序
―――ひとつの物語が終われば二つのものが残される。
「では、あの裂け目に潜りあちら側から修復すると?いけませぬ!まずは現地に人を向かわせ得た情報で学識者を集め話し合うのが良いかと」
「いいえ、常盤樹の王。時間はなく切羽詰まっています。あの裂け目は周りを飲み込みながら急速に開く一方。このまましておけば、何者かの憎しみでこの世界は潰されるでしょう。一刻も早く向かわねばなりません」
―――祝福に満ちた『器』
それは、人々に幸せと感動を授け讃えられた魂。
―――蔑みを糧に貫く『楔』
それは、人々に忌み嫌われ虐げに降伏させられる魂。
『器』となった魂は、優しき常盤樹の王と妃に見守られ、未来永劫の幸せへと導かれる。
『楔』を打ち込まれた魂は、闇に飲まれ常闇へと捕らわれる。
―――それが、この世界の掟。
「ですが危険です!御身に何かあればこの世界を守る方がいなくなってしまいます。そうなればこの世界の民すべてを危険に晒すことになるのですぞ」
「わかっております。ですが、常盤樹の王よ。それでも私は行かねばなりません。もし、もしそのような場合に備え・・・常盤樹の王にはこれを渡しておきましょう」
―――始まりは些細。
ふと感じた視線に部屋の影を振り向く。そこには何にもなく気のせいだと忘れるほどの些細な出来事。
けれども日毎に一回、二回と視線を感じる回数は増えていく。それはいつの頃からか世界のバランスを傾ける程の憎しみを混じり溶かし綻びを生じさせてゆく苛烈なものへと生じて。
「おぉ、聖女様。お心遣いありがたく。して、こちらは一体?」
「我の可愛い聖霊の子らを封じておる。なにかあればその水晶を割るがよい。あとのことは抜かりなく聖霊の子らがやるでしょう」
―――何も心配することはないと一つ微笑んで綻びに潜った聖女様は無事に役目を果たす。
誰もが常と身体にまとわりつかせていた不愉快な視線は消えたのだ。後は聖女様のお早い帰りだけだと皆が待ちわびる。
しかし、どれだけ長い月日が経とうとも聖女様が世界をつなぐ扉を開いて戻って来たと常盤樹の王様に報告されることはなかった。