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考えてみれば要りませんわね

作者: とと
掲載日:2026/09/11

読んでいただきありがとうございます。

あ~雨が降ってきたわね。


私は学院の図書館で、窓の外に広がる、暗い空を見上げた。


あと少し読んだら、帰りましょう。


私は、手元の本に視線を落とす。



□ □ □



コツ コツ コツ コツ。


夜道を急ぐ、ナターシャの後ろを、明らかに分かる様について来る足音…………。


ナターシャは、鞄を握りしめ、歩く速度を上げる。


あと少し、あと少しで、親友の待つレストランにたどり着く…………。



「はあ。はあ」


はやる気持ちが、ナターシャの足取りを乱す。


慣れない石畳と、広がる夜の闇。


「あ!」


飛び出た石に躓いて、握りしめている鞄から、親友に渡すためのプレゼントの包みが飛び出す。


慌てて包みを拾うナターシャの肩に、男の手が伸びる。




□ □ □




「キャーーーーー。」


本に没頭している私の肩を、誰かが掴んだ!!!!


本とリンクして、大きな声が出てしまった!


図書館なのに!


慌てて自分の口を塞ぎ、そっと振り返ると………ロックウッド侯爵令息様。


「やあ、もう外は暗いよ」


回りを見回すと、残っているのは私達だけで、学生の姿はない。


「はぁ~。ロックウッド侯爵令息様、大きな声を出してしまいすみません。ちょうど読んでいた推理小説のヒロインが、謎の男に肩を掴まれるのと、同時に声をかけられたもので…………。」


「いや俺こそ、そんなタイミングだったのか!すまなかった」


ロックウッド侯爵令息は、恥ずかしそうに笑う。


「何度か声をかけたのだが、本に集中していて、聞こえない様だったから……その肩を掴んだ。急に触れてしまい、驚かせてごめん」


「いえいえ。私こそ、お声掛けいただいたのにすみません」


入り口から、コツコツと足音を響かせ、男性が入ってくる。


「お話し中の所、お声がけしてすみません」


声に眼を向けると、ロペス伯爵家の従者が立っていた。


「フレア様、マテオ坊ちゃんからでございます」


従者が、白い封筒を私に差し出した。


「いつもありがとう、この雨のなか来てくれたの?」


「いえ。こちらこそ、坊ちゃんがいつもすみません」


従者は深々と、私に頭を下げてから図書室を出て行く。


「…………。」


私は封筒から、便箋を取り出して開く。


= ベルの体調が悪いため、先に帰る =


はぁ、毎度のこととはいえ……今日もベル様と共に、先に帰られたのですね。


私の婚約者であるマテオ・ロペス伯爵令息は、登下校の送り迎えを申し出たはいいが…………。


隣同士だからと、スミス伯爵家のベル様を一緒に乗せた馬車で迎えに来て、クラスが違う私には、図書館で待つようにと言っては、ベル様だけを先に連れて帰る。


「はあ」


思わず深いため息が出た。


学院生活も二年目になると、この事実を知らない者の方が少ない。


「マテオの奴!先に帰るもなにも、邸宅についてから手紙をよこすなど!大体同じ学院に居るのだ、声をかけて一緒に帰ればいいだけではないか」


ロックウッド侯爵令息の怒りの声が図書館に響く。


驚いて顔を上げると、彼はバツが悪そうにガシガシと頭を描いた。


「や……盗み見るつもりは無かったが…………すまない」


「ふふ。かまいませんよ、皆さん知っていることですから」


私がほほ笑むと、なぜか彼の方が悲しい顔になり、慌てた様に私の読んでいた本に手を伸ばす。


「これ俺も読んだが、ラストのシーンはな」

「わわわっわ!言わないでください」


ガン!

