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三話

「太守様にお目通りを」


 鍛えられた屈強な門番に声をかける。


「…ふむ。約束はしているのか?」


 どうやら話を聞いてくれるみたいだ。有無を言わさず追い返されなくて有難い。


「…いえ。義父の遺言に従い馬騰様に一目お会い出来ればと思いまして…これが義父の遺言を認めた竹巻です」


 少ない手荷物から真新しい竹巻を兵士へと手渡す。


「…拝見しよう」


 目をゆっくりと走らせながら竹巻の内容を読み進める兵士を見ながら俺はふっと空を見上げた。










 寒い寒い冬が終わりを迎え間も無く春の兆しが見え隠れするようになった。


 中々起きてこない義父に声をかけたがそれでも起きない。


(仕方無いなぁ…)


 最近はよく身体を動かすのが億劫だと自らの口から出していたのを思い出し苦笑いしながら義父の身体に触れた。


(…あれ?冷たい…)


 義父の身体は凄く冷えていた…血抜きを終えた獲物のように。


「義父!!義父!!」


 懸命に義父に呼び掛ける。


 何度も、何度も声を枯らすまで…。


 俺の声はテントの外にまで洩れていたらしく集落の仲間達が不信に思ったらしく入口から顔を覗かせて声をかけてきた。


「義父が冷たいんだ。まるで狩られた獲物のように…」


 仲間にすがり付くように状況を伝えると仲間の一人がそっと俺をテントの外に連れ出して残りの面々が中へと入っていく。


 暫くすると中から出てきた仲間が悲しげに首を左右に振った。


(…義父、死んでしまったのか?)


 慰めてくれる仲間を尻目に義父が死んだ事を脳が理解し、俺の瞳から涙がつつっとこぼれ落ちた。


 それから仲間の行動は早かった。その日の狩りは中止となり族長が羌族の仕来たり通りの葬儀をしてくれ義父を羌族の一員として送ってくれた。


 義父の遺品を整理していると真新しい竹巻を義父の寝床の側で見つけた。


 震える手でゆっくりと中を開くとそこには己の死期を悟っていたのか義父の文字で西涼の太守馬騰の元へと行くようにと書かれていた。


 そして短い間だったが親になれた事と俺が例え血が繋がってなくても本当の息子だと何時もなら言わなさそうな事をたくさん書かれており最後に成人まで見届けられなくて残念だと書いていた。


 竹巻と一緒にくるまれてた紙に今後は韓約と名乗るように書いてあった。


「ハハハ…全く心配性だな義父は…」


 胸がほんわかと暖かくなり瞳から涙が溢れた。










「…韓さんの息子だったのか?大変だったな…太守様にこれを見せてくるので暫し待て。後は名はなんと申す?」


「…私の名は韓約。誇り高き韓燕の息子」


 最後まで弱さを見せなかった義父に意趣返しのつもりで名乗る。


 兵士はそんな俺の姿が誇らしげに見えたのかゆっくり数回頷いて中へと入っていく。


 暫く待っていると先程の兵士が戻ってきた。


「馬騰様が会うそうだ。ついて参れ」


「ありがとうございます。案内宜しくお願いします」


 兵士に礼を言って歩き出した後を数歩離れてついていく。


 政庁の中はきらびやかな装飾は殆どされておらず必要な所に必要な物があるという感じで内装は機能美を重視されているようだ。


 建物内をキョロキョロとしながら進んでいると案内してくれた兵士が歩みを止めた。


「ここが馬騰様が居られる執務室である。粗相がないように注意せよ」


「はっ」


 振り返り声をかけてきた兵士に返答して頭を下げる。それを見て頷いた兵士は扉をノックして開けずに中に呼び掛けた。


「韓燕殿の息子韓約をつれて参りました」


「…通せ」


 中から凛とした女性の声が小さくそして確かに耳に入る。


「はっ」


 その声に短く返事を返した兵士はゆっくりと扉を開いて無言で中に入るように促した。


 中に一歩、二歩と進んでいくと背後の扉はパタンと閉まりそこで俺は歩みを止めた。


「…ふむ。韓燕には似ておらんな」


 目の前に佇む女性は怪訝げな自然で俺を値踏みするように下から上へと視線を動かす。


「私は義息子ですから。何もない荒野で小さい時に拾われました」


「だろうな。書簡にもそう書いてあった」


(分かっているなら一々言わなくても…)


