考えてみれば要りませんわね
読んでいただきありがとうございます。
あ~雨が降ってきたわね。
私は学院の図書館で、窓の外に広がる、暗い空を見上げた。
あと少し読んだら、帰りましょう。
私は、手元の本に視線を落とす。
□ □ □
コツ コツ コツ コツ。
夜道を急ぐ、ナターシャの後ろを、明らかに分かる様について来る足音…………。
ナターシャは、鞄を握りしめ、歩く速度を上げる。
あと少し、あと少しで、親友の待つレストランにたどり着く…………。
「はあ。はあ」
はやる気持ちが、ナターシャの足取りを乱す。
慣れない石畳と、広がる夜の闇。
「あ!」
飛び出た石に躓いて、握りしめている鞄から、親友に渡すためのプレゼントの包みが飛び出す。
慌てて包みを拾うナターシャの肩に、男の手が伸びる。
□ □ □
「キャーーーーー。」
本に没頭している私の肩を、誰かが掴んだ!!!!
本とリンクして、大きな声が出てしまった!
図書館なのに!
慌てて自分の口を塞ぎ、そっと振り返ると………ロックウッド侯爵令息様。
「やあ、もう外は暗いよ」
回りを見回すと、残っているのは私達だけで、学生の姿はない。
「はぁ~。ロックウッド侯爵令息様、大きな声を出してしまいすみません。ちょうど読んでいた推理小説のヒロインが、謎の男に肩を掴まれるのと、同時に声をかけられたもので…………。」
「いや俺こそ、そんなタイミングだったのか!すまなかった」
ロックウッド侯爵令息は、恥ずかしそうに笑う。
「何度か声をかけたのだが、本に集中していて、聞こえない様だったから……その肩を掴んだ。急に触れてしまい、驚かせてごめん」
「いえいえ。私こそ、お声掛けいただいたのにすみません」
入り口から、コツコツと足音を響かせ、男性が入ってくる。
「お話し中の所、お声がけしてすみません」
声に眼を向けると、ロペス伯爵家の従者が立っていた。
「フレア様、マテオ坊ちゃんからでございます」
従者が、白い封筒を私に差し出した。
「いつもありがとう、この雨のなか来てくれたの?」
「いえ。こちらこそ、坊ちゃんがいつもすみません」
従者は深々と、私に頭を下げてから図書室を出て行く。
「…………。」
私は封筒から、便箋を取り出して開く。
= ベルの体調が悪いため、先に帰る =
はぁ、毎度のこととはいえ……今日もベル様と共に、先に帰られたのですね。
私の婚約者であるマテオ・ロペス伯爵令息は、登下校の送り迎えを申し出たはいいが…………。
隣同士だからと、スミス伯爵家のベル様を一緒に乗せた馬車で迎えに来て、クラスが違う私には、図書館で待つようにと言っては、ベル様だけを先に連れて帰る。
「はあ」
思わず深いため息が出た。
学院生活も二年目になると、この事実を知らない者の方が少ない。
「マテオの奴!先に帰るもなにも、邸宅についてから手紙をよこすなど!大体同じ学院に居るのだ、声をかけて一緒に帰ればいいだけではないか」
ロックウッド侯爵令息の怒りの声が図書館に響く。
驚いて顔を上げると、彼はバツが悪そうにガシガシと頭を描いた。
「や……盗み見るつもりは無かったが…………すまない」
「ふふ。かまいませんよ、皆さん知っていることですから」
私がほほ笑むと、なぜか彼の方が悲しい顔になり、慌てた様に私の読んでいた本に手を伸ばす。
「これ俺も読んだが、ラストのシーンはな」
「わわわっわ!言わないでください」
ガン!
