欲しがり妹は婚約者を理想的な男性にする
この話は欲しがり妹が姉の物を奪い尽くす話ではない。
「お姉様の婚約者のフェリクス様、とっても素敵ね!ねぇ、お姉様ぁ。フェリクス様、くださいな?」
「ふふ。カトリーナ。いいことを教えてあげるわ。フェリクス様が素敵なのはね―――」
姉のものが欲しくて欲しくて仕方の無いカトリーナはついに姉の婚約者に目をつけた。親がどれだけ叱りつけても、兄が窘めても、姉のものを欲しがるカトリーナに、両親が彼女を見切りをつけて修道院に預けようとしていたのだが。
その日を境にカトリーナは姉のものを欲しがらなくなった。
そして彼女は一人の令息と婚約をしたいと言い出した。
それはカトリーナの伯爵家よりも上の侯爵家の令息で、嫡男なので未来の侯爵なのだが、令嬢人気は無かった。
長い前髪に猫背で話し方はボソボソとし、とても陰気な男だった。
そんな男とカトリーナは婚約したいと言い出したのだ。侯爵家はこれまでどんな家に申し込んでもお断りされてきたので、伯爵家の申し出に飛びついた。爵位の差は一つで、カトリーナの悪癖は家の中で抑えられていたから知られていなかったのも幸いした。
こう言ってはなんだが、カトリーナは顔の良い男を好んでいたはずだ。それが何故?と両親は不審がっていたが、カトリーナはそんなこと知った事ではないと侯爵家へ頻繁に訪れては婚約者となったロイドと交流を望んだ。
カトリーナが変わった日、姉は言ったのだ。
『フェリクス様が素敵なのはね―――わたくしが彼をわたくし好みにしたからよ?わたくしの理想の男性になるように常に出来た事は褒めたし、好ましくない事は誘導したわ。わたくしを愛してくださるようにわたくしから彼を愛したのよ。貴方はわたくしの理想の男性で満足出来るの?フェリクス様はわたくしを愛しているの。貴方ではないのよ。カトリーナ。それよりも、貴方は貴方だけの理想の男を育てたら良いのよ。それともカトリーナにはそれも出来ないのかしら?』
完全に姉に煽られたカトリーナは「私にだってできるわよ!」と叫んで選びに選びぬいてロイドに目をつけた。
まずは距離を詰めて相手の好むものを把握する。
その際に余程でなければ否定したり貶したりしてはいけない。好きなものを否定する相手を誰が好きになる。
自分と合わないならば素直に合わない事を伝えた上で、でもそれだけ夢中になれるものがあるなんて素敵だと褒める。
「ロイド様は何か趣味などございますの?」
「え、っと。その、僕は、魔法が好きなんだ」
「魔法!ロイド様は魔法が使えますの?」
「う、うん」
「得意な属性とかあります?」
「ええ、と。風と、水だよ」
「私、魔法を見てみたいですわ!」
お姉様。私は魔法が好きだからこの対応で問題ありませんわね?
カトリーナは自分の中の姉に問い掛けると、その姉は『ええ、完璧よ、カトリーナ。やれば出来るじゃないの』と褒めてくれた。まあ、カトリーナの中の姉なので現実で言ってくれるかは分からないけれど。
侯爵家の応接室で話をしている中で、まずはロイドの好みを把握しようとしたら思わぬものが出てきてカトリーナは興奮した。
ロイドはおどおどしながらも掌に水の玉を作り出した。
この国に魔法使いは少ない。体の外に魔法を出せる者を魔法使いと呼び、エリートなのだが、ロイドは今までその事を侯爵家の者にしか言っていなかったらしい。
カトリーナはすごぉい!と心から楽しそうに拍手しながら、他にも出来ますの?とロイドに全力の笑顔を見せた。
ロイドはこくこくと頷きながら、部屋の中だと危ないから、外でなら、と言うのでその日から二人の交流は外で行うことになった。
カトリーナは姉のものが欲しかったけれど、姉がもつものは素晴らしいと思っていたから欲しかった。
特別なものが欲しかったカトリーナは、姉の婚約者も特別だと思ったけど、その人はカトリーナを特別にしてくれないと言われてやっと現実を知った。
姉は、カトリーナを特別にしてくれる男の人を自分で育てるのよ、と特別の作り方を教えてくれた。
ロイドを選んだのは、誰も手を出してなかったからだし、侯爵も夫人も顔が良いからその子供が顔が良いに決まってるとカトリーナは睨んでいた。
もちろん侯爵家と言うのも大事だった。
家に引きこもりたがるロイドを無理に外には出さなかった。彼は人が多い場所が怖いと言う。だから、静かな人気のない湖へのピクニックを頼んでみたら、人がいないなら、とそれは受け入れた。
ロイドがすごい魔法を見せたら沢山褒めた。
