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一本のストロー

作者: 紫月
掲載日:2015/01/28

 俺はその日、一本のストローを前に苦悩していた。

先が曲がるのだけが取り柄の、何の変哲もないストローだ。


ーーストロー自体は。



 事の発端は1時間程前。

学校帰り、ふらっと立ち寄ったカフェでのんびりと過ごしていた俺の前に一人の女が現れた。


「もう、何で先に帰るのよ! 待っててって言ったじゃん!」


無遠慮にも向かいの席にスクールバッグを投げ捨て、膨れっ面をするその女・あおいは俺の幼馴染みだ。

隣同士の家に生まれた同い年の俺達は、当然のように同じ幼稚園、同じ小学校、同じ中学校に通うようになった。


「鞄見てて、飲み物買ってくる」


返事を待たずに財布だけ持ってカウンターに向かう葵はつくづく勝手な女だと思う。

俺も最近までは常にこいつが一緒なことを何とも思っていなかった。

だがひと月程前から、同じクラスの奴にこいつと一緒に登下校している事をからかわれるようになったのだ。



「ただいま~」


ドリンクを片手に戻ってきた葵は、相変わらずがさつな動作でドカッと俺の正面に腰を下ろす。


「それで、最近急によそよそしくなったのはどうして?」


お姉さんが聞いてあげるから、言ってごらんなさい。

そんな声が聞こえてきそうな、妙に上から目線のこいつの態度が鼻につく。


姉貴面してんじゃねーよ。

俺の方が年長者だ、一ヶ月だけだけど。


「べっ、別に何もねーよ。俺だってたまには一人で帰りたいってだけだ」

「ふ~ん……」


疑うような目でジトーッとこっちを見てくる葵。

くそっ、葵のクセに。

絶対信じてねーだろ。


「ま、いっか。そーゆーことにしておいてあげる。そんなことよりね、数学の塚原せんせーさー……」


ほらまた始まった、愚痴だ。

葵はがさつだし、奥ゆかしさというものがまるでない。

なのにどうしてこういうところばかり、女らしいのか。


「へえ……」


毎日繰り返される同じ内容の愚痴に、適当に相槌を打つ。

そんな退屈な話に毎回毎回新鮮なリアクションが取れるかよ。

もともと俺は聞き上手でも何でもない。


「ちょっと! 聞いてるの、義弶よしはる!」

「はいはい、聞いてる聞いてる」


聞いてないけどな。


「もう! 義弶のバーカ!」


 口が悪い、すぐ怒る、幼稚。

欠点を挙げると切りがない、そんな女が俺の幼馴染みだ。


けれど俺はこいつと一緒にいる事自体が嫌なわけじゃない。

良いところだってたくさんあるはずだ。

底抜けに明るいとか……いや、それだけか。


とにかくだ、俺は別にこいつの事が嫌いなわけじゃない。

なのにだ、最近になってこいつといるといつも何か胸や頭の中がもやもやして、終いにはそれがイライラに成り変わり、葵にぶつけてしまう。

こいつが我が儘だとかすぐ怒るだとかはガキの頃からのことで、今さら腹を立てるような事じゃない。


それじゃあこの感情はいったい何なのか。

その答えが判らず、俺のイライラは募る一方だった。


だからこそ俺は葵を避け、葵の前では表面的にでもクールを装う事にした。

こいつはそんな事情なんて知らないから、バカが格好つけてるだとか俺の事を散々馬鹿にしているけどな。



「ところでさ、 義弶。このドリンクもう試してみた?」


やっと俺に愚痴を聞いてもらうことを諦めたのか、話題を変えてきた葵が示したのはこの店の新作ドリンクだった。


どこの店でも期間限定だとか、新メニューだとかは付き物だと思うが、この店はやたらチャレンジャーの部類だと言っていい。

週一ペースで新作を開発・販売しては好評だったものをメニューに加えていっている。


確か、もずくのシャーベットとかドラゴンフルーツのソフトクリームとか、冷やしカレードリンクだとかがあったはずだ。

この店は何処を目指しているのかが判らない。


そんな店の新商品に手を出す辺り、葵も相当なチャレンジャーだと思う。


「いや……」


今週のは何だっただろうか?