「いてぇ~」


私はストーリーの続きを聞きたくなくて、彼の口を塞ごうと慌てて立ちあがる。


そして勢いよく、彼の顔面に、頭突きをお見舞いした。


「す すみません!ロックウッド侯爵令息様!舌をかんだりしていませんか?」


「はははは、大丈夫だ、いい頭突きだったよ。それより同じクラスなんだ、ロックウッド侯爵令息ではなく、シオンと呼んでくれ、俺もフレアと呼んでいいか」


「もちろんです…………シオン様」


「フレアは、この作者が好きなのか?俺も好きでよく読むんだ、一番好きなのは彼の処女作、(その輝きの先に)が好きだ」


「あーあの作品!私も好きです、ドキドキしますよね~」


シオン様の顔がキラキラと輝く。


「主人公が、追い詰められるあの場面、ハラハラするよな~」


「わかります、私!寝る前に読んでいたのですが、もう心臓がバクバクしてしまって!その後、寝つけませんでした」


「ははは」


「私、図書館で借りて読んだんですが、自分でも所有したくて、いろいろ書店を探したんですが、手に入らなかったんですよね~」


「フレアは、ミステリーやホラーが好きなのか?」


「ミステリーは好きです♪でも、あの、少しですが………ホラーは苦手でして」


「じゃあ、(その輝きの先に)は怖かったんじゃないか?」


「ええその、少しだけ怖くて…………朝まで侍女のメイに、一緒にいてもらいました…………。」


「ははは、学年一の才女でも、怖いものは苦手なんだな」


からかわれた私が、頬を膨らませると、図書館の奥から「おっほん」と大きな咳払いが聞こえた。


「あぁ~。ブラッド先生すみません。直ぐに帰ります」


「ああ、本についての談義は、私も好きだが、だいぶ時間も遅いからね、気を付けて帰りなさい」


「遅くまですみません」


私達は、急いで読みかけの本を借りて、図書室を出る。


「ああ、酷い雨だな、うちの馬車で送ろう」


「いいのですか?」


図書館に続く渡り廊下を歩きながら、嬉しい申し出に答える。


「もちろんだ、そしてこちらの方が、家の馬車に近い」


そう言うと、シオン様は私の手首をがっしりと掴み、裏門に向けて駆けだした。


わああああ。シオン様、玄関に行けば、私の雨傘がありますが!


そして走るのが早い!


大降りの中を、二人で走る。


ふふふ。


なんだか、楽しい。


「あー。かなり濡れてしまったな」


馬車に駆け込んだ私達の制服は、かなり濡れてしまった。


「良ければこれを」


私はタオル地でできた、大きめのハンカチを、シオン様に差し出す。


「おお。これは便利だな、綿のハンカチより吸い取る」


「私は、本を読む際に頬杖をつく癖があって、集中しすぎると、その……机についている肘が、痛くなることがありまして、侍女のメイと相談して作ったんです」


「なるほど、そしてこんな感じに、濡れた時にも使える」


シオン様は、私のタオルハンカチで、ゴシゴシと自分の顔を拭く。


はあ!私の肘置きでそんな…………。


「フレアと同じ、いい香りがするな」


ニカッと笑う、シオン様。


私は………ずぶ濡れで、馬車に二人きりの状況が……急に恥ずかしくなり、顔が熱くなる。


「フレア。大丈夫か?顔が赤いぞ」


シオン様の大きな手が伸びてきて、私のおでこに触れる。


あたたかい…………。


「ん。熱は無いな、体が冷えてしまったのだろうか」


シオン様は、自分の着ている上着を脱いで私の肩にかける。


ふわりとウッド系の香水の香り。


「すみません。シオン様も濡れているのに」


「俺は男だから大丈夫だ、鍛えてるしな」


シオン様は、騎士団に進みたいのだと、以前話していたのを、耳にしたことがあるけど……体を鍛えるのは、風邪にも効果があるのかしら。


そんなことを考えていると、馬車はウインター伯爵家に到着した。


玄関から大きな傘を持った、メイが駆けてくる。


「お嬢様!お帰りが遅いので、皆さん心配してお待ちです」


「やあ、侍女殿すまない。図書室で私が引き留めてしまってね、お送りするのが遅くなってしまった」


「いえ、お嬢様を送っていただきありがとうございます。失礼ですが、ロックウッド侯爵家のシオン様とお見受けいたしますが」


「いかにも」


「ウインター伯爵が、是非にも当家にお寄りいただき様にと申しております。時間も遅く、お急ぎかと思いますが、お立ち寄りいただけますでしょうか?」


「シオン様、せめて濡れた衣服を、着替えるだけでも」


思わず手を取り、シオン様を見上げると……シオン様は、恥ずかしそうに横を向いた。


シオン様も顔が赤いわ、もしかしてお熱が?


