ゾンビもの プロローグ
試験的な投稿になります。文字数を見るための投稿です。一話からはプロローグの倍以上の文字数を目標に投稿する予定です。
6/12 晴れ
「あぁー、ほんとに腐ってやがる」
悪態をつきながら駅前のパチンコ屋の出口をくぐる。一回当たってからかなりハマってしまって飲まれてしまった。ほんとにツイてない。
ここ最近は負けてばっかりだなぁと思い返す。なんかうまいもんでも食べてストレス発散するかな。なんて考えて帰り道を自転車に乗って走っているとなにか違和感を感じた。
人が少ない。いや、ほとんど居ないと言った方が正確だろうか。東京の郊外だと言ってもここは東京であって田舎の地元じゃない。人がこんなに疎らなんてことは無いはずだ。
だからこその違和感だった。信号待ちをしていると遠くから悲鳴が聞こえて来た。女に悲鳴でなにか事故でもあったのだろうか。ふと考えたところで車が全然走っていないことに気づく。それどころか色々な方向から男女問わず悲鳴が聞こえてくる。
突然の事態に背筋に冷ややかなものが伝う。しかし好奇心に駆られて一番近くで悲鳴がした方へ自転車の方向を向けた。
少し進み大きな道に出ると数台の車が止まっていた。まさかここで事故かと思い無事かどうかを確かめに自転車を降りて車に向かおうとした時だった。
「た、助けてくれーっ!」
突如響く男の悲鳴。何事とかと思い足早に車に向かう。 車が丁度物陰になり男は見えなかったが足元に真っ赤な水溜りがあった。これは明らかな致死量だ。急いで救急車を呼ばなくてはと思う。しかし状況を確認しなくては救急車は呼べない。だがもしかしたら、いや確実に凄惨な事故現場になっているのだろうということは用意に想像できる。
戸惑ってしまった。こんなに非日常に遭遇してオレは怖いと思い、足踏みしている。早く助けなくてはという思いと凄惨な光景を直視することを拒む思考。二律背反の心情がオレの足を止める。
うぅ…。と言う男の呻き声でオレはようやく足を踏み出した。最後には倫理観が勝ったのだ。勇気を出して一歩一歩踏み出す。もしかしたら手遅れかもしてないという考えが頭を過る。そうなれば最悪だ。いくらオレに過失が無いにしてもオレの判断の遅さが助かったかもしれない命を失ったことになる。しかしそんな事は後にしておこう。今は人命救助が先決だ。
しかしオレの視界にはいってきた光景は常軌を逸するるものだった。思考が追いつかず一瞬自分が何をしているのかさえも考えが及ばなかった。
人が人を喰っている。
もう意味がわからなかった。カニバリズム。ただそれだけしかあたまになかった。人が人を喰う。しかも一人では無い。一人に三人が群がり肉を喰っているのだ。食われている男の腹からは内臓がとびだしている。腸だろうと思われる長いものから拳くらいの大きさの臓物。
「お、おえぇ……」
あまりの光景にビチャーッという音と共にオレは胃の中の物を吐き出す。喉がヒリヒリして口の中が酸っぱい。ついでに涙と鼻水も出てくる。これでオレの顔はぐちゃぐちゃになっている事だろう。
うぅ…。という呻き声がまた聞こえる。回らない頭でも分かる。さっきの呻き声は助けを求めていた男ではなく、こいつ等だったのだと。
よく周りを見渡すと三台ある内の車の中に何人かの人がいるが皆赤く染まっている。顔は白目を向いていたり口を開けていたりと様々だが皆死んでいるように見える。いや、苦悶の表情が動かないことを考えると完全に皆死んでいるのだろう。
「う、おえっ……」
先程の光景でまた吐きそうになるが胃の中には吐いたばかりで何も無いのでえづくことになる。
「あ”ぁ”……」
えづく音に反応したのか喰うことに夢中だった三人がオレに視線を向ける。しかしその顔は酷いものだった。三人とも目は濁っていてまるで死んだ魚の目のようだった。中には顔の皮膚が剥げて肉が見える奴もいる。そして何よりも顔が青い。血が通っているのかと疑問に思う程だ。
三人の視線は全く焦点が合っていないが顔をオレに向けていることからして次の獲物はオレなのだということが本能的に感じ取れた。
足はガクガクと震えている。体に力が入らない。それでもここから早く立ち去らなければ殺される。そんな思いだけがオレの体を動かす。まずは自転車だ。それに乗って逃げれば例え奴らが走ってこようとこっちの方が早いだろう。自転車のスタンドを力一杯蹴り上げ、飛び乗るようにサドルに跨りペダルを狂ったように漕ぐ。
50メートルもしたところで一旦後ろを確認する。勿論自転車の速度は変わらずでだ。奴らはオレを追いかけているようだが何故か走って来ない。歩いている。それもゆっくりとだ。理由は分からないがこれは好都合なことだ。
オレは安心感からか体の力が抜けて行くのを感じる。フラフラと自転車がフラつく。しかし漕ぐことはやめない。万が一ということもある。オレは疲れきった体に鞭打ちながら家へと自転車を走らせた。途中で同じような光景を何度か見かけた。しかしオレはその現場を無視して家へと急いだ。なんとしても家へと帰りたい。安心できるところへ帰りたかった。
家に着いたオレはまだ昼過ぎだというのにカーテンを締め切り玄関の鍵をしっかりと閉めてベットへと潜り込み瞼を閉じた。
寝つきの悪いオレだがこの時ばかりはすぐに眠ることが出来た。