そんな事を考えながら言いかけた時だった、葵がその言葉を発したのは。


「これ、意外と美味しいから飲んでみなよ?」


実に気軽にドリンクをこちらに差し向けてくる葵。

その姿に何故か俺は衝撃を受けた。


流れでうっかり受け取ってしまったドリンクの蓋に刺さっている一本のストローを見つめる。


これって、間接キスじゃね?



 ここで話は冒頭に戻る。


「飲むの、飲まないの?」

「の、飲むに決まってんだろ」


あ、やべ。

売り言葉に買い言葉で余計なことを口走ってしまった。


「あっそ」


飲むなら早く飲んでよねーと言わんばかりの表情で葵は頬杖をつく。


こいつ、可愛くねー。

俺がこいつのドリンクを持ってるから手持ち無沙汰なのはしょうがねーけど。


頬杖をついた体勢からの斜め四十五度の視線は間違った上目遣いだろう!

ガン飛ばしてんのかこいつは!


こんな奴女子じゃねぇ。

犬だ、犬に舐められたと思ってするっと……。


「…………っ」


じーっと見られていると飲みにくいんですが。

くそ、葵の気を何とかして逸らさねば……。


「葵、お前腹減ってねえ? 今日は俺が奢ってやるからなんか買って来いよ」

「えっ、ほんと? いいの!?」


ふっ、単純な奴め。

葵は俺の言葉に飛びついて、メニューをかじるように見つめている。


今だ!


「ねえねえ、この間の鯨ツイストバーガーが定番化してるよ」

「あぁ? ああ、そうだな……」


っと、危ねぇなおい。

よし、今度こそ!


「ねえ、義弶は何にする?」

「……あ、俺は何でもいいよ」


……くそっ、飲めねー!


仕方ない。

葵が料理を注文しに行くまで待とう。

その時が狙い目だ。



「よし、この地中海風パスタに決ーめたっと。あ、義弶も同じのでいい?」

「ああ」


 五分ほど迷いに迷ってやっと注文を決めた葵が思い出したように訊ねてきた。

さっさとこの場から葵を追い払いたい俺は二つ返事でOKする。


「ほら、これで買ってこいよ」

「うん、ありがとー!」


財布から五千円札を抜いて渡すと、葵は脱兎のごとく駆け出していった。


やれやれ。

やっと件のドリンクに集中できる。


 店内を見回すとまだ客足がまばらながら、学校帰りの地元の高校生や、親子連れの姿がちらほら見えた。

もうそんな時間か。


二、三度大きく息を吸って吐いてを繰り返す。


今だ!

俺は意を決してストローに唇を寄せ……。


「ねえ、 義弶? 」

「ぬぉあ!?」


またも間接キスは未遂に終わった。

突然現れた葵によって。


「私やっぱりこのカボチャクリームのカルボナーラ風パスタも食べてみたいから、 義弶の分はこれを頼んでもいい?」

「あ? ああ、ど、どうぞご自由に……」


何で戻ってくんだよ!

いいから早く行けー!


くそっ、仕切り直しだ。


先程よりも深く呼吸をして、ストローに手を掛ける。

チラッとカウンターの方に目を遣ると、順調に順番待ちの列を進んでいく葵の姿が目に入った。


よし、四度目の正直だ!



「 義弶!? 私、やっぱりスペシャルジャンボ・ストロベリー・チョコレート・パフェも食べたいんだけど頼んでもいい?」


……がっくり。

列の先頭に立って大声で話し掛けるとかありかよ?


もはやスペシャルジャンボな苺が乗ったチョコパフェなのか、スペシャルジャンボなチョコパフェなのかなどどうでもいい。


公共の場では静かにしましょうっておばさんに躾けられていただろうが!