心配になり、シオン様のおでこに手を伸ばそうとすると。


「フレア!早くこちらに来なさい」


「ロックウッド侯爵令息様も是非」


玄関で、お父様とお母様が手を振っている。


「では、お言葉に甘えよう」


「従者の方も是非」


メイが、シオン様と従者の方に傘を渡し案内する。


玄関に入ると、私はメイに、シオン様はお母様に連れ去られた。


既にお風呂が準備されており、私はポカポカに温まってから、身支度を整えてダイニングに向かう。


ダイニングには、お父様とお母様だけ…………。


「お母様、シオン様は?」


「フレアはなんともないの?シオン君は、お風呂に入ったあとも顔が真っ赤でね、熱を測ったら凄い熱で……今は客室で休んでいるわ、あの熱で馬車に乗せるのは忍び無いからね、今夜は家で預かることにしたの」


「まあ。どうしましょう、雨に濡れて寒いだろうと、シオン様は私に、上着を貸して下さったの」


馬車を下りる時、少しお顔が赤かったのは、熱のせいだったのね。


「まあ、そうなの、優しい子ね」


「まあ、シオン君はゆっくり休ませてあげよう。さあ、フレア座りなさい」


「はい、お父様」


お父様に促されて、私は夕食の席についた。


「しかしフレア、こんなに遅い時間になったのも、マテオ君のせいなんだろう?」


「…………はい。お父様」


「婚約は白紙にしていいんだよ、お前が受けている仕打ちを、家族が知らないとでも?」


私は、弾かれたように顔を上げ、お母様とお父様の顔を見る。


ふたりとも、優しい笑顔。


お父様達はご存じなのね…………。




マテオ様との婚約は、私達が15歳の時に結ばれた。


ウインター伯爵家は、手掛ける事業も順調でとても裕福。


私が婚約を結ぶことが出来る、15歳になると、跡取り娘である私の元には、多くの釣書が届いていた。


その沢山の釣書の中から、私が選んだのがマテオ様…………。


マテオ様とは、伯爵家どうしで、子供の頃から交流があり、婚約が結ばれるまでは、マテオ様は私にとても優しかった。


共に歩むなら、やさしいマテオ様と………そう思い選んだのだが。


マテオ様は、婚約して直ぐに、態度を変えた。


婚約者である私は、マテオ様に尽くして当たり前。


学院に入り、私がSクラスになると、さらに私への態度が悪化した。


この国の貴族学院は、伯爵家以上の成績優秀者15名は、特別クラスのSクラスで学ぶことになる。


私はSクラスに選ばれ、マテオ様は一般クラス。


王族の王子や王女様が学院に入る際には、Sクラスで学ぶため、警護を行いやすい様に、学ぶ場所も別棟に設けられている。


校舎は、Sクラスのある棟と一般学生棟が、図書館やダンスホールがある中央棟を挟んで、渡り廊下でつながっている。


そのため、マテオ様はいつも私に、図書館で待つようにというのだけれど…………。




「あの、お父様。マテオ様は私が選んだのです………貴族として、自分の選んだ道はしっかり成し遂げたいと思っています」


絞り出した私の返事に、お父様は悲しそうに目を伏せた。


「フレア。貴族だとは言え、間違うことも新しく知ることも沢山あるのよ、私達はフレアが幸せになることを望んでいるわ」


ミシェルも(お母様)私も、フレアの味方だ」


「…………はい、お父様。もう一度マテオ様のこと、ちゃんと考えてみます」


お父様が大きく肯いた。


「さあさあ、スープが冷めてしまうわよ、お夕食にしましょう」


少し重く、湿ったダイニングの空気を、お母様が吹き飛ばす。


私も、暖かな家庭が、作れるといいな。


夕食を食べて、シオン様を少しお見舞いして、その日は眠りについた。




✿ ✿ ✿




少し早めに起きて、学院に向かう準備をし、ダイニングに向かう。


ダイニングに近づくと、にぎやかな笑い声が聞こえる。


