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すれ違い

作者: 青井空
掲載日:2026/06/26

私には貴文という幼馴染がいる。


貴文は小さい頃、サラサラの黒髪に綺麗な黒目、色白の肌が可愛い男の子だった。小学生に前に剣道を始め、どんどんと強くなっていくと同時に身長も伸びて、今じゃ百八十五センチ。


私は百六十センチだから標準だけど、ちょっとね……隣に並ぶとさすがにでかすぎ。話すときに首が痛い。さらに、剣道ってシュッとしたイメージがあるけど、段もちで全国大会まで出るぐらいに強い貴文は、なんか肩幅とか色々と分厚かった。だからか、隣にいると圧がすごい。




私もしたかったなぁ、剣道。


けど、……母親が反対した。なんなら貴文も。なのにちゃっかり自分は通ってたんだよね、あいつ。ただ、初めは「は!?」ってなったけど、見てて大変そうだったから、ムカついた気持ちもすぐに収まった。


だってさ、貴文、始めた頃は小さくてほんと弱かったんだ。見学に行ったらボコボコに殴られてた。いつも無表情なのにさ、剣道だけは毎日悔しがっては顔歪めんの。


だから――


「たかふみ。ここはいちばん強い人があつまるところじゃない。泣いてもだめ。そのかわり、たかふみが、いちばんのところ行ったら、わたしのいちばんのもこ風呂をあげる!」


貴文が痛いなら、私も少し我慢しないとね。


そしたら貴文、中学には全国行ったよ。笑えるぐらいに頑張ってた。トロフィーまで貰ってきて、今、私の部屋に飾ってある。なんでうちにあるのかって? それはさ――


約束してから五・六年?経った全国大会の日、全国二位になった貴文が夜うちにトロフィーを持ってきたんだよ。んで、差し出してきた、トロフィーと空っぽの手をね。


マジカ!

だよな!


これが、その手を見たときの私の感想。


当然、温泉の素のマイブームなんて終わって持ってないから、次の日、買って渡したよ。


あいつ、絶対に約束忘れないし破らないからなぁ。何年経っても絶対にやり遂げるところって、尊敬通り越して執着と言ってもいいんじゃない? まぁ、あんまり約束自体しないけどね、あいつ。



そんな私の幼馴染だけど、小さいころから学校は一緒に行って一緒に帰る。貴文が朝練の時だけかなぁ、別々なの。部活の帰りも貴文が迎えに来る。


あいつ、いつの間に私のスケジュールを抑えてるんだ?と、疑問に思ったこともあるけど、いつものことだから、そのうちあんまり気にしなくなった。だって、小学だけじゃないよ? 中学も、高校もだし。もうね、慣れだね慣れ。




今も一緒に帰ってる。


部活帰りは、お腹すくよね。はぁ……。貴文は腹ペコじゃないのかな?


見上げた隣りの顔は、おっと、顔見ても腹ペコなのかなんて、この無表情からわかるわけないし。と、自分に突っ込みを入れながら、まじまじと貴文の顔見てみるが……目がシュッとしてて唇も薄くかっこいい。貴文はこう見えて、すごくモテる。


でもさ……。


「貴文、剣道部、次、全国大会だよね? 残って練習しないの?」

「ああ」

「へー……」


たぶんこれは、土日とかどっかでやるから問題ないって言いたいんだと思う。


表情も言葉も乏しいから本当にわかりにくい。これがこいつの致命的な欠陥。おかげで彼女ができた例がない。という私も、普通の体形で黒目黒髪、特段とりえないため、貴文同様に彼氏がいない歴更新中だ。なかなかうまくいかないもんだ。


でもこの頃、周りから「二人って付き合ってるの?」と聞かれる。


よく考えたら、学校から一緒に帰る。買い物も貴文と一緒にいく。私の服を選ぶのが好きらしく、いつも真剣に選んでる。露出多いのは却下されるから、たまに一人で行きたくなるけど。……お前は私の母親かっての。


あと趣味も似てて、美術館の企画展を見に行くのも好きだから、土日もなんだかんだと一緒にいた。たしかに、それだけ見ればデートに見えなくもない。……あいつは単語一つぐらいしかしゃべらないがな。


とりあえず、私が聞かれたら否定しているが、貴文は適当に「ん」って言ってたもんだから、知らないうちに付き合ってることになってた。もぉ、聞く相手間違えてるって。





今日は、友達とネズミが主人公の遊園地に行ってきた。もうクタクタ。お土産もたくさん買って、買いすぎたか?と後悔してると、駅に貴文がいた。


「え!? 貴文?」

「ん……」

「貴文? なんで? どこ行くの?」


私が持っていたお土産の袋を持つと、家に向かって歩き始めた。


「あれ? 貴文? 駅に用事があったんじゃないの?」

「いや」

「お迎え? なんで時間分かったの?」


帰りの時間なんて言ったっけ?