「いてぇ~」
私はストーリーの続きを聞きたくなくて、彼の口を塞ごうと慌てて立ちあがる。
そして勢いよく、彼の顔面に、頭突きをお見舞いした。
「す すみません!ロックウッド侯爵令息様!舌をかんだりしていませんか?」
「はははは、大丈夫だ、いい頭突きだったよ。それより同じクラスなんだ、ロックウッド侯爵令息ではなく、シオンと呼んでくれ、俺もフレアと呼んでいいか」
「もちろんです…………シオン様」
「フレアは、この作者が好きなのか?俺も好きでよく読むんだ、一番好きなのは彼の処女作、(その輝きの先に)が好きだ」
「あーあの作品!私も好きです、ドキドキしますよね~」
シオン様の顔がキラキラと輝く。
「主人公が、追い詰められるあの場面、ハラハラするよな~」
「わかります、私!寝る前に読んでいたのですが、もう心臓がバクバクしてしまって!その後、寝つけませんでした」
「ははは」
「私、図書館で借りて読んだんですが、自分でも所有したくて、いろいろ書店を探したんですが、手に入らなかったんですよね~」
「フレアは、ミステリーやホラーが好きなのか?」
「ミステリーは好きです♪でも、あの、少しですが………ホラーは苦手でして」
「じゃあ、(その輝きの先に)は怖かったんじゃないか?」
「ええその、少しだけ怖くて…………朝まで侍女のメイに、一緒にいてもらいました…………。」
「ははは、学年一の才女でも、怖いものは苦手なんだな」
からかわれた私が、頬を膨らませると、図書館の奥から「おっほん」と大きな咳払いが聞こえた。
「あぁ~。ブラッド先生すみません。直ぐに帰ります」
「ああ、本についての談義は、私も好きだが、だいぶ時間も遅いからね、気を付けて帰りなさい」
「遅くまですみません」
私達は、急いで読みかけの本を借りて、図書室を出る。
「ああ、酷い雨だな、うちの馬車で送ろう」
「いいのですか?」
図書館に続く渡り廊下を歩きながら、嬉しい申し出に答える。
「もちろんだ、そしてこちらの方が、家の馬車に近い」
そう言うと、シオン様は私の手首をがっしりと掴み、裏門に向けて駆けだした。
わああああ。シオン様、玄関に行けば、私の雨傘がありますが!
そして走るのが早い!
大降りの中を、二人で走る。
ふふふ。
なんだか、楽しい。
「あー。かなり濡れてしまったな」
馬車に駆け込んだ私達の制服は、かなり濡れてしまった。
「良ければこれを」
私はタオル地でできた、大きめのハンカチを、シオン様に差し出す。
「おお。これは便利だな、綿のハンカチより吸い取る」
「私は、本を読む際に頬杖をつく癖があって、集中しすぎると、その……机についている肘が、痛くなることがありまして、侍女のメイと相談して作ったんです」
「なるほど、そしてこんな感じに、濡れた時にも使える」
シオン様は、私のタオルハンカチで、ゴシゴシと自分の顔を拭く。
はあ!私の肘置きでそんな…………。
「フレアと同じ、いい香りがするな」
ニカッと笑う、シオン様。
私は………ずぶ濡れで、馬車に二人きりの状況が……急に恥ずかしくなり、顔が熱くなる。
「フレア。大丈夫か?顔が赤いぞ」
シオン様の大きな手が伸びてきて、私のおでこに触れる。
あたたかい…………。
「ん。熱は無いな、体が冷えてしまったのだろうか」
シオン様は、自分の着ている上着を脱いで私の肩にかける。
ふわりとウッド系の香水の香り。
「すみません。シオン様も濡れているのに」
「俺は男だから大丈夫だ、鍛えてるしな」
シオン様は、騎士団に進みたいのだと、以前話していたのを、耳にしたことがあるけど……体を鍛えるのは、風邪にも効果があるのかしら。
そんなことを考えていると、馬車はウインター伯爵家に到着した。
玄関から大きな傘を持った、メイが駆けてくる。
「お嬢様!お帰りが遅いので、皆さん心配してお待ちです」
「やあ、侍女殿すまない。図書室で私が引き留めてしまってね、お送りするのが遅くなってしまった」
「いえ、お嬢様を送っていただきありがとうございます。失礼ですが、ロックウッド侯爵家のシオン様とお見受けいたしますが」
「いかにも」
「ウインター伯爵が、是非にも当家にお寄りいただき様にと申しております。時間も遅く、お急ぎかと思いますが、お立ち寄りいただけますでしょうか?」
「シオン様、せめて濡れた衣服を、着替えるだけでも」
思わず手を取り、シオン様を見上げると……シオン様は、恥ずかしそうに横を向いた。
シオン様も顔が赤いわ、もしかしてお熱が?