「そうか、騎士団に入りたいのか」


「はい、学院では剣術部で腕を磨き、休みの日は騎士団の訓練に練習生として、混ぜていただいています」


「カイル団長の指導は厳しいだろう」


「はい。しかしウインター伯爵の訓練の方が厳しかったと、先輩方からお聞きしています。武勇伝の数々も」


「ははは、参ったな」


「今度是非、私にもご指導ください」


「いやいや、私が騎士団に居たのは昔のことだ」


ダイニングでは、もりもりと元気にご飯を食べるシオン様と、お父様が楽しそうに話しをしている。


そんな二人をお母様は、満面の笑みで眺めていて…………楽しそう。


「おはようございます。シオン様、体調はもう良いのですか?」


「フレア。おはよう、お母様の特性スープで、すっかり良くなったよ」


!!!!


「お母様、あのまずいスープを、シオン様に飲ませたのですか?」


「もちろん、風邪をひいたときは、実家秘伝のスープが一番よ、フレアにも子供が出来たら教えてあげるわ♪」


お母様…………あの何とも言えない、苦くて酸っぱくて、最後に甘い……あのスープを、シオン様に…………。


「シオン様、お体は大丈夫ですか?」


「ああ、ばっちりだ、フレアも朝食を食べるだろ、そろそろ家の馬車が来るはずだから、食べたら一緒に行こう」


「いえ、私は………」


「さあさあ、朝練に間に合う様に、急げフレア」


「フレア、シオン君を待たせないの、後のことは、お母様がうまくやっておくから♪」


お父様とお母様の、満面の笑みに促され、私は朝食を急いで食べた。


「ではお父様、お母様行ってまいります」


元気よく挨拶をするシオン様は、私の手を取り馬車に乗り込む。


マテオ様のことは気になるけれど……みんなが笑顔だから、まあいいか。


正面に座るシオン様の笑顔を見ていたら、なんだか楽しくなってきた。


「ふふふ。」


「なんだ、フレア。俺の顔に何かついてるか?」


「いいえ、なんだか姉弟が出来たみたいで、嬉しくて」


「おい!兄妹かよ」


シオン様は、少し眉をゆがめたが、直ぐに笑顔になる。


「じゃあ、お兄ちゃんが、妹をちゃんと守らないとな」


「まあ、私が姉ですよ」


「俺が弟かよ!ははははは」


いつもと違う、楽しい馬車での登校。




✿ ✿ ✿




無事にその日の授業を終えて、私はいつものように図書室に向かう。


今日は剣術部に、熱が出たのに訓練に来るなと、追い返されたシオン様も一緒だ。


お互いに気になる本を持ち寄って、テーブルに向かい合って座る。


「おー。俺、その本もう読んだぞ」


私の持ってきた本を見て、シオン様が小声で話しかけてくる。


「もう。シオン様、絶対に結末を先に言わないでくださいね」


今日は珍しく、図書館に生徒の姿が多い。


大きな声が出せないので、ついつい顔が近づく。


「おい!フレア!俺という婚約者がありながら、他の男と逢引きか!」


図書館中に大きな声が響きく。


入り口を見ると、マテオ様とその腕に張り付いているベル様。


「まあ、マテオ様、今日はベル様の体調がいいのですか?それに図書館で大きな声はお控えください」


立ち上がり静かに話す私の後ろに、シオン様が立つ。


「フレア。もう迎えに来なくていいとは、どういうことだ」


…………あら?お母様、うまくやっておくとは…………。


「今朝がたウインター伯爵家から、今後一切フレアの送り迎えは、不要だとの手紙が届いた!俺はフレアを迎えに行くから、馬車を出して貰えているのだ、歩いて通うことになったら、ベルがかわいそうじゃないか」


…………マテオ様のタウンハウスも、ベル様のタウンハウスも学院から15分も歩けばつく距離、ロペス伯爵家が馬車を出せないと言うのなら、健康のため護衛と侍女を連れて、歩いて来ればよいのでは?


