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六話

 目の前にはまだ幼い少女が棍を鋭く【突い】てくるがそれを【払う】事で回避する。


 それで終わる筈もなく少女は瞬時に【薙い】でくるがその動きは予想していたお陰で難なく棍を縦に構える事で受け止める。


「…はぁ、はぁ。韓約も仕掛けてこいよっ!!」


 荒く息を吐きながら再び突かれた棍を薙ぐ事で棍先を逸らして疲労で体勢を崩した少女の胸元を軽く突いた。


「これで二十八戦二十八敗ですな馬超殿?」


 へなへなと地面に座り込む馬超殿にニヤリッと笑いかけながら声をかけた。


「スゴッ~い!!」


 馬超殿と同じく疲れきったように座り込んでいる馬岱殿から称賛の言葉を頂いた。


「…くそ~!!」


 悔しそうに俺を見上げる馬超殿に苦笑いしつつ休憩にしようと提案した。


「…身を持って体験して御理解頂けましたか?」


 未だに悔しそうにしている馬超殿と納得したように頷く馬岱殿に再び苦笑い溢した。










 頭から湯気を出しつつも頑張っていた馬超殿と馬岱殿に今日はここまでにしようと執務室を後にした訳だがお二人がおかしな事を口走った。


「なぁなぁ韓約。俺さぁ~槍使ってるんだけど何か技教えてくれよ?」


「あっ!!お姉ちゃんズル~~い。韓約、お姉ちゃんじゃなくて蒲公英に教えて~」


(…技を教えろとな?)


