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五話

 「韓約遅いぞ!!」


 政務中に呼び出されて参上して言われた馬騰様の一言は中々手厳しい言葉だった。


「そうは仰りますが見習いだった筈の私が西涼全体の政を見てるのです。これでも急いだ方なのですが…」


 何時の間にか文官の長に任命され、あまつさえは馬騰様の印まで預けられ太守のする仕事までさせられているのだ。


 少しくらい待たせても許して貰いたい。


「うぐっ…ま、まぁ良い。お前に願いがある」


 多少は罪悪感があるらしく言葉に詰まりながらも口を開いた。


「願いとは?」


 はて?今の馬騰様には兵の鍛錬ぐらいで他に仕事はなかったと記憶にある。


「うむ。実はな翠と蒲公英に知と政を教えて貰いたい」


(翠と蒲公英…あぁ、娘である馬超殿と姪っ子である馬岱殿か…)


 そう言えばローテンションを組んで三政官(農政、税政、司政)を家庭教師として向かわせているのだが二人とも中々のじゃじゃ馬らしく中々進まないと嘆いていたな。


「何故私なのです?」


 正直な話し私が出る必要性が感じられない。こう言うのも変だがそんな事に時間を使うのが勿体無い。


 三政官から上がってくる報告書に目を通し可か不可、各村や街の代政官からの陳情書等々やる事は一杯あるのだ。


「お前も聞いてはいると思うが少々……何と言うかじゃじゃ馬らしくてな…文官達が匙を投げ出すのだ」


 かなり気まずげに理由を話す馬騰様に少し同情してしまった。


 前の西涼なら今のままでも良かったのかも知れない。だが今の西涼はそんな事を言ってたら大変な事になる。


 今の西涼は昔に比べて国力が単純に二、五倍。兵も最大の十万動員出来、五万の兵ならば半年は食わせられる。


 それに近年、他国の間者の数も増えそれを潰す為に此方の間者も増やすという鼬ごっこな状況だ。


 少しでも隙を見せればあっという間に西涼の骨の髄までむしゃぼられるのは目に見えてる。


(馬騰様にも恩はある。それに彼女等が転けたら羌族の地位向上にも支障が出るか)


「分かりました。只一つだけ条件が御座います」


 俺が了承すると馬騰様にホッとした表情を浮かべた。


「何だ言ってみろ」


「私が兼用している太守本来の仕事を馬騰様がして下さい。それならば半日は暇が出来ます」


 師匠にも現状維持するように伝えてるし此処は羽休めのつもりで教育係りになるのも悪くない。


「…………分かった」


 返事が貰えるまで凄く間があったのだがそんなに机仕事が嫌なのか?


(娘達のじゃじゃ馬っぷりは馬家の遺伝なのか?)


 そう思わずにはいられない一幕だった。










 さてさて翌日から馬騰様に正規の仕事をお返ししてお嬢様方が来るのを待っているのだが…来ない。


(陽の高さから言って待ち時間は過ぎてると思うのだが…)


 こんなに無駄な時間はない。


「…誰がいるか?」


 呟くように尋ねる。


「ここに」


 俺の声を拾ったらしく天井から気配と共に無機質な声が降り注ぐ。


「馬超、馬岱両名をすぐに連れてこい。多少痛め付けても構わん」


 馬騰様から手心はいらないとの言葉は得ている。


「畏まりました」


 無機質な声は了承すると天井から気配が消えた。


 そしてしばらく待っていると二名の兵士に両脇を抱えられて馬超と馬岱の両名が連れてこられた。


「お二人とも約束の時間をかなり過ぎておりますが?」


「う、うるせー!!そういうのは文官に任せれば良いだろう~」


「そ、そうだよ。お姉ちゃんも私も武官なんだから勉強しても意味ないもん」


 はぁ…。まんま駄々を捏ねているだけではないか。


「なら西涼式で話をつけましょ…それなら異論はありますまい?」


 西涼式…要は力あるものに力無き者が従う。


 辺境だけに実力社会を優先した弊害とも言える事なのだが、何故かこれか良い感じに浸透しており納得出来ないなら己の力を持って上役を納得させるって事になっている。


 兵士達に出入り口を塞いで貰い机を部屋の端に寄せる。


「二対一で構いません。掛かってきなさい」


 伊達に左慈に体術の師事してきた訳ではないのを見せてやろう。


「後悔しても知らねぇからな!!」


「そうだよ。蒲公英達は強いんだから」


 何処から取り出したのか各々自身の得物を手に俺に飛び掛かってきた。


 …が、甘い。


「踏み込みが浅いっ!!」


 振るわれた得物も最小限の動きだけで受け流す。


「仲間がいるのに何故連携をせんのだ!!」


 そして叩き落とす。


「未熟、未熟、未熟」


 カウンターを放ち。


「どうした?終わるにはまだ早いんじゃないか?」


 徐々にダメージを蓄積させていく。


「……まぁ、こんなものか」


 最後にはボロ雑巾のようにボロボロになった二人が地に伏していた。


(筋は良い。馬超殿が千人将、馬岱殿は百人将くらいの力がある…成る程、成る程)