「手紙のことは聴いておりませんでしたが、私は両親の意向に従います」


「おい!フレア、お前は俺を愛してるのだろう、俺の言葉だけに従っていればいいんだ」


……………………。


呆れる私に、マテオ様はじりじりと距離を詰め、今にも掴みかかりそう。


シオン様が、私を背にかばいながら前に出る。


「ロックウッド侯爵令息、フレアは私の婚約者だ、近づかないでもらいたい」


「婚約者でもない令嬢を、腕にぶら下げているお前に、言われたくないな」


マテオ様の頭から怒りの湯気が出る。


「爵位が上なら何をしてもいいのか!フレアの不貞として公表してもいいんだぞ」


…………あぁ。何を言っているのか、わけがからないわ。


大体、婿に入るのはマテオ様なのに、どうしたら隣に違う令嬢を置いて、そんなことが言えるのかしら。


自分の状況も理解できないの?


「おっほん」


大きな咳払いをしながら、睨み合う私達の間に、ブラッド先生が入ってきた。


「ロペス伯爵令息、スミス伯爵令嬢。何か勘違いしているようだね、この図書館が開館している間は、司書も務めているこの私が、必ず滞在している」


ブラッド先生は、図書室のテーブルをバン!と、ぽっちゃりした手でたたく。


「この二人は、勤勉だ、本の話をしているところしか、私は見たことが無い、どの様なうわさを流そうが、この私が二人が誠実であることを証明しよう」


「オジサンは黙っててよ」


ひ弱なはずのベル様が、ブラッド先生の胸元を掴む。


「おや、このご令嬢は私のことを知らないようだね」


「司書の爺さんごときが、何の用だ」


ベル様の勢いと同じに、マテオ様もブラッド先生に噛みつく。


…………あぁ。


本当に馬鹿なのね。


よく考えてみれば、こんな役立たずのお婿さん要らないわ。


「マテオ様、ブラッド先生はこの学院の理事長です。理事の仕事を務めながら、本好きが高じて司書の仕事もされているんです」


ベル様は驚いて、ブラッド先生から手を離してマテオ様の背中に隠れる。


「マテオ様。常識もなく、学院で他の令嬢を連れて歩く婚約者など、私は要りません。婚約破棄させていただきます。ウインター伯爵家に、役立たずな婿は不要です」


「フレア。何を言ってるんだ、ベルとは何の関係もない」


「何も関係がないって何よ!ウインター伯爵家に入ったら、私を後妻に迎えると、言っていたでしょ」


ベル様が叫ぶと、集まった見物人達がどよめく。


「おい、フレア。助けてくれ、俺はウインター伯爵家の人間だぞ」


馬鹿が私に手を伸ばす。


すかさずマテオ様の首根っこを、ブラッド先生がガシリと掴む。


反対の手には既にベル様が掴まっている。


「ロペス伯爵令息、スミス伯爵令嬢。学院でやっていることが、本当に親にも社交界にも、知られていないと思っているのかね、ここは小さな社交界だよ。はっはっは」


丸い体型のブラッド先生が、暴れる二人を引きずり歩き出す。


「今日起きたことも、あっという間に広がるだろうね、とりあえず騒ぎを起こした二人は、学院長室に行こうか」


…………ブラッド先生。


シオン様が感心のため息を漏らす。


「ブラッド先生、あの体のどこに、二人も引きずる力があるんだ」


私とシオン様は、去っていく三人をぽかんと見送った。


「フレア様おめでとう」

「屑と、離れられてよかったな~」

「シオンも、かっこよかったぞ~」

「えー。一番かっこいいのは、ブラッド理事長だろ」

「フレア様も、素敵だったわよ~」

「これで、学院の風紀も少し良くなるな~」


人だかりから、様々な声が飛ぶ。


はあ。


本当にそうね。良かった。


私は横に並ぶ、シオン様を見上げる。


「はあ。すっきりしましたね」


「そうか、良かった」


シオン様がニッコリ笑う。


