そろそろうつつを抜かさないとね
三人はそれぞれ思いを抑えながら、なんとなくぎこちない雰囲気になった。
そんな中、美香が口火を切った。
「西野君が栄転したら、受発注の管理は誰がするの?近藤課長が直々にとかはないよねぇ?」
翔平と西野は見合わせて、西野がゆっくり口を開いた。
「その事なんだけど、さっき翔平にも言ったんだ。オレが抜けた穴を翔平に頼めないかと。近藤課長も翔平を社員にしようと言ってる」
西野は二人を交互に見ながら喋った。
「いい話じゃない。信頼されてる上に社会保障まで手に入るんだから」
美香が翔平を見て言った。
「ん、ああ。そうだな。ただ・・・」
翔平はあまり気乗りしないような反応の鈍い様子だ。
「ただ、なに?」
「いや、今の仕事に不満があるわけじゃないよ。むしろ、最近はやりがいもそれなりに感じてるけど。ただ、ホントにやりたい事なのかって。社員になると適当にやる訳にもいかないし、やりたい事が見つかったらどうしようとか、色々考えるだろう」
西野が見計らって、口を挟んだ。
「だから、ゆっくり考えればいいって言ったんだよ。近藤課長から話がくる前に前もって伝えただけだから」
美夏は西野の意図が分かった。翔平は、こういう時押し付けられるのが何よりも嫌う。だから、引いて話さないとそこで意固地になるのが目に見えてる。
「そうね。近藤課長の気が変わるかも知れないしね。何かの気の迷いかも知れないし」
美香はそう言って、高笑いした。
西野も釣られるように笑った。
翔平だけは、ムッとしたように
「なんだよ!気の迷いって」
「なによ、やる気もないくせに」
美夏が睨むと、翔平は焦ったように何も言えなくなった。
そんな時、奥のテーブル席から大きな声が聞こえた。
「だからぁ!それじゃ発展しないんだってば!」
もう6時を回ってそれなりに客が入っていた。
その声の主は、かなり憤っているらしい。興奮したように熱弁している。
「夏の風物詩みたいになってるけど、そういう固定観念を崩していかないといつまでも零細でやるしかないのよ!」
周りの友達らしき数人は[またか]といった表情で宥めていた。
「そうだね、それはわかったから少し落ち着いて」
憤っていたのは、翔平達と年端の変わらない女性だった。