 この二人が好き勝手していた理由が良く分かった。下手に力を持っているから有頂天になっていた訳だ。


 しかしながら、この歳でこれ程の力を師をなくつけられたものだ。


「さぁ…御二人とも立ちなさい」


 ダメージが大きいのか生まれたての小鹿のように足を震わせる二人を兵士達が抱き上げて椅子に座らせる。


「さて…異論は御座いますか?」


 並べた椅子に座らせられている二人を見下ろしながら尋ねる。


「むぅ…無いよ?」


 先に答えたのは頬を膨らませて拗ねている馬岱殿であった。


「さて、馬岱殿は了承してくれたみたいですが馬超殿はどうですか?」


 椅子に座り俯いてる馬超殿に返事を催促する。


「…ねぇ。只、勉強を頑張るから俺を鍛錬して強くしてくれ!!」


(はっ?)


 予想外な展開に思わず呆けてしまった。


「俺今まで負けた事なかったんだ…兵の鍛錬に交ざって見よう見まねで身体を動かして強くなったつもりだった…」


 馬超殿の真剣な様子に隣でクスクス笑っていた馬岱殿の表情も徐々に引き締まる。


「だけど…韓約には負けた。だから、だから…頼む。俺を強くしてくれっ!!」


 目の前の少女は切実に力を欲した。その姿を見て何故か俺は尊いと感じてしまった。


(…ハハ。俺の敗けだお嬢)


 これが俗に言う【カリスマ】ってやつなのか?


「私に師事した事で貴女が強くなれるかは分かりません。ですが私も貴方の為に力を尽くしましょう馬超殿」


 俺の言葉に不安げな様子だった馬超殿はひまわりの様に眩しい笑みを浮かべて嬉しそうに頷いた。


「あ~!!お姉ちゃんだけズルい~。蒲公英もお願い韓約」


「…ふむ。馬岱殿は馬超殿のような真っ直ぐな意思を持って頂く事から始めましょうか」


 この子は人をからかうのが癖みたいだからな。先ずはそこからどうにかしなくては…。


「では、お二人方始めましょうか」


 間も無く夕暮れ時になろうとしているがそれは敢えて言うまい。


 本人達がやる気になっているのだから…。










 さて今日も今日とて執務に励むとしよう。


「なぁー韓約。これ、なんか違わねぇか?」


「そうだよ韓約。私達は勉強をするんだよね?何で文官さん達と一緒にお仕事しているのかな?」


 俺の左右から不満の声が聞こえてくる。


「馬超殿に馬岱殿。貴女方には基礎は叩き込みました。次は実践ですよ」


 二人に勉強を教えて始めてはや一月がたっている。その間、彼女等が半泣きになろうがあまりのスパルタ式に逃亡を図ろうとした日々が過ぎて本日より実践式に移行した。


「けっ。どうせ文官達が韓約に泣き付いたんだろう?」


 ぐっ…妙に鋭いな馬超殿は。


「蒲公英、三政官長が韓約にすがり付いてるの見ちゃったもんね」


 得意気に話す馬岱殿。というか馬超殿の情報源は君か…。


「…ふぅ。本当は言いたくなかったのですが理由を話しましょう」


 これはある種、親の威厳にかかる事なんだが納得してない二人に強要させるのも難しいか。


「馬騰様が逃げました。正確には先日まで頑張っていたようですが太守の御仕事に挫折したようです」


 俺の言葉に二人は口元をひくつかせる。


 まぁ、馬騰様にしては持った方だと思う。太守としてやらなければならない仕事は真面目にこなしてくれるし、愚鈍でもない。


 頭を使うより身体を使う方が性に合ってると豪語するくらいだからたまに頑張ってもらう程度で良いのかもしれない。


「ですから御二人には今から現場の空気を肌で感じて貰い、馬騰様のように投げ出さない立派な方になって頂きたいと本日からこのような形となりました事を御詫びします」


 要は身内の尻拭いをしながら勉強していこうねって事た。


「かあさま~」


「おばさま~」


 まさかの理由に恨めそうに呟いて項垂れる二人。


「まぁお二人の頑張り次第では鍛錬の時間も増やせると思いますので頑張りましょう」


「「は~い」」


 目を見開いて俺の言葉に驚愕してる文官達を尻目に俺は筆を取る。


(はぁ…また夜中までか)


 そう考えると泣けてくるのであった。

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