心配になり、シオン様のおでこに手を伸ばそうとすると。
「フレア!早くこちらに来なさい」
「ロックウッド侯爵令息様も是非」
玄関で、お父様とお母様が手を振っている。
「では、お言葉に甘えよう」
「従者の方も是非」
メイが、シオン様と従者の方に傘を渡し案内する。
玄関に入ると、私はメイに、シオン様はお母様に連れ去られた。
既にお風呂が準備されており、私はポカポカに温まってから、身支度を整えてダイニングに向かう。
ダイニングには、お父様とお母様だけ…………。
「お母様、シオン様は?」
「フレアはなんともないの?シオン君は、お風呂に入ったあとも顔が真っ赤でね、熱を測ったら凄い熱で……今は客室で休んでいるわ、あの熱で馬車に乗せるのは忍び無いからね、今夜は家で預かることにしたの」
「まあ。どうしましょう、雨に濡れて寒いだろうと、シオン様は私に、上着を貸して下さったの」
馬車を下りる時、少しお顔が赤かったのは、熱のせいだったのね。
「まあ、そうなの、優しい子ね」
「まあ、シオン君はゆっくり休ませてあげよう。さあ、フレア座りなさい」
「はい、お父様」
お父様に促されて、私は夕食の席についた。
「しかしフレア、こんなに遅い時間になったのも、マテオ君のせいなんだろう?」
「…………はい。お父様」
「婚約は白紙にしていいんだよ、お前が受けている仕打ちを、家族が知らないとでも?」
私は、弾かれたように顔を上げ、お母様とお父様の顔を見る。
ふたりとも、優しい笑顔。
お父様達はご存じなのね…………。
マテオ様との婚約は、私達が15歳の時に結ばれた。
ウインター伯爵家は、手掛ける事業も順調でとても裕福。
私が婚約を結ぶことが出来る、15歳になると、跡取り娘である私の元には、多くの釣書が届いていた。
その沢山の釣書の中から、私が選んだのがマテオ様…………。
マテオ様とは、伯爵家どうしで、子供の頃から交流があり、婚約が結ばれるまでは、マテオ様は私にとても優しかった。
共に歩むなら、やさしいマテオ様と………そう思い選んだのだが。
マテオ様は、婚約して直ぐに、態度を変えた。
婚約者である私は、マテオ様に尽くして当たり前。
学院に入り、私がSクラスになると、さらに私への態度が悪化した。
この国の貴族学院は、伯爵家以上の成績優秀者15名は、特別クラスのSクラスで学ぶことになる。
私はSクラスに選ばれ、マテオ様は一般クラス。
王族の王子や王女様が学院に入る際には、Sクラスで学ぶため、警護を行いやすい様に、学ぶ場所も別棟に設けられている。
校舎は、Sクラスのある棟と一般学生棟が、図書館やダンスホールがある中央棟を挟んで、渡り廊下でつながっている。
そのため、マテオ様はいつも私に、図書館で待つようにというのだけれど…………。
「あの、お父様。マテオ様は私が選んだのです………貴族として、自分の選んだ道はしっかり成し遂げたいと思っています」
絞り出した私の返事に、お父様は悲しそうに目を伏せた。
「フレア。貴族だとは言え、間違うことも新しく知ることも沢山あるのよ、私達はフレアが幸せになることを望んでいるわ」
「ミシェルも私も、フレアの味方だ」
「…………はい、お父様。もう一度マテオ様のこと、ちゃんと考えてみます」
お父様が大きく肯いた。
「さあさあ、スープが冷めてしまうわよ、お夕食にしましょう」
少し重く、湿ったダイニングの空気を、お母様が吹き飛ばす。
私も、暖かな家庭が、作れるといいな。
夕食を食べて、シオン様を少しお見舞いして、その日は眠りについた。
✿ ✿ ✿
少し早めに起きて、学院に向かう準備をし、ダイニングに向かう。
ダイニングに近づくと、にぎやかな笑い声が聞こえる。