 内心ため息をついた。


「…してどうする?」


「どうする、とは?」


「この街で暮らすのか?それとも私の武官として仕官するのかと聞いている」


 何故二沢しかないのか理由を聞きたい所だが今は止めておこう。


「私は文官として仕官しとうございます」


「…フフフ。なら韓燕の遺言に従い文官見習いとして成人まで面倒を見てやろう。その後はお前の好きにしたら良い」


 目の前で不敵に笑う彼女は中々豪気な方だというのは理解出来た。


「我が名は馬騰。字は寿成。コキ使ってやるから覚悟しろ!!」


「畏まりました。私の名は韓約。字はありません。馬騰様に誠心誠意お仕え致します」


 馬騰様に頭を下げる。


「ふむ。字が無いのか韓約は?ならば…私の寿成から一文字取って寿涼と名乗れ。私からの仕官祝いだ。義父韓燕の何に恥じない働きを期待する」


「あ…有り難き幸せ。馬騰様から頂いた寿涼、大切にさせて頂きます」


 再び馬騰様へと頭を下げた。










 馬騰様に文官見習いとしてはや一月がたつが俺の仕事は見習いの域を超えつつある。


 運ばれてくる書簡、書簡、書簡で小山から大山へと変貌しつつある。


「何でこうなった…」


 ここはテンプレ通り頭を抱えたい所だがそんな事をしている暇があるなら手を動かして決裁を終わらせてゆく。


「韓約様、食事のお時間ですが…」


 数少ない文官の一人が恐る恐るといった様子で声をかけてきた。


 俺が一番下なのに何で様付けされているんだろうか?


 あれか仕官して一週間でしょうもない横流しで汚職をしていた文官長を叩き出したからか?


(……解せぬ)


「…二班に別れて交代で食事にしましょう。あぁ私の分はお握りにして此方に持ってくるように伝えて下さい」


(飯を食ってる暇はない。どんだけ決裁書を待たせているんだろうか?)


 減らない決裁書をチラリと見上げてからため息を溢しながら間違っている所を修正しておかしな所があれば担当者を呼び出して少しでも消化しようと試みるが、無情にも終らせた数より持ち込まれる書簡の量の方が遥かに多い…。


 さて…逝くか。










「…長かった。ようやく我々は大山を制したのだ!!!」


『…ヴォォォ!!』


 友(文官)と共に励みお互いに協力し合いようやく…ようやく溜まりに溜まった決裁書を終わらせる事が出来た。


 一緒に頑張ってきた文官達は涙を流しながら声をあげ喜びを露にする。


 だがこれはこれからの我々の苦難への第一歩になるだろう。


「皆、聞いて欲しい…」


 俺の言葉に喜んでいた文官達は静まり皆此方に目と耳を傾けてくれた。


「これより、西方道計画を立ち上げようと思う」


「西…方道…計画?」


 困惑した様子で文官達は各々呟いてる。


(まぁ困惑するわな…。だけど説得に説得を重ねて馬騰様には渋々だが許可は貰った)


 皇帝は敬うが腐敗した中央に最早期待などしていない。ならば来る時がくるまで何が何でも力をつけなければならないのだから。


「あぁ、西方道計画とは西涼より西に目を向けて交易経済圏を作るのが最終目的となる。私が中央より未知の西に目を向ける理由は諸君も良く分かるだろう?」


 漢の人達はここが辺境だとと言う事と異民族により治安が悪いと思っている為にあまり人がこない。


 今ここにいる文官の出身は九割が西涼である。残りの一割は何らかの事情で人の目がつきにくい場所へと考えて流れてきた者達なのだ。


 だから彼等は俺が言わんとしている事が理解出来る筈だ。


「しかしだ、西と交易する事で有益な物、有害な事がある。」


 人が多くなるにつれて治安も悪くなるのは仕方無いと思う。


「だからまずは有害な事に出来るだけ備えたい。」


 皆の顔をゆっくりと見渡しながら覚悟を決めさせる。


「第一班。諸君は農業専門とする。農業用水の構築及び耕作地の選定。また新たな農具の開発。目標は五年で収穫量を三割増!!」


『はっ。必ず達成致してみせます』


 一班に属している文官達はキリリと顔を引き締め声を揃えて返答する。


「第二班。諸君は税の専門とする。税は広く浅くを基本とし商人が西涼に来やすい環境を作り物すべてに少量の税をかけきっちり徴収せよ。目標は六民一公三税で西涼を運営出来るようにする事。」


『はっ。お任せ下さい。』


 第二班の文官達も了承してくれた。


「第三班。諸君らは武都の整地及び治安を担当して貰う。民の声に耳を傾け住みやすくより良い武都にして欲しい。また一定の地に屯所を設けて人を常駐させ治安向上に努めよ」


『はっ。畏まりました』


「第四班は私の補佐をして貰う。因みに私は異民族対策をする予定だ」


『はっ』


 再び文官達を見渡す。


「皆、民あっての郡、郡あっての州だ、州あっての漢だ。我等の足下には民がいる事を努々忘れてはならぬ!!」


    『はっ。』


 さてさて黄巾の乱までにどれだけ発展させられるかが今後の馬家の命運を決める事になるかも知れないな…。

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