 武術ってそんなに単純なものでは断じてない!!あぁ…だから師匠、そんな冷めた目で俺を見ないで………はっ!!いかん、いかん。


「お二人とも寝言は寝て言うものですよ?」


「「なっ!?」」


 俺の言葉にカチンときたのか歩みを停めて後ろを振り向いた。その形相は先程までいた可愛らしい少女達は一瞬で不機嫌になった。


「では、また西涼式で」


「「挑むところだ(よ)!!」」


 と言うやり取りがあって手合わせする事になった。


「お二人とも。私は我流ですが槍で必要なのは【突き】【薙ぎ】【払い】の三つにあると思います」


 二人は小声で復唱しながらも話に耳を傾けている。


「他にも足さばきや心得などもあるのでしょうが残念な事にここ西涼では槍の使い手が少ない…」


 西涼の人達はどちらかと言うと弓や鉈に近い片手剣に分類されるのを好んで使う傾向が高い。


 なので槍の名手と呼ばれる人はいない。土地柄、と言うのもあるのだろうけど。


「なのでこの三技を完璧に致しましょう。小手先の技はその後からでも遅くはないですから」


「で、でもよ~」


 どうやら馬超殿は納得出来てないようで不満げに声をかけてくる。


「…のぼせ上がるな小娘がっ!!幾ら才があろうとも基本を蔑ろにする輩に全うな武の道が歩けると思ってるのか?現に才に劣る私に連敗したのを忘れたかっ!!」


「…うぅ」


 がっくりと項垂れる馬超殿。自身の体験した事だけに反論出来ない様子だ。


「ほえ~蒲公英初耳。韓約それだけ強いのに才がないの?」


 馬岱殿は相変わらずマイペース…いや違うな。空気が重くなったからそれを何とかしようとしての事か。


「はい、馬岱殿。私の師匠がお前には長柄の才はないっとはっきり仰ってました」


「そうなの~?じゃあさ韓約のお師匠さんに鍛えて貰うのは駄目なの?」


 馬岱殿の問いに力無く首を左右に振る。


「その方が私も助かるんですが師匠はもう…」


 本当は生きてるのだが彼の性格上絶対にしないだろうから死んだ扱いの方が良いだろう。


「ご、ごめんね韓約」


 俺の悲壮感漂う顔付きに馬岱殿は上手く察してくれたのか慌て気味に謝ってくる。


 その表情に罪悪感が沸き上がるが無理なものは無理なので嘘を押し通すしかない。


「では鍛錬を開始しましょう」


 時間が勿体無いので茶番を終えて棍を構える。


 俺が構えたのにならって馬超殿、馬岱殿も腰をやや下ろして構えた。


 さてじゃあ突きから始めるとするか。










 二月後、正面で鏡写しの様に突きを繰り返す二人を見ながら安堵のため息を溢した。


 今までやらなかった分を取り戻すかのように数百、数千、数万、とただ愚直に突きを続ける二人には最早脱帽の域である。


 たがそのお陰で三代目となる棍は空気を切り裂くまで鋭くなりその早さは辛うじて見えるぐらいでこれ以上になると俺にはとてもじゃないが追い付けない。


 何とも天から与えられた才…天才というやつは基礎をみっちりとこなしただけでここまでなるとは羨ましいといえば良いのか恐ろしいと言えば良いのか判断に困る。


 身体の動かし方や足さばき等俺から見て理想的な動きだと思う。これを本能と言うか勘と言えば良いのか時より首を傾げながらも理想的なラインを模索しているのが武人らしい。


「セイヤッ!!ハッ!!セイヤッ!!…んっ?何笑ってるんだよ韓約?」


 馬超殿が動作をやめて怪訝げな視線を向けながら尋ねてくる。


「いえ、私の目に狂いは無かったと改めて実感致してた所です」


 馬超殿に苦笑いしながら答えた。


「…あぁん?」


 その答えを聞いてイマイチ理解出来てないようで首を傾げる馬超殿。


「要するに蒲公英達にスッゴい才があったと言うことだね?」


 馬岱殿の中々察しが宜しい事で。


「そうです。突きに関しては最早私はお二人に敵わない域に達しました。次の段階に進みましょう」


「おっしゃ~!!」


「やったぁ~!!」


 喜びを露にする二人を見ながらもう少し政務面でも頑張って欲しいと思う。










 突きから薙ぎへとやる事を変えて三月たったが泣きたくなってきた。


 突き程の鋭さは無いものの滑らかに正確に弧を描く動きにはくると分かっていても防ぎにくい何かがあるような気がする。


 いやはや…天才とは恐ろしい。


 特に馬岱殿の薙ぎにはそれを強く思わせる何かを感じた。それを感じられる俺はそこそこの才があったと喜ぶべきか悲しむべきか悩む所だ。


 武で成果を実感出来たのか最近では政務面でも頑張ってくれているので何かしらの御褒美を考えないといかんな。










 馬超殿と馬岱殿の鍛錬を始めて丸一年の月日が流れた。


 今やっているのは払いの鍛錬なのだが言わずとも分かるように俺の目から見て完璧だと思う。


 突き、薙ぎ、払いと総合的に見て馬超殿は突きと薙ぎが素晴らしく払いがやや劣っているように感じられる。


 つまる所、攻撃型なんだろう。突きや払いで相手を打ち崩し遠心力を利用した薙ぎで沈めるのだろう。


 逆に馬岱殿は薙ぎや払いが巧く突きがやや鋭さに欠けると言った感じか…。


 だが鋭さに欠けると言っても俺には充分通じるし俺以上の武人にも牽制という意味では十分通用すると思う。


 そこから考えるに馬岱殿は防御、カウンター型に例えるのが一番か。


 突きで牽制して相手が焦れてきた時に払いで崩しそのまま薙ぎ倒すって感じかな。


 二人とも薙ぎが得意なのは血筋なのか?