「アプリ」

「あー、帰るって送ったメッセージか」

「……」


違うのか? 


リアクションがおかしくて疑問に思ったけど、まぁいいかと思って貴文に買ってきたお土産の話をする。いつも通りのいつもの会話。何にもおかしくない日常だった。



こんな日常を続けていたら、大学卒業後、婚約指輪を貰った。





貴文は昔から投資で儲けてて、私の服もスマホも全部あいつ持ち。それもあって私がバイトをしようとすると嫌な顔するし、母親までダメ出ししてくる。まぁ不便がないからいいけどさ。


この日も新しいスマホを買いに二人で新宿に行った。


黄色が可愛くて、速攻決まる。貴文はいつだって黒だから、選んだ時間はものの十分程度だった。持って帰ってきたものの、スマホは初期設定は貴文がするって決まっているから、今日は使えない。


スタバによって、スマホを眺めながらコーヒーを飲む。実はブラックが好き。うっま。


「貴文、明日までにできる?」

「ん」

「ありがと。かわいい、早く使いたいなぁ」


貴文が持っていたバッグをごそごそと漁ったと思ったら、スマホをどけて、テーブルの上にむき出しの指輪と数枚のパンフレットを置いた。


「ナニコレ……?」


指輪をまず取り上げる。じゃないとパンフレット開けられないし。そしたら、そのままつまんだ指を持たれ、左薬指へ誘導される。


「はめろってこと?」

「ん」


これが婚約……だったと思う。自分で自分の指にはめたけど。


「貴文……」

「ん」


顎をクィッとするから、聞きたい質問をあとにして、パンフレットを開けて中身を見る。


――お! 

きれいな海が見える教会!

あ……こっちは森の中みたい!


「お!」

「へぇ……」


と私の声を聴きながら、分類していく貴文。その精査を潜り抜けた式場が次の外出の目的地になった。


そこからは式場の担当者さんが凄かった。私は何も考えることなく、そのまま半年後、結婚式をあげた。私も流されすぎかなって思うけど、なんか当たり前みたいな感じが自分でもしてて、拒否するまでは行かなかった。



こんな私たちだから、当然プロポーズの言葉なんて、なかった。



それでか、貴文は、結婚式で自分の母親だけじゃなくて、お祝いのスピーチをしてくれた上司からも「プロポーズしないなんて、一生言われ続けるぞ。今からでも挽回しておけ、俺が相談に乗ってやる」と妻の恐ろしさを教えられていた。そうだそうだ! もっと怒られろ!


しかも、新婚旅行は行ったけど、熱海ってどうよ! たしかに食べ物もお湯もよかったけど……パンフレットのチョイスが、熱海・草津・伊香保……新婚用じゃないだろ! 貴文はやっぱり貴文だった。


とはいえ、結婚しても変わらない日常で、そんな日々を毎日積み重ねていく結婚だと思ってた。まさか、結婚して半年でこんな気持ちになるなんて思わなかったよね。



浮気なんて考えたこともなかったし、貴文がそんなことできると思ったこともなかった。でもこうなってみて初めてわかるよ。――自分の心が。辛いね。




発覚は社用スマホの頻度。多すぎる。チャットが主だけど、通話もある。夜中まである。さすがにここ最近多いから、夕食中に鳴り始めたスマホを手に取る貴文に「誰から?」ってさりげなく聞いてみた。そしたら「アシ」って……。


貴文はアプリ開発をしてるんだけど、あんまりしゃべらないから、アシスタントをつけられている。その子……?