そうしていると、ロイドは少しずつカトリーナに心を開いて行き、どんな服がいいと思うか、とか、髪の毛は切った方がいいかな、と聞いてくるようになった。
前髪を切る前に搔き上げてもらったら、夫人に似た綺麗な顔立ちをしていてカトリーナは「ほらね!お姉様、私だって見る目はあるのよ!ロイド様って素敵な顔を隠してたわ!」と心の中で姉に高笑いしながら自慢した。心の中でだけど。
髪の毛は無理に切らせなかった。セットの仕方で目元は出せる。ただ、目が悪くなるのは心配だわ、と言えば、次に来た時のロイドはスッキリとしていた。
少しずつ変わっていくロイドを見て、侯爵夫妻は感動し、カトリーナに感謝をしていたけれど、これだけでカトリーナは満足しなかった。
まだまだ足りない。
姉の婚約者は姉のことを愛している、と姉は断言していた。しかしロイドはまだ断言出来るほどカトリーナを愛しているとは思えない。
カトリーナの事を聞きたがって、何が好きかを知りたがり、カトリーナの好きなものをプレゼントしてくれるようになって来たけど、まだまだ足りない。
ロイドと二人で庭園を歩いている時に、ロイドから手を握られた時には「そろそろロイド様は私を好きになってきてるわ!」と思ったけれど、そこで停滞しているのだ。
こう、もう少し踏み込んでくれたら愛してくれてると実感出来るのに!
それでもカトリーナのロイド育成は順調だった。
かつてのロイドは外に出たがらず、顔を隠して猫背で陰気だった。
しかし今は髪の毛を短くして、出来るだけ背筋を伸ばし、流行最先端とは言わないけれども堅実なところを抑えた服を着ている。
カトリーナがロイド様を思って選びましたの、とプレゼントした洗髪剤を使ってくれているから髪の毛はさらさらしている。
令嬢達が嫌がって遠のけたロイドはピッカピカのキッラキラに変わっていた。
「ロイド様、二ヶ月後に、姉の婚約者の家で夜会がありますの。一緒に行ってくださいます?」
「え、あ。トリドルン侯爵家の?えっと……」
「無理はなさらないで。ただ、姉に、私のロイド様が素敵なのだと自慢したかっただけだから……」
『いいこと、カトリーナ。決して強引に勧めてはいけないわ。まずは提案。渋ったなら一旦引きながら、私のロイド様と言ってみなさい。少し悲しそうにいうのよ。そうすれば必ず相手はドキッとするわ』
ええ、お姉様。ロイド様に効いているみたい。
カトリーナ嬢の僕……わぁ、え、恥ずかしい。ボソボソ言いながらも顔を赤くするロイドにカトリーナは駄目押しをしておく。
こういう時は自分を少し貶めておく。思ってもないけれど、罪悪感を刺激するためだ。
「あ、私がロイド様の自慢の婚約者では無いもの……そうだわ、ごめんなさい。もっとロイド様の隣にいて恥ずかしくないようにならなくては」
「そんなことはない!あ、えっと、僕のカトリーナは、誰よりも素晴らしいのだから、そんな事言わないで」
初めて呼び捨てられたけどそれはカトリーナの心を強く刺激した。ロイド様の私……なんて破壊力なの……。強く鼓動する心臓を押さえたいのを我慢してカトリーナは頬を染めながらロイドを見る。
姉は言っていた。愛される為には愛することから始まる、と。カトリーナは最初こそ育成の方に力を入れていたので気にしていなかったが、少しずつ好意を寄せていた。
手を繋ぐだけで物足りなかったのは、後一歩踏み込んで欲しかったのは、既に愛していたから、同じだけを返して欲しかったから。
それが分かってしまった。
「あ、あの……エスコート、お願いしても、よろしくて?」
「う、うん。慣れてないけど、恥をかかせないようにするから」
その日、帰宅したカトリーナは真っ先に姉の部屋を訪れた。
「お姉様!!どうしたら良いのか分かりませんわ!」
「あら、お顔が真っ赤ね。どうしたのかしら?」
「お姉様は仰ったわ!愛してくださるようにするために愛した、と」
「ええ。自分に自信の無い方は、本当にこの人は愛してくれるのかと不安になるの。だから、わたくしはフェリクス様をとことん愛したの。あら、カトリーナ。貴方、ロイド様を愛したのね?」
カトリーナは自分を特別にしてくれる人が欲しかった。自分が愛する事を考えずに、ロイドがカトリーナを特別に愛するようにしたかったのに。
「カトリーナ、貴方がわたくしのものを欲しがったのは、それが特別に見えたからでしょう?」
「ええ」
「でも、わたくしの手から離れたものは特別じゃなくなったでしょう?」
