊張感のない下世話な声がかかった。

「あら、王妃は若くて美しいのよ?」

 兵士達に囲まれたままのアラーが、二人の魔女へ軽口を叩いた。

「やだ。あんた、まだそんな格好してんの?」

 あんた呼ばわりされたアラーが、兵士にしなだれかかる。

「あら?見て解らないの?今、私は捕らわれてんの」

 しなだれかかった兵士に顔を寄せた。兵士はうろたえていたが、アラーが頬に口づけると一瞬にしてその姿が宝石に変わる。

「やだ。今の一番いい男だったじゃない。眼つけやがって!」

 いい男は全て私の物なのに!と叫びながら魔女は、雑作もないように次々と兵士達を宝石に変えていく。

「むぅ。遊びは終わり!」

 もう一人の魔女が、アラーを踊り子の格好から黒ずくめの魔女の姿へと戻す。

「あら、残念。あの格好も気に入ってたのに」

 訓練された兵士たちが、何も出来ないばかりか易々と宝石に変えられた魔女の力を目の当たりにした王が、王妃を後ろ手に庇いながらどうしても解らないことを尋ねる。

「ワシらとお前達の世界は越えられぬはず・・・どうやってここまで来たのだ?」

「ふん。何でもいいでしょ。でもどぉーしても知りたいならコレ聞けば解るかもよ~」

 魔女が取り出したものは、素組みされただけで飾りのない質素な箱。ふたが開けられ、鳴り響いた不協和音の奏にオルゴールとわかる。

 訝しげにオルゴールを睨み付け「それが、一体、なんだと・・・」いうのだと、王が最後まで呟くことはなかった。何かにハッと気づいた王は自分が身につけていた水晶を毟り取ると床に叩きつける。

 割れた水晶より白く輝く光が溢れ出し、あたりを白く染める。

 不意をつかれた魔女たちの眼が眩む。

「狼じゃ。狼・・の・・・」王の叫びは、途中でかき消された。光が収まると共に不協和音も止み、王や王妃、侍女の姿もなくなり魔女たちだけとなった。

「あら?なんだったの?今の光?」

「ふふ、わかんなぁ~い。けど見て!上々よぉ~」

 魔女の手にあるものはオルゴール…だが、最初に取り出した時のように質素なものではない。

 ミルキーホワイトに細かく光るパールが重ねられ、緻密な透かし彫りが施された外箱。華奢な金細工の留め具で留められていた。魔女が再びフタを開ければ、不協和音を奏でたメロディーは美しい音色へと代わり、王子様とお姫様が中央でワルツを踊る。

 手を伸ばしても決して届くことのない、背中合わせで踊るワルツ…二人の表情が哀しげに写る。

「ん??やだ!!じじいが若くなってる~。どんだけ図々しいの?」

「あら?あの光はそーゆこと?」

「むぅ。意味ない!」

「しかし、いい音色よね。あぁ、悲しみの音色って最高だわ~」

 魔女たちが、うっとりと聞き入っていると主の消えた城に、黒く重苦しい〈もや〉をのせて風が吹き込んできた。まるで意志があるかのように、すみからすみまで城全体をまんべんなくなめつくすと、たちまち陰気な雰囲気へと変わる。

 次いで〈もや〉は玉座へ集まり、見る見るうちに人の姿となった。


『上出来だ、子供たちよ。外も素晴らしい仕上がりとなった。眺めるが良い』


 魔女たちを労う、その声は森に響き渡ったあの声。魔女三人は魔人に促され、改めてバルコニーからゆっくりと森を眺める。

 青空は消え、黒色の厚い雲が覆いつくし、鳥獣が飛び交う。

サラサラと流れていた小川は、毒のせいか緑とも紫とも区別のつかない何とも言えない色へと澱み、ドプリと音をたてながら流れ悪臭を放つ。その水を汲み上げた影響だろうか、芝生や木々も小川の水と同じ色に染まっている。森に住まう動物、エルフ、精霊などの愛らしい面影はなくなり、人も人としての知性も一切なく、ゴブリン、オーク、魔獣など様々なモンスターとなり果て破壊や争いを繰り返す。

「やだ~。この眺めステキ~」

「あら。本当にですこと」

「むぅ。皆カワイイ生き物になった」

 きゃぁきゃぁと、はしゃぐ魔女に魔人が命令を下す。


『さあ、子供たちよ。仕上げにかかれ。物語を探し出し、残らずここへ持ってくるが良い。あの忌々しい一族が大事に守ってきた物語を我が直々に絶望という名の悪夢を綴ってやろうではないか。クハハハハハ』



