‐卍‐人格入れ換わり劇‐卍‐
レッドディスタンス=X。
それが俺――赤間十字のコードネームだ。
我ながら、他者の追随を許さない見事なセンスだと、今日も自分に関心せざるを得ない。
「よぉ十字、今のテストどうだった……ってか何ニヤニヤしてんだ? チョーきもいぞ」
「いや、なんでもないさ」
表情に出てしまっていたようだ。
今話しかけてきたのは、俺と同じ中等教育組織『公立十六年中学』のセクター『Ⅱ‐A』に所属する同志、岸田綾人だ。普段はアヤトなどと呼ばれている。
騎士の血統の男、D・アヤト。
「あたし、回収する時に赤十字の解答ちらっと見たけど、あんた数学でよくあんな解答できるね。何? X=レッドディスタンスって、逆にその頭の中拝ませてもらいたいわよ」
俺も是非拝ませてやりたいところだ。
彼女は藤箕柳花。数多くのあだ名を持っている女として知られている。『フジミー』『りゅーちゃん』『ふじさん』『やなぎ』『おはな』『みのっち』『ゆうか』……おそらくまだあるのだろうが、全ては把握していない。そもそも本人が把握しきっていないと思う。
だが、何より素晴らしいのは、彼女がその名に隠し持つ意味だろう。
藤箕柳花。
不死身の龍火。
………………。
一体何者なのだ……!
どんな運命を背負って生まれてきたのだろう。
セクター『Ⅰ‐D』時代から同じ所属だが、いまだにその謎は解き明かされていない。
「あれは回答欄が悪いのだ」
「いや、お前の頭がチョー悪いんだろ」
「そーゆーアヤトはどうだったのよ?」
「ぇっ……まあ、赤点はないんじゃねぇかなぁ……」
「はぁあ? マジ? 逆にアヤトってそんなに馬鹿だったっけ? 赤十字だって五十六点は取れてたよ」
「おお、チョー取れてんじゃん。てか柳花、テスト回収する数秒の間に他人の答案採点したの? 絶対お前の方が十字より頭おかしいだろ」
「ありがとっ」
「感謝されたっ!」
彼らが失礼なのはいつものことだ。
まあ、そんな性格でもなければ、他の同志たちと同じく、俺に気安く話しかけてきたりはしないだろうな。
それにしても、
「なあ、藤箕……赤十字ってなんだ?」
彼女は一瞬、俯いてクッ笑うと、
「逆に、いいあだ名でしょっ?」
そう言って笑った。
世界が回り、闇の時が過ぎると、同志たちはまたセクター『Ⅱ‐A』へと集う。
この日、岸田と藤箕は招集刻限ぎりぎりで到着した。
ほんの一瞬、岸田がこちらに視線を向けたように思えたが、歩みはそのままにふたりして岸田の席に向かう。そして机の両側からそれぞれの持つ、組織認定のスリーウェイバッグを置く。
「……」
「……」
なぜ藤箕は岸田の机に荷を降ろしたのだろう。
そう思考を巡らせていると、俺にぎりぎり聞こえるくらいの声で、
「ちょと……じゃなくて…………おい、お前の席はあっちだろうが」
「あっ、えっと……そうね、あははは」
と、やたら演技くさい会話をしていた。
まあ、特に気に掛けるほどのことではないか。
競技式鍛錬の時間、岸田と藤箕はトイレに向かった、周囲の様子を気にしながら中に入り、数分後出て来ると、競技用衣服に換装していた。
「ア……柳花、そっち誰もいなかったか?」
「うん、チョー大丈夫だった」
ん? 個室で着替えるとは、何か見られたらまずい怪我でも負ったのだろうか?
競技終了後も、岸田は俺たち男性陣の着替える部屋には現れなかった。
昨日のテストが返却された。
答案用紙の右下には紅の文字で五十六と印されている。
「流石だな、藤箕」
「「えっ?」」
藤箕に声をかけたつもりだったが、岸田も一緒に振り向いた。
「……おっ十字、柳花がどうかしたのか?」
「ああ、昨日俺のテストの点数を五十六って言ってただろ? 今返ってきたのを見たら、ほんとに五十六点だったんだよ」
「マジかっ、あれ冗談じゃなかったのかよ、逆に引くな」
「チョーありがとっ」
「また感謝されたっ!」
「それよりあんたの方はどうだったのよ」
「ふっふっふっ、なんと三十一点だ!」
「よかったぁ~」
おや? 辛口の藤箕にしては珍しい受け答えだな。
「それ、よかったなのか?」
「なに言ってんの十字、赤点じゃないんだからよかったでしょ」
まるで岸田の様な物言いだ。
自分のテスト以外には甘めの采配なのだろうか。
「それもそうか」
ちなみに藤箕の点数は誰も訊かなかったが、当然の様に百点を取っていた。
それにしても。
今日の岸田と藤箕は様子がおかしい。他の人間はどうやら察していないらしいが、このレッドディスタンス=Xの目は欺けまい。
そもそも朝からおかしかったのだ。
ふたりで一緒に登校してくることは、まあそこまで不自然ではないが、なぜ今日に限って藤箕は自分の席を勘違いしたのか。
そこが本当は自分の席だからじゃないのか。
なぜトイレで着替えを行ったのか。
見られる以上に、そう藤箕の口癖で言うなら、逆に、見てはまずいものがあるからとか……。
なぜ、藤箕が岸田の点数を聞いて「よかった」と安心したのか。
それが自分のテストだとしたら、安心するのにも納得がいく。
他にも、岸田は普段使わない「逆に」という、藤箕の口癖を使っている場面もあった。
俺が、藤箕に声を掛けて、一緒に岸田が振り向いたのも不自然だ。
さらに言えば、藤箕は一度、俺のことを『十字』と呼んだ。今までそんな風に呼ばれたことは一度もなかった。
…………。
いやまて、しかし。
……そんなことがあるのか。
明らかに世の理に反している。
とはいっても、その現象が完全に起こり得ないことだと証明した人間もまた、いないはずだ。
ならば俺は、既存の常識などよりも、目の前で起きている事実を信じるべきなのではないか?