 まぁどっちにしろ構わない。成長して馬騰様を超える器になって貰いたいものだ。










「韓約、久し振りだな」


「はっ。馬騰様も息災そうで何よりです」


 三月振りに馬騰様にお会いしたのだが少しやつれたように見える。


 最近そこまで忙しくないし大仕事と言えば大苑に赴き商人達へ誘致を行ってたくらいだ。


 そのお陰で西涼の地には西方より商人が来てくれるようになりそのお陰で羌族や他の異民族の戦士達に傭兵という仕事を与えられるようになった。


 それに伴いついでだからと羌族や他の異民族に賊を見付け次第討伐してくれたら報奨を出すと追加条件も付けた。


 その為商人と賊は羌族や他の異民族から見れば飯の種となり真っ先に助けられ問答無用に狩られる存在へと変わった。


 その結果西涼の治安は辺境とは思えない程良くなり馬家の支配が強い武都では西都と中央に喧嘩を売ってるような名で呼ばれる事もあるから困りものだ。


 只、行商人に成り済ました賊が出没するようになったので正規軍の巡回も増強しないといけなくなったので軍費がかさむのは頂けない。


「それで翠や蒲公英を外に出すとはどう言った理由でだ?」


 どうやら考えに耽ってたらしく馬騰様に先に口を開かさせてしまった。


「分かりやすく言うなら実践。難しく言うなら兵と苦楽を共にし指揮や行軍ついて学んで頂きたいと」


 各方面に根回しは済んでいるし本人達もやる気は十分。後はトップの許可が貰えれば明日にでも動かせる状態だ。


「期間は?」


「一年後の今日を予定しております」


 これならば元服には間に合うだろうし少なくても一年の軍を率いたという実績と自信も得られると思う。


「兵の数は?」


「お二人とも軍団を一つと思っております」


 軍団とは西涼というか俺が独自に作った単位なのだが兵五千の事だ。


「初めて、にしては多すぎやしないか?」


 馬騰様の眉がピクンと跳ね上がる。


「第五と第八をつけますので軍団長が厳しく補佐してくれるでしょう」


 因みに第五と第八の軍団長は生粋の叩き上げの軍人であり俺も中々頭の上がらない。


 彼等なら厳しいながらもそれに勝るとも劣らない経験をさせてくれるのは間違いないだろう。


「…ふむ。あやつ等なら私も安心して二人を預けられるか…良い、許可する」


 馬騰様にも納得した頂けたようだ。実戦に勝るものなしと言う言葉を体言した彼女だからこその判断だ。


「畏まりました。直ちに準備します」


「まぁ待て」


 用件が終わり立ち去ろうとする俺に馬騰様が苦虫を食べた表情をしながら俺を呼び止める。


「どうかされたので?」


「う、うむ。先程な、漢室より使者が来てな…西涼の税収を増やせと言ってきた」


「はっ!?…はぁっ?」


 どんな無茶ぶりだそれ?思わず一瞬呆けてしまった。


「お前の疑問も分かる。私だって納得がいく説明を求めたんだがどうにも要領を得ない答えでな…最後には皇室の勅命であると抜かしおった」


 どんだけふざけた内容だよ…。


「そんなおかしな話しはないでしょうに?定められた税は納めておりますし定期的に貢物も贈っています…ぐっ!!あの要らぬ豚供が今更ながらに物欲を出してきましたか?」


 豚供…いや物欲にまみれた宦冠達【十常侍】が出っ張ってくるとは。


 少し貢物と言う餌を与えすぎたか?


「だろうな。私もそう思う」


 疲れた表情でため息を吐きながら同意する馬騰様に改めて同情してしまう。


 でも良く良く考えたら結構悪くない時期だと思う。


  蒼天已死 黄天倒立

  歳有甲子 天下大吉


 なんて世迷事みたいな文句が各地でちらほら出てるみたいだからいずれは始まるだろう。


    黄巾の乱が…。


「それでは今まで捧げていた貢物を求める税の不足分に当てましょう」


「大丈夫なのか?」


「問題ないでしょう。文句を言う程奴等に余裕はありますまい」


 黄巾の乱が終わるまでのらりくらり追求をかわせれば奴等は時代は終わる。



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