 城と同じ敷地に建てられた特別な塔が書庫になっており、大量の物語が収められていた。

「やだ~。すぐに見つかっちゃった!」

「あら、いいじゃない。楽で。二人共、本を運ばせるからありったけの使い魔出してこっちに頂戴な」

「むぅ。物語いっぱい」

 アラーが、バサバサと乱暴に本を床に落とし、それを使い魔たちの背に雑雑と積み上げ運ばせる。他の二人の魔女は本に直接、浮遊の魔法をかけてゆく。

 途端に命が宿ったかのように、本は塔から謁見の間へと飛んで行く。

「やだ、蝶!可愛い系なのね。ってか、お子様?私は幻想のユニコーンよ」

 何百冊の本が形作る。謁見の間へとまっすぐ駆けていくユニコーン、ピョコピョコ跳ねまわるユニコーン、なぜか寝転がるユニコーン。

「むぅ。じゃぁ、ドラゴンです」

 負けじと何千冊の本でドラゴンを形作る。咆哮を上げユニコーンを威嚇すれば、どちらかというと使い魔たちが驚いてアラーが背に積み上げた本を落とした。

「あら、あら」と、仕方なさそうにアラーが、再び本を背に積み・・・「やだ。生意気ね!!次は鳳凰よ」さらに負けじと何万冊の本で形作った鳳凰は、渾身の出来となった。

「やだ!自分の才能が怖いわ!!」

 ピギャァーと咆哮を上げ、翼を大きく広げドラゴンを威嚇する。

 こうなると使い魔たちは、完全に怯えて伏せたまま動かない。アラーが積み重ねようと手にしていた本を握り直した。

「こん、(自主規制)が!!」

 完全な腹立ち紛れに床に叩きつければ、ドラゴンや鳳凰の咆哮などと比べものにならない音が響く。

 この時になって二人の魔女は、自分たちが何をして、何をしなかったのか理解した・・・気づくのが、だいぶ遅かったようだが。

 アラーの背後に生ける者が、見てはならないものが見えている。

「あら?お二人は、何を遊んでいるのかしら?」

 微笑んでいるのに、決して凄んでないのに、恐くて二人の声が震えた。

「やだ、アラー?あなた地獄を・・・召喚してるみたいよ?」

「むぅ。・・・番人が手招きしてるぞ」

 最早、使い魔たちは怯えるなどとヌルい言葉では済まされない状況に陥っている。ガクガクと震え小さく丸まり身が半分以上透けていた。これ以上の恐怖にさらせば、よくて宝石に戻る、悪ければ消滅してしまうだろう。二人の魔女も同じ位、身の危険を感じていた訳だが・・・。

「やだ。違うの!遊んでたわけじゃないのよ。ごめんなさい」

「むぅ、ごめんなさい。ごめんなさい」

 二人は、必死に謝る。だが、アラーの眼は「謝らなくてよい。代わりに働け」と語り、地獄の番人は蛮刀を舌なめずりしている。とりつく島もないとはこのことだ。

「「・・・はい」」

 

 速やかに、全ての物語が謁見の間へ運び込まれる。「もうやだ。疲れた」「むぅ。来てもらうと早い」二人の魔女は、文句をブツブツと呟きながら疲れて果て床に座りこんだ。ぐったりしている二人を横目に「あら?だらしないわね」と、アラーは涼しい顔をしている。

 三人が遊んでる間に、城中にはびこる〈もや〉が物語たちに集まりだし包み込む。すると純白の美しかった表紙は、どす黒く禍々しいものへと変わっていく。魔人は、これを見届けると玉座から立ち上がり物語達の元へと近づいた。


『このオルゴールと物語が、二度と誰の手に触れぬよう次元の狭間にでも送ってくれようか。フハハハハ』


 赤く妖しげな瞳が光り、空間を捉えれば、様々な色が混じっては離れる『宙』が現れる。魔人がオルゴールと物語に手をかざせば、すいっと浮かび上がった。


『これで終わりだ』


 宙に放りこんだ瞬間、小さな光の玉が二つ現れる。小さな光は、瞬時に白く大きな輝きとなり部屋中を照らす。あまりの眩しさに魔人や魔女は思わず顔を背けた。


『うぅっ。この光はなんだ?』


 やがて、光が収まるとオルゴールや物語達はなくなっていた。今にも消えそうな宙の中は、狭間とは似つかない見慣れぬ風景へと変わり、二つの小さな光がヨタヨタと飛んでいるのが見える。そして、宙はすぐに消えた。


『なんだ?…捜せ、子供たちよ。探し出し確実にオルゴールと物語を狭間に送るのだ』



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