「動きが浮気だよ」

って言ったこともある。


でも、いつも通りの顔で「してない」というだけ。


在宅ワークが主な貴文は仕事の調整ができるはずなのに、たまに土日のどっちかを仕事と言って出ていく。本当かどうかは知らない。けど、状況だけは積みあがっていった。



ちらっと見えたスマホ画面に出たメッセージ。旅行会社からのものだった。


――旅行なら私も有休をとる必要があるから、言われてない時点で私じゃない。


知らない会員サイトからのスペシャルなお客様というハガキ。


――有名なお店ばっかりを扱う予約サイト。でもここ最近、そんなところに行ってない。


少しづつ開いて行く隙間。


終わらせるべきか、見て見ないふりするべきか。


一緒にいないなんて、想像だけで違和感。困るね。スマホ片手に外に出ていくあいつの背中を見ながら、搾り上げられるような胸の痛みに出てくる涙が止まらなかった。




一度は信じることも考えたよ。だからペットも飼った。チンチラっていうふさふさの兎のようなネズミのような奴。私はネズミだと思って「チュー助」って名前つけたけど、なんか違う生き物らしい。ごめん、チュー。


チューとあいつはよくケンカしてた。


貴文が手を出すと、引っかかれたし、噛みつかれそうにもなってた。私の膝の上にいるときに取り上げるからだと思ったけど、やられてるあいつを見るのは……まぁスッとした気持ちもあるから知らん顔してた。



そんな毎日が三カ月続いた、ある日……私の心が先にギブアップした。



決定的なシーンがあったわけじゃない。


よく小説であるような、二人で歩いていたシーンの目撃とか、そんなドラマチックな展開なんて普通は起こらないしね。ただ、ふと見上げた空が青かったから、よし別れようって思っただけ。


違うと否定されてもね……。


あいつは言葉がほぼないから、行動が疑わしかったら何を信じればいいんだかわからなくなる。長い年月一緒にいても、崩れるのは一瞬。同じ年月いらなかった。




今日は、在宅ワークが多いあいつの久しぶりの出勤日。


休みを取って離婚届を貰ってきた。荷物は必要なものだけを持って行く。段ボール二つ分はこっそりと、もう実家に送ってあった。あとは捨ててって言う予定。


「あいつとは……二十八年か……」


生れたときにベッドが隣だったって母親が言ってた。そこからの腐れ縁。家は隣どおしではなかったけど、同じ学区内で、同じ高校、大学と進学してきた。毎日いるのが当たり前の存在だった。


ボールペンをとり、離婚届に自分の名前を書く。


――こんななんだ。

離婚届ってサインするとき、重いと思ってたけど、そうでもない。


泣きそうなこともないし、新しい人生が始まるっていう高揚感もあるわけじゃない。ただサインした……それだけだった。


会社は今日から二十日間休みにしてある。さすがに一気に取りすぎで、ちょっと揉めたけどしょうがない。今は心が麻痺してるんだってわかってる。辛くなるのはもっと後。動ける内にホテルに籠って、有休全部を使って泣く。そう決めていた。


スーツケース一つに荷物を摘める。

チューを籠に入れて、スーツケースの上に乗せる。

出ていくとき、鍵をかけてポストに入れる。


振り返らないって決めてる。ここで泣くわけ行かないから。


マンションを出て目の前の横断歩道。青が点滅してる。急がないと。


横断歩道を渡ろうとしてると、駐車場の方から歩いてくる、あいつがいた。


――あちゃ。

なんでこんなに早く帰ってくるんだ?


スマホをジッと見て、足早にこっちに歩いてくるあいつは、顔を上げると、いつもの無表情を少し崩して驚いている。そりゃそうか。スーツケースを持ってるからね。でも今はしゃべりたくない。


スーツケースを持って走って渡る。赤になってなかったと思う。


でも、曲がったトラックが突っ込んできた。


「はるか!!」


あいつのそんな大きな声、初めて聞いたよ。





そのあと残る記憶は、漠然としてて、私は「悲しかったんだ」って理解したのと、「あいつは泣いてくれるかな?」って想いだけだった。




私の物語はこれで終わるけど、好きな人と結婚できたなら、私の人生はハッピーエンドと思う。だって、私が読んでいた小説はいつだってそこ(結婚)で終わってから。



ハッピーエンドなら、最後はこうだよね。




愛してる、貴文。

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