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ep.18-1 普通

 ピピピ……。


「わたし、もう食べられないよ……こんなにいっぱい……」


 ピピピ……。


「もう、中津川さんったら、そんな沢山餃子持ってきても……」

「ほらー、優月。起きないと遅刻するわよ?」


 ――はっ。


 わたしの意識が眠りの奥底から引き揚げられていく。ムニャムニャと言葉にならない声を上げながら。


「あと3分……。いや、5分でいいから……」

「長くなってるじゃない。ほら、学校行くんでしょ?」


 ――そうだ、学校!


 久しぶりに聞くその2文字に、目がシャキッと覚める。手がスマホへと伸び、アラーム音を消す。


「わたし、なんか変なこと言ってた……?」

「……餃子がどうとか」

「……」


 わたしの頰が次第に赤くなっていく気がした。中津川さんに聞かれたと考えると、シンプルに恥ずかしい。


 開け放たれた扉をくぐり1階への階段を下りると、やけに甘い匂いがした。


「もしかして!」

「ふふ……骨折がある程度治った記念のパンケーキよ!」

「やった!」


 わたしは途端に軽やかになった足と共に椅子に座った。ギィという床が擦れる音がする。


「いただきます!」


 フォークをパンケーキにぶっ刺し、口に運ぶ。生地の甘さにメープルシロップの甘さが重なり合ってほっぺがとろける。


「やっぱり中津川さんのパンケーキは世界一!」

「相変わらずの褒めっぷりね」


 向かいに座る中津川さんがにっこり笑う。


「でも、本当にいいの?」

「ん?なにが?」

「学校行くの。いくらギプスは取れたとはいえ……」

「大丈夫!早く杏子ちゃんたちと会いたくてウズウズしてるぐらいなんだから!」


 オウキによる横浜襲撃から3日。骨折を治し学校で友達と顔を合わせるのはなによりの楽しみだった。いくら杏子や智とはiARTSで会っているとはいえどもだ。


「まあ、それならいいんだけど……」

「ん?」

「……こんな話知ってるかしら?」


 中津川さんはそう言ってスマホをわたしに差し出した。画面にはSNSのタイムラインが表示されている。


『まさに希望!東京の救世主、現る!!』


 その文言の下に、ある動画が添付されている。それは、杏子が学校の校庭で白龍を呼び出していたものだった。


『来い!!白龍!!』


 動画内の杏子が叫ぶと、晴れた空から一筋の雷が落ちてきた。光に包まれる校庭。数秒経ち、光の中から純白のロボットが現れた。


「白龍……」

「橘さんが白龍を呼び出す姿が何者かによって撮影され、拡散されてるみたいで……」


 よく見ると、いいねが50万、リポストが10万も付いていた。文句なし、100点満点の大バズりだ。


「この状況で学校に行くと、優月も同じことになるかも……」

「……いいの」


 わたしは最後のパンケーキを口に含めた。


「わたしは、ただ普通に学校に行って、普通に駄弁りたいだけ。バズりとか興味ないし」

「でも」

「はい、この話やめ!」


 手早く身支度を済ませ玄関へと向かうわたしを、中津川さんは止めようとしなかった。


 ただ普通に生きたいだけ。


 『普通に』。


 その3文字を、わたしは苦い漢方薬を飲み込むように喉の奥に押し込んだ。



―――――



「おはよ!みんな!!」


 教室に駆け込み、自分の席へと向かう。ギリギリセーフだ。


「ユズ!久しぶり!」


 葵が立ち上がり、ハイタッチを求める。わたしは快く手を合わせた。


「杏子ちゃんも!神谷くんも!おはよ!」

「お、おはよう、ユズ」

「聖堂、お前ときたら……」


 わたしはそのままの勢いで席についた。だが、周りを見回した時、あることに気づいた。


「あれ?人少ない?」


 東京タワー戦の前よりも、明らかに教室内の人が少ない。


 ――麦乃(むぎの)くんも、蘭奈(らんな)ちゃんもいない……。


「そっか、ユズは知らないもんね」

「え?なにを?」

「そ・か・い」


 葵はゆっくりと丁寧に、深刻な3文字を並べた。


「え……疎開?」

「そう。ほら、東京タワーと横浜で犠牲者沢山出たでしょ?みんな怖くなって東京から出ようとしてんの」


 確かに、東京タワー戦では400人、横浜戦では1,000人もの犠牲者が出たと推測されている。


 そんな残酷な事実でも、心の中に生えた寂しさを紛らわすには足りなかった。


「……そっか。それで道路が混んでたんだ」

「聖堂」


 智が落ち着いた声でわたしを呼ぶ。


「お前、無理してないか?」

「え?どういうこと?」

「いやなんか……さっきから無理に声を荒げてる気がしてな」

「やだ!わたしはずーーーっとこんなだよ?」


 半分図星だった。いまのわたしは無理をしている。テンションが無駄に高いのもそのせいだ。


 だが、それは『普通に』生きたいという願いから来るものだった。


「ユズ、本当に大丈夫?」


 杏子の質問にわたしは空元気で答える。


「大丈夫大丈夫。ギプスも取れたし、朝からパンケーキ食べたし、無敵!」

「その理屈、だいぶ雑だね……」


 葵が呆れたように笑う。


「まあ、ユズらしいといえばらしいか」

「うん……」


 杏子の消えそうな声が耳にやけに響いた。


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