ステップアップ?!
6回ほど消えました
挫折しまくりです
仕事をそつなくこなし、上がりの時間になった。
ぬるま湯のようなフリーター生活とは言ったが、翔平自身は割と気に入っている。文具は小さい頃から、定規やコンパス、下敷きに至るまで、新しく商品化されたものを見つけては楽しんでいた。バイトの内容も、倉庫整理はつまらないと感じる事もあるけれど、陳列棚の商品を切らさないように補充するのは、売れ筋商品や数多くある商品のストックを把握し、発注しなくちゃいけない。倉庫整理をキッチリやっておかないと、何が何処にどれだけあるのか、把握出来ない。だからつまらないことも重要な事だとやっている。西野に人が足りないから、と誘われたものの、今ではやりがいを感じるようになっていた。
タイムカードを押して、更衣室で着替えていると、ドアの向こうで美夏の呼ぶ声が聞こえた。
「翔平ー」
仕事にミスはなかったはずだが、と思い返してみた。
今日は大丈夫、何もないはず。でも、少し躊躇した。が、ここにいるのは周知の事だから返事しない訳にもいかない。
「なにー」
「今日、酔粋行くんでしょ」
なぜか焦った。
「な、なんで知ってんだよ」
「だって私も誘われたもの」
[西野のヤツ・・・]西野が美夏をなぜ誘ったのか思い当たらない。
「私、図書館寄って行くから少し遅れるって言っておいてね」
「なんで、その時言わなかったんだよ」
「だって、ちょうど近藤課長が通りかかったのよ。この間から西野君、課長に誘われてたでしょ。だからすぐ話終わって言いそびれたのよ」
そういえば、そんなこと言ってたな。課長と飲みに行くと、いつも愚痴ばっかで疲れるって。近藤課長はフロアマネージャーで西野の直近の上司だ。だから、最近は母親の体調が良くないからって誘いを断ってるらしい。
それもどうかと思うが、確かに課長と飲むのは御免こうむりたい気はする。
「わかった。言っておくよ」
「じゃ後でね」
「おう」
まぁ、美夏を敬遠する理由もないので、微妙な気持ちは忘れて、更衣室を出た。
さて、酔粋に向かうかな、と時計を見ると5:15を指していた。このまま向かえば半には着いてしまう。
[西野はちゃんと終われるのかな]
そう考えたのと同時に、ジョッキに生ビールが頭をよぎった。
その瞬間、自転車に飛び乗っていた。
ドアにまだ、準備中の札がかかっていた。6時開店なので当たり前なのだが、翔平は気にせずドアを開け店内に滑り込んだ。
「クニちゃん!ビール!!」
入るやいなや、叫んだ。
「なんだ、翔平か」
特に驚くこともなく、酔粋のマスター、堂前 邦広は仕込み作業を続ける。
「今、手離せないから自分で入れろ」
ぶっきらぼうに言った。
「ヘイヘイ・・・」
翔平も勝手知ったるなんとやら、で、手慣れたようにサーバーからビールを注いでいる。
まず、ジョッキを半分くらい一気に飲み干す。
「ぷふぅー!うめえ!」
「バイト上がりか?」
マスターが言った。
堂前 邦広はここら辺では、結構ヤンチャで有名だった男だ。翔平のいとこの兄ちゃんが邦広と同級でつるんでいた。そんな関係もあって、小さい頃から翔平のことを弟分のように目をかけていたのが、今に至る。
邦広曰く、翔平はよくムキになるのが面白くて、よくからかったが、当時の邦広達に、そんな風に向かって来るヤツもいなかったので、特に可愛がったのだそうだ。実際、根性もあったらしい。
若くして酔粋を経営することになったが、翔平も本当の兄貴のように思っている邦広の開店とあって、よく手伝ったり、逆に邪魔してるとも言えるかも知れない活躍をしている。
「終わってすぐにチャリ飛ばしてきたよ」
翔平が笑いながら言った。
「今日は美夏ちゃんは?」
「後で来るよ。図書館寄ってから来るってさ。それまでにもっと飲んどかなきゃ」
美夏は、さすがに翔平を飲み過ぎないように制限する。なので自由に飲めるのは、美夏が来るまでの間だと、翔平は真面目に思ってるらしい。
ジョッキを空けるペースが上がった。
「飲むのはいいけど、暴れんなよ」
邦広に釘を刺されて、ムッとしながら
「暴れたりしねーよ。寝ちゃうかも知んないけど」
よく飲み過ぎて閉店まで酔い潰れている翔平だった。