おかげで俺は周りのお客さんから大注目を浴びてしまったじゃないか。


がっくりと机の上に項垂れた俺をどう好意的に解釈したのか、葵はパフェをしっかりと注文していた。


こいつは本当に俺に飲ませる気があるのか。

毎回毎回ジャストなタイミングで話し掛けてくるとか、どうなんだよ?



「出来たら持ってきてくれるって」


いい笑顔で番号札を持って戻ってきた葵が恨めしい。

こいつには羞恥心というものは存在しないのかもしれない。

これはダメだな、ほとぼりが冷めるまで待たないと。


そうこうする間に二人前のパスタが運ばれてきた。



「わーい、いっただっきまーす!」


 歌い出しそうな弾んだ声でそう言って葵はフォークを手に取った。

チャンスだ!


「ほらよ」


今度は途中で邪魔されないように、あらかじめ葵の皿に俺のパンプキンカルボナーラを入れてやる。


「ありあとー」


食べながらぶっさいくな満面の笑みを浮かべた後に再びパスタに集中した葵を確認してから、本日五度目となるストローとの対面果たした。


……よし、いざ参らん。

グラスを持ち上げ、口を開けてストローを迎え入れ……。



ーーガッシャン。

後方で、派手な音がした。


「お、お客様!」


次の瞬間には店主がすっ飛んでいく。


……誰が、何をやらかした?

またも邪魔入り、怒りにワナワナ手を震わせてゆっくりと振り返る。


真後ろの席の人がトレーごと料理を引っくり返していた。


「お客様、お怪我はありませんか?」

「は、はい! すっ、すみません!」


動転したお客さんに店長が対応している間に他の店員が箒とちりとりを持ってきて、手際よく残骸を片付けていく。

イカスミパスタのせいで、箒が真っ黒だ。


「もっひゃいはいほね(もったいないよね)」


向かいに座る葵は呑気にそんなことを言っている。


「お前は口ん中もの詰め込んだまま喋るな」


敵はこいつだけじゃなかったか。

ここに来て、ようやく俺は現実に向き直った。


考えてもみろ。

俺と葵はガキの頃から兄妹(ここ重要!)同然に育った。

同じ食卓について飯を食った事も数えきれない。

その席では回し飲みくらい、当然のように行っていた。

まあこれは葵がよく俺のコップと自分のコップを取り違えるからなんだが。


つまり、葵が口をつけた飲み物を勧められるなんて事はなにも初めてではない。

ありふれたシチュエーションだ。


なのに何故俺は今、葵如きに、ストローの一本如きにこうも動揺しているのか。

ようは自覚しているか、いないかの違いなのだろう。

これは俺の……。




「ありがとうございましたー」


 店員さんの爽やかな声に送り出される。


「えへへっ、御馳走さまー」


隣を歩く葵は腹を擦っている。


「お前、よくあれを一人で食えたな」

「甘いものは別腹って言うでしょ?」



 あの後、俺は無事に新作ドリンクを飲む事が出来た。

思わぬ助け船が現れたのだ。

そう、スペシャルジャンボ・ストロベリー・チョコレート・パフェだ。


スペシャルジャンボがストロベリーに掛かるのか、パフェに掛かるのか、運ばれてきたそれを見て俺はたちどころに理解した。


「でけぇ……」


テーブルの上にでんと置かれたそれは、俺と葵の視界を塞いでいた。


巨大なチョコレート・パフェに守られ、穏やかな気持ちで新作ドリンクを口にした。

初めて飲んだそれは……。


「誰だよ、甘酸っぱいなんて言った奴は。苦酸っぱいじゃねーか……」

「急に何言ってんの?」

「お子様なお前にはまだ分かんねーかもな」

「お子様って何よ!? ……ちょっと、待ちなさいっ」


言い捨てて逃げる。

夕暮れの太陽に背中を照らされながら、二人して雑踏の中に紛れていった。



END.


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