「そうか、騎士団に入りたいのか」
「はい、学院では剣術部で腕を磨き、休みの日は騎士団の訓練に練習生として、混ぜていただいています」
「カイル団長の指導は厳しいだろう」
「はい。しかしウインター伯爵の訓練の方が厳しかったと、先輩方からお聞きしています。武勇伝の数々も」
「ははは、参ったな」
「今度是非、私にもご指導ください」
「いやいや、私が騎士団に居たのは昔のことだ」
ダイニングでは、もりもりと元気にご飯を食べるシオン様と、お父様が楽しそうに話しをしている。
そんな二人をお母様は、満面の笑みで眺めていて…………楽しそう。
「おはようございます。シオン様、体調はもう良いのですか?」
「フレア。おはよう、お母様の特性スープで、すっかり良くなったよ」
!!!!
「お母様、あのまずいスープを、シオン様に飲ませたのですか?」
「もちろん、風邪をひいたときは、実家秘伝のスープが一番よ、フレアにも子供が出来たら教えてあげるわ♪」
お母様…………あの何とも言えない、苦くて酸っぱくて、最後に甘い……あのスープを、シオン様に…………。
「シオン様、お体は大丈夫ですか?」
「ああ、ばっちりだ、フレアも朝食を食べるだろ、そろそろ家の馬車が来るはずだから、食べたら一緒に行こう」
「いえ、私は………」
「さあさあ、朝練に間に合う様に、急げフレア」
「フレア、シオン君を待たせないの、後のことは、お母様がうまくやっておくから♪」
お父様とお母様の、満面の笑みに促され、私は朝食を急いで食べた。
「ではお父様、お母様行ってまいります」
元気よく挨拶をするシオン様は、私の手を取り馬車に乗り込む。
マテオ様のことは気になるけれど……みんなが笑顔だから、まあいいか。
正面に座るシオン様の笑顔を見ていたら、なんだか楽しくなってきた。
「ふふふ。」
「なんだ、フレア。俺の顔に何かついてるか?」
「いいえ、なんだか姉弟が出来たみたいで、嬉しくて」
「おい!兄妹かよ」
シオン様は、少し眉をゆがめたが、直ぐに笑顔になる。
「じゃあ、お兄ちゃんが、妹をちゃんと守らないとな」
「まあ、私が姉ですよ」
「俺が弟かよ!ははははは」
いつもと違う、楽しい馬車での登校。
✿ ✿ ✿
無事にその日の授業を終えて、私はいつものように図書室に向かう。
今日は剣術部に、熱が出たのに訓練に来るなと、追い返されたシオン様も一緒だ。
お互いに気になる本を持ち寄って、テーブルに向かい合って座る。
「おー。俺、その本もう読んだぞ」
私の持ってきた本を見て、シオン様が小声で話しかけてくる。
「もう。シオン様、絶対に結末を先に言わないでくださいね」
今日は珍しく、図書館に生徒の姿が多い。
大きな声が出せないので、ついつい顔が近づく。
「おい!フレア!俺という婚約者がありながら、他の男と逢引きか!」
図書館中に大きな声が響きく。
入り口を見ると、マテオ様とその腕に張り付いているベル様。
「まあ、マテオ様、今日はベル様の体調がいいのですか?それに図書館で大きな声はお控えください」
立ち上がり静かに話す私の後ろに、シオン様が立つ。
「フレア。もう迎えに来なくていいとは、どういうことだ」
…………あら?お母様、うまくやっておくとは…………。
「今朝がたウインター伯爵家から、今後一切フレアの送り迎えは、不要だとの手紙が届いた!俺はフレアを迎えに行くから、馬車を出して貰えているのだ、歩いて通うことになったら、ベルがかわいそうじゃないか」
…………マテオ様のタウンハウスも、ベル様のタウンハウスも学院から15分も歩けばつく距離、ロペス伯爵家が馬車を出せないと言うのなら、健康のため護衛と侍女を連れて、歩いて来ればよいのでは?