考えてみれば、世に溢れる様々な作品には、その現象を取り扱ったものが数多く存在する。
今でこそ、そのあり得ない現象に面白みを抱いて人気を呼び、広まった設定かもしれないが。
初めはどうだったのだろう。
火のない所に煙は立たない、と言うし。
もしかしたら。
一番初めにこの設定で物語を書いた人間は、実際にその現象を目の当たりにしていたのかもしれない。
そうだ、こんな話をどこかで聞いたことがある。
人間に想像できるものはすべて実現可能だ。
と。
確かフランスの作家の言葉だった気がするが……まあ、それはどうでもいい。
重要なのは作品と言う形で、誰かが想像し、作り上げているということだ。
つまり、某フランス作家の言葉が正しいのならば。
この現象も、現実で起こりうるということだ。
だから、
「岸田、藤箕」
「ん? なんだ」
「なーに?」
「もしかしてお前たち」
息をのみ込む。
「……入れ換わってる?」
「「…………」」
室内が突然、静寂にひるがえった。
しまった。
ここはセクター『Ⅱ‐A』の中だった。
周りに居る他の同志たちにも俺の発言を聞かれてしまった。
静まり返る空間のを背に、岸田と藤箕は絶句していた。
まずい、なぜ注意を怠ったのか。本当にふたりが入れ換わっているとして、ここまで彼らが演技をしてまでそれを隠していたというなら、それは周囲に知られてはまずいということではないか。
そうだ、もっと気を遣うべきだった。
しかしまだ、入れ換わっているかと訊いただけだ。何が入れ換わっているとは言っていない。なんとか他のことで誤魔化す余地はあるはず……
「「「あっははっははははははははは」」」
突然周囲の人間たちが声をあげて笑いだした。
「ほらなぁ、だからいったろ「いやマジだったか「流石にそれはないと思ってたわ「リアルでいんだな「あははははっ「やべ、、うっ、ツボッたぐっ、はは「あたしも前から変だと思ってたのよ「同じクラスに、ってか学校にあんなのいるとかマジ最悪「賭けは俺達の勝ちだな、ちゃんと金払えよ!「くっそ、ほんとに中二病だったのか「きゃはははっ「「「「「「「「「「…………
「十字っ」
岸田が笑いをこらえるようにして俺の名を呼んだ。
「さんきゅー、お前のおかげで賭けに勝ったわ!」 藤箕もそれに続いて言う。
「ほんと、あたしもこっちに賭けといてよかったぁ」
なんだ? 何が起こっているんだ、状況に追いつけない。
「いったいこれは……えっ、どういうこと?」
「なに、まだ分かんないの? だからあんたは赤十字なのよ」
「柳花、それどういう意味?」
「はぁ? アヤト、あんた分かってなかったの?」
「え? うん、なんか意味とかあったのか?」
「ほんと馬鹿だねぇ。赤間十字から『間』を抜いてるんだから『間抜け』って意味じゃん」
「おお! なるほどな、それは確かにいいあだ名だ!」
「でしょ? で、赤十字。ネタばれをするとね。あたしとアヤトは、あんたが中二病か確かめるために人格が入れ換わってるっぽい演技をしてたのよ」
「そうそう、もしお前が今日一日何も言ってこなければセーフ、何か言ってきたらアウトって事で、クラスのみんなで賭けをしてたんだわ」
「えぁ、な……」
「赤間のヤツ、前からノートの端とかに意味分かんないこと書いてたりし「アタシ下校中にひとりでぶつぶつなんか言ってんの聞いたこ「あたしも―「プリントの名前とかたまに英語で書いてあるし「それにしても岸田の演技がめっちゃ笑えた「いや、結構ファインプレーもあったよぉ?「「「「「「「「「「…………
「そういうわけだから、これからはあんま俺たちに話しかけてくんなよ、中二病」
「ドンマイ、赤十字」
その日以降、俺がセクター……いや、二年A組の教室に顔を出すことはなくなった。
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全ての人にとって、一つ一つの物語にハッピーエンドが用意されているわけじゃない。こんな嫌な出来事って、現実にもあることなんですよね。いや、これと同じ様な事があるとは言いませんが……つまり、何にも悪いことをしていなくたって虐めにあうことはあるし。ルールに忠実に生きていても嫌われることはあるし。多くのヒトを救った人間が殺されることもある。
これはヒトがヒトを信じられなくなるまでのお話です。わざわざ知られたくないことってたくさんあると思う。自分のことをあまり話したくないヒトだっていると思う。全てを暴いて、さらけ出さないと。隠し事があると。人付き合いって、上手くやっていけないものなのでしょうか。懐に手を突っ込まれてまさぐられたら、誰だって苦しみを感じるはずなんだけどな。
っと言うわけで、最後は軽い感じで締めましょうか。
辛いことがたくさんあった日は、いいこと探しをしよっ。バッドエンドまでの道のりに、いいことが無いわけじゃないんだよ。
はい、読了ありがとうございました。