「はい……」
「それはね、貴方に愛着が無かったからなのよ。ロイド様を自分好みにしていく内に好きになったら、特別になったでしょう?ロイド様を誰かに頂戴と言われて譲れる?」
「無理よ!ロイド様をあそこまで素敵にしたのは私よ!」
「そうね。わたくしもね、カトリーナにフェリクス様をくださいと言われて同じことを思ったわ」
「あ……ごめんなさい、お姉様。私、知らなかったの。大事なものが、なかったから」
「でも今の貴方はわかるわね?」
「ええ」
ロイドと婚約するまで、姉のものを欲しがっていた。だけど今ならわかる。誰かの大切なものは自分にとって特別なものにならない。手に入れてもなんの意味もない。
「カトリーナ。ロイド様はエスコートして下さるの?」
「してくれると仰ったわ」
「外に出る事を覚悟したのであれば、恐らくは貴方に自分の色のものを贈って主張すると思うわ。貴方からもロイド様に自分の色を贈るといいわ……そうね、クラバットとかどう?あなたのその新緑の目の色は美しくてわたくしも好きな色よ」
「ロイド様は、下さるかしら」
「ええ。フェリクス様もそうだったわ。あの方もロイド様に似ていたわ。人前に出るのが好きではなかったの。初めて一緒の夜会に出た時、あの方は装飾品からドレスまで全部あの方の色の物を贈ってきたわ」
愛に飢えた者は愛してくれる相手を逃がさないように主張するのよ。
カトリーナは姉を初めて怖いと思い、同時になんて素敵なのだろうと思った。何時でも優しい姉はカトリーナが欲しがるものをくれていた。フェリクスを欲しがった時に初めて止められたけれど、それまではなんでも許してくれる優しい姉だと思っていた。
本当は違ったのだ。姉は大事ではなかったからカトリーナにくれた。大事だから譲らなかった。
カトリーナは割と派手な顔立ちをしている。可愛いと言われるのは当たり前でピンクがよく似合っていた。それに対して姉はカトリーナに比べると地味な方で、よく言えば清楚だと言われていたけれど。
カトリーナの目の前で笑った姉は恐ろしい程に妖艶だった。
「ロイド様、あの、これを……」
商会の人間を呼んで選びに選びぬいたクラバットをカトリーナはプレゼントした。箱を開けたロイドはそれを目にし、カトリーナの顔を見て、再度クラバットを見て気付いたようだ。
「この色は」
「ロイド様に、私の色を……」
前までは冷静な頭で計算して言えていたのに、今はとてもでは無いが無理だった。恥ずかしさに自然と顔が赤くなる。
ガゼボのベンチに座る時、今まで少しだけ距離があった。その距離を、ロイドが自ら詰めてきた。
プレゼントの箱を大切そうにテーブルに置いたロイドがカトリーナの手をそっと取る。
「カトリーナ嬢、君に僕の色を贈っても?」
「ええ。私がロイド様のものだという証が、欲しいです」
「っ……カトリーナ嬢」
「カティと呼んでください。あなただけの、特別な呼び方で」
「カティ……君に、キスをする許しが欲しい」
そっと目を閉じるとロイドの唇が触れる。初めて顔を合わせた時にはカサカサとしているように見えたのに、今はそんなことも無い。
姉が言っていた事は真実となり、その日を境にロイドからのプレゼントは明からさまに彼を思わせるものになった。ロイドの紫に近い青い目と同じ色のリボンを髪につけていけば非常に喜んでいた。
カトリーナはロイドの執着が心地良かった。親から愛されていないわけではない。寧ろ姉妹ともに愛されていた。でもそれだけでは足りなかった。姉もきっとそう。見えない愛情を受け止める壺が大きくて、それを満たせる人を姉は作った。そして姉はカトリーナも同じだと気付いて作らせた。
理想の、重すぎるほどの愛をくれる人を。
ロイドからの手紙は情熱的になった。これまではどこか堅苦しかったのに。
夜会用のドレスはロイドから贈られた。
これまで好んでいたのはピンクのドレスだったけれど、ロイドが贈ってくれたのは彼の目の色をしたドレス。それだけだとあまりにも大人びているのでデザインを可愛らしくしていた。
刺繍は銀と黒を使っていて、ロイドの黒髪の色にカトリーナの髪色を交えて少しばかり恥ずかしくなった。柄はロイドの家の家紋に描かれた花がふんだんに散っている。
装飾品は彼の目の色の宝石で、値段は想像も出来なさそうなほど高価そうだった。
姉の婚約者の屋敷で開かれた夜会は若い年代の者も多く、婚約者のいない令嬢はめぼしい令息を狙っている。
「あの方はどなたかしら」