「手紙のことは聴いておりませんでしたが、私は両親の意向に従います」
「おい!フレア、お前は俺を愛してるのだろう、俺の言葉だけに従っていればいいんだ」
……………………。
呆れる私に、マテオ様はじりじりと距離を詰め、今にも掴みかかりそう。
シオン様が、私を背にかばいながら前に出る。
「ロックウッド侯爵令息、フレアは私の婚約者だ、近づかないでもらいたい」
「婚約者でもない令嬢を、腕にぶら下げているお前に、言われたくないな」
マテオ様の頭から怒りの湯気が出る。
「爵位が上なら何をしてもいいのか!フレアの不貞として公表してもいいんだぞ」
…………あぁ。何を言っているのか、わけがからないわ。
大体、婿に入るのはマテオ様なのに、どうしたら隣に違う令嬢を置いて、そんなことが言えるのかしら。
自分の状況も理解できないの?
「おっほん」
大きな咳払いをしながら、睨み合う私達の間に、ブラッド先生が入ってきた。
「ロペス伯爵令息、スミス伯爵令嬢。何か勘違いしているようだね、この図書館が開館している間は、司書も務めているこの私が、必ず滞在している」
ブラッド先生は、図書室のテーブルをバン!と、ぽっちゃりした手でたたく。
「この二人は、勤勉だ、本の話をしているところしか、私は見たことが無い、どの様なうわさを流そうが、この私が二人が誠実であることを証明しよう」
「オジサンは黙っててよ」
ひ弱なはずのベル様が、ブラッド先生の胸元を掴む。
「おや、このご令嬢は私のことを知らないようだね」
「司書の爺さんごときが、何の用だ」
ベル様の勢いと同じに、マテオ様もブラッド先生に噛みつく。
…………あぁ。
本当に馬鹿なのね。
よく考えてみれば、こんな役立たずのお婿さん要らないわ。
「マテオ様、ブラッド先生はこの学院の理事長です。理事の仕事を務めながら、本好きが高じて司書の仕事もされているんです」
ベル様は驚いて、ブラッド先生から手を離してマテオ様の背中に隠れる。
「マテオ様。常識もなく、学院で他の令嬢を連れて歩く婚約者など、私は要りません。婚約破棄させていただきます。ウインター伯爵家に、役立たずな婿は不要です」
「フレア。何を言ってるんだ、ベルとは何の関係もない」
「何も関係がないって何よ!ウインター伯爵家に入ったら、私を後妻に迎えると、言っていたでしょ」
ベル様が叫ぶと、集まった見物人達がどよめく。
「おい、フレア。助けてくれ、俺はウインター伯爵家の人間だぞ」
馬鹿が私に手を伸ばす。
すかさずマテオ様の首根っこを、ブラッド先生がガシリと掴む。
反対の手には既にベル様が掴まっている。
「ロペス伯爵令息、スミス伯爵令嬢。学院でやっていることが、本当に親にも社交界にも、知られていないと思っているのかね、ここは小さな社交界だよ。はっはっは」
丸い体型のブラッド先生が、暴れる二人を引きずり歩き出す。
「今日起きたことも、あっという間に広がるだろうね、とりあえず騒ぎを起こした二人は、学院長室に行こうか」
…………ブラッド先生。
シオン様が感心のため息を漏らす。
「ブラッド先生、あの体のどこに、二人も引きずる力があるんだ」
私とシオン様は、去っていく三人をぽかんと見送った。
「フレア様おめでとう」
「屑と、離れられてよかったな~」
「シオンも、かっこよかったぞ~」
「えー。一番かっこいいのは、ブラッド理事長だろ」
「フレア様も、素敵だったわよ~」
