ep.18-2 普通
「え?うそ!?」
真鶴のフライトユニットが敵機のマシンガンによって貫かれる。推力がみるみるうちに低下し、バランスが失われていく。
「切り離すしか……!」
分離ボタンに手が伸びかけたその時、1機の無人機が目に入った。無人機は急加速し、真鶴を離さまいと抱きかかえる。
「離して!離せ!」
しかし、想いが届くわけもなく、無人機はコックピットの目の前で爆発した。視界いっぱいに赤黒い爆炎が広がり、真鶴は大破した。
「はぁ……っ」
真正面のモニターに『シミュレーション終了』の文字が踊る。富士山麓上空での戦い。杏子と共に初めて戦った戦い。
いくらシミュレーションとはいえ、真鶴単機での戦いとはいえ、敗北した事実はわたしを厳しく責め立てた。
実験機の扉が開く。わたしはポッドに連なる金属製の階段をゆっくり下りた。コンコンという冷たい音が鳴る。
「負けたこと、なかったのになぁ……」
富士山麓のシミュレーションは何度かやっているが、負けたことはただの一度もなかった。全戦全勝がお決まりだった。
――それが。
「この結果かぁ……」
激しい落胆が襲う。休みすぎたせいでわたしの腕が落ちたのか。それとも戦意が低下しているのか。
――きっと、どっちもだろうなぁ。
もうすぐ3月。暖かくなる季節なのに、心は冷える一方だった。
―――――
「へえ……もうここまで直ってるんですね」
「そう、支援企業も見つかったからね。想定より速く進んだよ」
iARTSの整備区画で、わたしは真鶴を思いっきり見上げた。工事現場用のヘルメットが少し邪魔くさい。
「大破した左脚はいちから作り直し。配線の接続とかはあるけど、あと2日もすれば元通りになるね。フライトユニットは前言った通り、設計から見直してる。推力は1.6倍、スラスターの動きも格段に良くなってる」
渡辺さんは手元のタブレットを見ながら、淡々と説明を続けた。数日前に白龍に興奮していた人とは到底同じに見えなかった。
「ユズっち、なんか質問ある?」
「いえ……ないです。ここまでしてくれてありがとうございます」
「いやいや、これが私たちの仕事だから。むしろ、白龍が勝手に修復しちゃう分、こっちで働かないとね。まだ黒鉄弐式の修理も立て込んでるし」
――白龍。
もはや単なる機械の範疇を超え、生物、神にすらなろうとしている機体。
その名前に、わたしは複雑な気持ちを抱いた。
「渡辺さん……」
「うん?なに?」
「やっぱり、ひとついいですか?」
わたしは意を決して想いを口にした。
「真鶴は……白龍にはなれないんでしょうか?」
「白龍に……?」
「白龍はもはや常識の範疇に押さえることができない、そんな機体になりつつある。それは渡辺さんがいちばんわかっているはず……」
「そう、だけど……」
「なら、白龍にあって真鶴にないのってなんですか……?」
白龍は『普通の』機体ではない。いや、白龍だけじゃない。杏子ちゃんももう『普通』では……。
「それを聞いても無駄だと思うけどねえ」
「どうしてですか?」
「だって、白龍と真鶴って根本から違うし?それに、真鶴は普通の機体でもある。それは誇っていいことなんだよ」
「……」
「杏子っちには言ったけど、白龍は正直兵器としては落第点かもしれないんだよね。いろんな意味で安定性に欠けすぎてる。爆発力は規格外だけどね」
渡辺さんはタブレットを脇に挟み真鶴を見上げた。
「でも、真鶴は違う。真鶴は設計通りに動く。整備した分だけ応えてくれる。パイロットが癖を掴めば掴むほど、きちんと強くなる。そういう機体。まあ、それが普通ってことなんだけど」
「……こちゃんになりたい」
「ん?」
「いえ、なんでもないです」
わたしは言葉を訂正した。
わたしにとって、杏子ちゃんはバディだった。わたしが先輩で、杏子ちゃんが後輩だった。先輩風を吹かせたいわけではなかったけど、どちらかといえば特別だったのはわたしだった。
だけど、戦うにつれて状況は一変した。杏子ちゃんはどんどん強くなって、前世がお姫様なんて箔までついた。白龍も力を増し続けている。
杏子ちゃんはとっくに『普通』ではない。わたしはそのことに薄々気づきながらも、頭の奥底では否定していた。
でも。
「……ありがとうございました」
「こちらこそ。じゃあ私は黒鉄の方に行くから」
立ち去る渡辺さんの背中をそっと見送る。
わたしは、『普通に』生きたいと思っていた。『普通に』生きて、女子高生らしい生活を送りたいんだと思っていた。
「うそだったんだなぁ……」
それは真っ赤な嘘だった。心のどこかに、憧れがあった。特別な存在になる杏子ちゃんに。なんでも完璧にこなす杏子ちゃんに。そして、神になりつつある白龍に。
わたしは、特別になりたいんだ。誰かにとっての特別に。
杏子ちゃんにとっての、特別に。