「お父様に、話を進めて頂かなければなりませんので、私は帰ります」


「俺が送ってもいいだろうか?」


「ふふ。お言葉に甘えさせていただきます」


伯爵家に戻ると、玄関でお父様とお母様が待っていた。


「お帰り、フレア。決心はついたのかな?」


「はい、お父様。マテオ様との婚約を、白紙にして頂きたく思います」


「いや、彼の素行については既に調査済みだ、婚約は彼の有責で破棄とするよう話を進めてくる」


お父様は意気揚々と家令に先触れの指示を出し、ロペス伯爵家に向かう準備を始めた。


「お母様。朝の段階で、既に手を回されていたのですか?」


「あらあら何のことかしら」


お母様は、そう言いながら私の背中を押す。


押された先には、馬車の横に立つシオン様。


「フレア、いろいろ準備して、直ぐに戻ってくる…………その時は、俺に時間をくれないか」


シオン様の真剣な眼差しに、思わず息をのむ。


私の心が勝手に期待して走り出す。


もしも、シオン様と共に歩むことが出来るなら…………。


違う………シオン様は、友人として私を心配してくれているのだ、だってシオン様は公爵家の嫡男。


この胸に生まれた、暖かな思いはきっと届かない。


「はい、シオン様、また本のお話がしたいです」


「ふふふふ」


なぜだか、後ろでお母様が笑う。


シオン様は真っ赤な顔で、頭をガシガシと掻いた。


「あーもう。とにかく待っていてくれフレア。すぐ戻る」


「シオン様、顔が赤いです。もしやまたお熱が?」


「あはははは~もう無理よ、いいから早く行きなさい、シオン君」


笑うお母様を見て、シオン様はまた顔を赤くした。


そしていきなり私をぎゅっと抱きしめると、耳元で囁いた。


「待っていてくれ」


急なシオン様の抱擁に、私の体は一時停止して真っ赤に染まる。


そんな私を見て、満足そうに笑ったシオン様は、手を振り馬車に乗り込んだ。




✿ ✿ ✿




お父様の勧めで、婚約破棄が正式に整うまでの間、私は学院を休むことにした。


突然できた時間を使い、私は、読みたかった本を次々に読んで数日を過ごす。


あの日以来、シオン様とも会っていない…………。


「シオン様…………どうされているかしら」


窓の外は、綺麗な青空。


シオン様の瞳みたいに、綺麗な空…………。


「お嬢様、旦那様がお呼びです」


家令について、お父様の執務室に入ると、お父様とお母様が並んで待っていた。


「フレア。そこに座りなさい」


私はお父様達が座る、向かいのソファーに腰を下ろす。


「マテオ君との婚約破棄に関するいろいろなことが、漸く決着した。時間を取ってしまって、すまなかったね」


「いえ。お父様、お力を頂き、ありがとうございます」


「結論からは話そう。婚約はマテオ君の有責で破棄された、マテオ君とスミス伯爵令嬢は、共に貴族籍を抜き、各々の領地で管理するそうだ」


「そうですか…………。」


これで一区切りね。


「それとね、お祝いもかねて、明日から小旅行に行かない?」


「お父様とお母様と三人で?」


「そうよ~」


「たまには、家族で出かけるのもいいだろう」


「はい。久しぶりで楽しみです」




✿ ✿ ✿



次の日、私達家族は、三人で馬車に乗りこんだ。


「お母様、ところで今回の旅行は、何処に行くのですか?」


「ふふ。着いてからのお楽しみよ」


「はは、お楽しみだそうだ」


お父様もお母様も、なんだか楽しそう。


半日ほど馬車を走らせると、海の見える穏やかな町が見えて来た。


「わあ~。海がきれい」


「綺麗な所でしょ、是非泊まりに来てくださいと、ロックウッド侯爵家からご招待を受けたのよ」


「海の見える、別荘だそうだ」


「まあ。シオン様もいらっしゃるのですか?」