「これで、学院の風紀も少し良くなるな~」
人だかりから、様々な声が飛ぶ。
はあ。
本当にそうね。良かった。
私は横に並ぶ、シオン様を見上げる。
「はあ。すっきりしましたね」
「そうか、良かった」
シオン様がニッコリ笑う。
「お父様に、話を進めて頂かなければなりませんので、私は帰ります」
「俺が送ってもいいだろうか?」
「ふふ。お言葉に甘えさせていただきます」
伯爵家に戻ると、玄関でお父様とお母様が待っていた。
「お帰り、フレア。決心はついたのかな?」
「はい、お父様。マテオ様との婚約を、白紙にして頂きたく思います」
「いや、彼の素行については既に調査済みだ、婚約は彼の有責で破棄とするよう話を進めてくる」
お父様は意気揚々と家令に先触れの指示を出し、ロペス伯爵家に向かう準備を始めた。
「お母様。朝の段階で、既に手を回されていたのですか?」
「あらあら何のことかしら」
お母様は、そう言いながら私の背中を押す。
押された先には、馬車の横に立つシオン様。
「フレア、いろいろ準備して、直ぐに戻ってくる…………その時は、俺に時間をくれないか」
シオン様の真剣な眼差しに、思わず息をのむ。
私の心が勝手に期待して走り出す。
もしも、シオン様と共に歩むことが出来るなら…………。
違う………シオン様は、友人として私を心配してくれているのだ、だってシオン様は公爵家の嫡男。
この胸に生まれた、暖かな思いはきっと届かない。
「はい、シオン様、また本のお話がしたいです」
「ふふふふ」
なぜだか、後ろでお母様が笑う。
シオン様は真っ赤な顔で、頭をガシガシと掻いた。
「あーもう。とにかく待っていてくれフレア。すぐ戻る」
「シオン様、顔が赤いです。もしやまたお熱が?」
「あはははは~もう無理よ、いいから早く行きなさい、シオン君」
笑うお母様を見て、シオン様はまた顔を赤くした。
そしていきなり私をぎゅっと抱きしめると、耳元で囁いた。
「待っていてくれ」
急なシオン様の抱擁に、私の体は一時停止して真っ赤に染まる。
そんな私を見て、満足そうに笑ったシオン様は、手を振り馬車に乗り込んだ。
✿ ✿ ✿
お父様の勧めで、婚約破棄が正式に整うまでの間、私は学院を休むことにした。
突然できた時間を使い、私は、読みたかった本を次々に読んで数日を過ごす。
あの日以来、シオン様とも会っていない…………。
「シオン様…………どうされているかしら」
窓の外は、綺麗な青空。
シオン様の瞳みたいに、綺麗な空…………。
「お嬢様、旦那様がお呼びです」
家令について、お父様の執務室に入ると、お父様とお母様が並んで待っていた。
「フレア。そこに座りなさい」
私はお父様達が座る、向かいのソファーに腰を下ろす。
「マテオ君との婚約破棄に関するいろいろなことが、漸く決着した。時間を取ってしまって、すまなかったね」
「いえ。お父様、お力を頂き、ありがとうございます」
「結論からは話そう。婚約はマテオ君の有責で破棄された、マテオ君とスミス伯爵令嬢は、共に貴族籍を抜き、各々の領地で管理するそうだ」
「そうですか…………。」
これで一区切りね。
「それとね、お祝いもかねて、明日から小旅行に行かない?」
「お父様とお母様と三人で?」
「そうよ~」
「たまには、家族で出かけるのもいいだろう」
「はい。久しぶりで楽しみです」
✿ ✿ ✿
次の日、私達家族は、三人で馬車に乗りこんだ。