「隣にいるのはレンドール伯爵家のカトリーナ様ではなくて?」
「まさか、隣のあの方、ヴェリデ侯爵家の?」
「嘘……あんな素敵な方だったの?」
長めの髪の毛をセットし顔を顕にしたロイドは母親譲りの美しい顔をしている。カトリーナにのみ蕩けるような笑みを向け、他にはスンと感情を削ぎ落とした表情になっているのが実は緊張からと知る者はほとんど居ない。
互いの色を付け合うのは婚約者ならばある事だが、カトリーナは全身からしてロイド一色でその執着の度合いが分かる。
背筋を伸ばせばロイドは背が高い方で、顔も良く、ヴェリデ侯爵家から縁談の打診が来て断った令嬢は悔しがる。あんな良い男だったなんて聞いていない、と。
あんな良い男ならば、侯爵家の私の方がよろしいわよね?と一番最初に打診されて断った令嬢が意気揚々と二人に近づいた。
「ごきげんよう、ヴェリデ侯爵令息。わたくし、マルローニ侯爵家のフェデリカですわ」
「……ああ、こちらから婚約の打診をした時にすぐに断りの返事を寄越した家でしたね。薄気味悪い男など絶対に嫌、でしたか。何か御用で?」
声を掛けた令嬢はカトリーナを完全に無視した。それはロイドの許せないラインであった。
「ロイド様、お言葉遣いがきつくなっていますわ」
「そうかな。でもね、カティ。僕の婚約者を無視する無作法者に丁重な扱いは出来ないよ。僕と君の婚約は公表しているんだよ。それを知っていて近付いてきたならば常識知らずだし、知っていなかったのならば世間知らずだから、どちらにしても貴族として失格なんだよ?」
「もう、ロイド様。そういう方にでも最初はきちんと対応しなければなりませんよ」
近付いた令嬢は言葉を封じられた。せめてカトリーナにも挨拶をしていればまだ対応は違ったのに。
カトリーナの肩に腕を回して引き寄せたロイドの手が僅かに震えている。本当はまだ人が多いところは怖いのに、カトリーナの為に頑張っているロイドがなんて愛しいのだろう。
「今後は話しかけないでくれ。カティ、フェリクス殿のところに行こう」
「分かりましたわ」
挨拶が無かったのでカトリーナからフェデリカに声を掛けられない。無視しているのではなくて、貴族としてのマナーなので許してもらいたい。
その後、手酷い扱いをされたフェデリカが荒れに荒れて悪評を広めようと画策するも、それよりも先にロイドは己が魔法使いであることを公表した事で、夜会に来ていた人間はフェデリカは先を読めない人間だと囁かれるようになる。
そして、まだ引きこもっていたロイドを見つけて婚約をしたカトリーナの先見の明に評価が上がるのだった。
姉とロイドは婚約式の時に顔は合わせたものの、その時のロイドはまだ野暮ったかった。ここまで変わった姿は初めて見せる。
「お姉様、ロイド様とは婚約式以来よね?」
「ええ。ヴェリデ侯爵子息様、お久しぶりにございます」
「ロイドとお呼び下さい。貴方はカティの姉上なのですから、僕にとっても未来の義姉になりますし」
「ふふ。随分と変わられましたね」
「ええ。カティのおかげです」
「素敵ですわ。ロイド様、わたくしの婚約者を紹介させて下さいませ。トリドルン侯爵家のフェリクス様ですわ」
姉妹の婚約者同士が互いに挨拶をしている姿は傍から見ればとても煌びやかだろう。
フェリクスは金の髪の毛にオレンジがかった赤い目をした男らしい男性。
ロイドは黒髪に紫がかった青の目をした美しい男性。
どちらも姉妹がそれぞれ手をかけて理想的に育てたなど分からないだろう。なお、男二人は軽く会話をしながら「あ、同類だ」と何かを感じたらしい。
人混みが苦手で引きこもりタイプで、愛情が重いところなんかを。
カトリーナは姉の物を欲しがることはなくなった。一番欲しいものは自分の手で理想的になるように育てたから。
ある時カトリーナは数少ない友人から「カトリーナはいいわね。素敵な婚約者がいるんだもの」と羨ましそうに言われたので、少しだけ考えてにこりと微笑んだ。
「ロイド様が素敵なのはね―――私が彼を私好みにしたからよ?」
それは姉がカトリーナに語った言葉。
それをカトリーナは友人に伝えた。
理想的な男はね、求めるのではなくて、育てるのよ。
姉の婚約者も根暗で卑屈だったけど、姉がドロドロに甘やかしまくってコントロールして、姉好みの外見や行動をするようになりました。
多分姉は調教師が向いている。
姉妹仲はなんだかんだ良いですよ。
両親は普通です。兄も存在感ないですが普通です。
ただ、この姉妹がちょっとおかしいだけです。




