サラドは前菜の後で <Salad>
僕はその時が鮮明に瞼の裏に刻印されている事を確認し、その皺を一つ一つなぞるようにして目を瞑る。
人生とは時を皺に変換していく退屈な作業のことだ。これはある種の真実ではある。確かに真実は一つであるが、照明の当てようによって真実の影はいくつにも分岐する。
僕は深く息を吸い、ポケットからミントを取り出し口に含む。
僕は此処に死にに来たのだ。人生に絶望する、という普通の人間なら誰しも経験している事から立ち直れず、死を求め、砂漠の砂一粒一粒を体が渇望する。
夢の中で僕はトリニティについて考える。僕の血は最早朱では無い。記憶は紙魚に食い尽くされたかのように掠れぼやけ、骨は体に触れる物全てが削りとって行ってしまった。
ガイドブックは僕を導いてはくれないようだ。
哀しいまでに色鮮やかな世界は僕の愛すべきモノクロの世界を、絵の具をぶち撒けるように汚らしく染めていった。太陽は僕の心臓を焼き、鴉は腸を突いている。僕は目を瞑ったが、瞼は腐って地に落ちた。周りは次第に黒く染まり、そして。何も無くなった。
僕はそこで目を覚ます。
汗は吹き出、息は荒い。水の容器を掴み、冷たい液体を口に含む。ミントが未だ口の中に有るので、余計に冷たく感じられた。鼓動は強く僕の胸を叩く。小人が僕の心臓から出たがってるみたいだ。
窓から望む風景はしかし暗く、先から然程時間が立っていない事が分かる。嫌な夢だ、そう言いながら僕はガイドブックを窓から放り投げる。派手な音を立てて後ろへ飛んで行く。
僕は軽く口笛を吹いた。それは鈍く車内に響いた。