「お母様、ところで今回の旅行は、何処に行くのですか?」
「ふふ。着いてからのお楽しみよ」
「はは、お楽しみだそうだ」
お父様もお母様も、なんだか楽しそう。
半日ほど馬車を走らせると、海の見える穏やかな町が見えて来た。
「わあ~。海がきれい」
「綺麗な所でしょ、是非泊まりに来てくださいと、ロックウッド侯爵家からご招待を受けたのよ」
「海の見える、別荘だそうだ」
「まあ。シオン様もいらっしゃるのですか?」
「いやどうかな?何か聞いているかい?」
「どうかしら、いろいろあったから、リフレッシュのために、皆さんで使ってくださいとしか聞いてないわ」
わいわいと話しているうちに、馬車は大きな別荘の前で止まった。
使用人が出てきて、出迎えてくれる。
「ロックウッド侯爵よりお聞きしております、どうぞゆっくりとご滞在ください。さあ、まずはお荷物を」
ついてきてくれた侍女たちと一緒に、部屋に案内され荷を解く。
「お母様、海を見に行ってきてもいいですか?」
「ええ、フレア。気を付けるのよ」
お母様は私の頭に、大きなつばのついた帽子をかぶせる。
「はい」
海岸に足を踏み入れると、白い砂浜が長く続いていて、太陽の光にキラキラと輝く海が、どこまでも広がっている。
「わあ~。気持ちいい」
私は吹いてくる風に手をひろげ、眼を閉じる。
大きく息を吸うと潮の香。
これから、私の新しい人生が始まるのね。
眼を閉じたまま潮風を感じていると、突然私の頭の上に、何かポンと置かれた。
「遅くなってごめん」
頭に手を伸ばすと………本?
帽子を取り、本の先を見上げると、シオン様の笑顔。
「シオン様」
私は振り向いて、シオン様に向き合う。
「思ったより、時間がかかってしまったが、これをフレアに」
差し出された本は!
「これ…………。」
「フレア、前に欲しがってただろ、探すのに少してこずった」
「いただけるんですか?」
「もちろん」
「シオン様も、一番のお気に入りなのですよね?」
「ああ。俺も欲しい」
「それでは、私より先に…………。」
私が本を返そうとすると、シオン様は突然私の前に跪き、手を差し出した。
「フレア!」
「はい!」
「これからの人生、俺の隣にいて下さい」
「はい!喜んで!…………いえいえ。でも、シオン様は侯爵家を継がれるのでは?」
「いや俺は、騎士になりたくて、早い段階で家督は弟に譲るつもりでいた」
一度消えかけた胸の熱が、また熱くなるのを感じる。
「それに俺は、15歳の時に、フレアに釣書を送っている」
!!
あの山の様な釣書の中に…………。
「諦めの悪い俺は、婚姻が結ばれるまでは釣書はそのままにと、ウインター伯爵に懇願していた」
…………。
私は、シオン様に抱き着いた。
「シオン様、新しい本棚を買いましょう。二人のお気に入りの本を入れるための」
シオン様が、私をぎゅうぎゅうに抱きしめる。
「ああ。記念すべき一冊目は、これだな」
「あらー。上手くいったの~」
お母様の声に振り向くと、ロックウッド侯爵家、ウインター伯爵家の面々が、みんなでこちらを見てる。
みんなに見られていたことを知り、私の顔は真っ赤に染まる。
「はーい。母上これからよろしくお願いしまーす」
シオン様が大きく手を振ると、みんなから笑い声と祝福の拍手が沸き起こった。
よく考えて、不要なものを取り除いたら、最愛の人が見つかりました。
~ 終わり ~
(*^▽^*)