「いやどうかな?何か聞いているかい?」


「どうかしら、いろいろあったから、リフレッシュのために、皆さんで使ってくださいとしか聞いてないわ」


わいわいと話しているうちに、馬車は大きな別荘の前で止まった。


使用人が出てきて、出迎えてくれる。


「ロックウッド侯爵よりお聞きしております、どうぞゆっくりとご滞在ください。さあ、まずはお荷物を」


ついてきてくれた侍女たちと一緒に、部屋に案内され荷を解く。


「お母様、海を見に行ってきてもいいですか?」


「ええ、フレア。気を付けるのよ」


お母様は私の頭に、大きなつばのついた帽子をかぶせる。


「はい」


海岸に足を踏み入れると、白い砂浜が長く続いていて、太陽の光にキラキラと輝く海が、どこまでも広がっている。


「わあ~。気持ちいい」


私は吹いてくる風に手をひろげ、眼を閉じる。


大きく息を吸うと潮の香。


これから、私の新しい人生が始まるのね。


眼を閉じたまま潮風を感じていると、突然私の頭の上に、何かポンと置かれた。


「遅くなってごめん」


頭に手を伸ばすと………本?


帽子を取り、本の先を見上げると、シオン様の笑顔。


「シオン様」


私は振り向いて、シオン様に向き合う。


「思ったより、時間がかかってしまったが、これをフレアに」


差し出された本((その輝きの先に))は!


「これ…………。」


「フレア、前に欲しがってただろ、探すのに少してこずった」


「いただけるんですか?」


「もちろん」


「シオン様も、一番のお気に入りなのですよね?」


「ああ。俺も欲しい」


「それでは、私より先に…………。」


私が本を返そうとすると、シオン様は突然私の前に跪き、手を差し出した。


「フレア!」


「はい!」


「これからの人生、俺の隣にいて下さい」


「はい!喜んで!…………いえいえ。でも、シオン様は侯爵家を継がれるのでは?」


「いや俺は、騎士になりたくて、早い段階で家督は弟に譲るつもりでいた」


一度消えかけた胸の熱が、また熱くなるのを感じる。


「それに俺は、15歳の時に、フレアに釣書を送っている」


!!


あの山の様な釣書の中に…………。


「諦めの悪い俺は、婚姻が結ばれるまでは釣書はそのままにと、ウインター伯爵に懇願していた」


…………。


私は、シオン様に抱き着いた。


「シオン様、新しい本棚を買いましょう。二人のお気に入りの本を入れるための」


シオン様が、私をぎゅうぎゅうに抱きしめる。


「ああ。記念すべき一冊目は、これだな」




「あらー。上手くいったの~」


お母様の声に振り向くと、ロックウッド侯爵家、ウインター伯爵家の面々が、みんなでこちらを見てる。


みんなに見られていたことを知り、私の顔は真っ赤に染まる。


「はーい。母上((伯爵夫人))これからよろしくお願いしまーす」


シオン様が大きく手を振ると、みんなから笑い声と祝福の拍手が沸き起こった。




よく考えて、不要なものを取り除いたら、最愛の人が見つかりました。




~ 終わり ~


(*^▽^*)

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― 新着の感想 ―
徒歩15分が可哀相な距離なら、学園をイチャイチャしながら仮病女を『歩かせて』いるのは『可哀相』じゃないのか? 可哀相なら、背負って運んであげたらいいのに。……って、屑男にツッコミ入れたくなりますね!(…
婿入りなのに後妻とは正当な当主を殺害とお家乗っ取りを宣言してるようなもんでは。 だから平民落ちなのかな。 いっそ白紙撤回のが傷にならないだろうが。
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