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ep.17-3 現実

「ここが科学解析棟……?」


 私たち3人は、気難しそうな5文字の並んだ扉の前に立っていた。例によって、職員証で開く方式らしい。


「どれくらい興奮してたの?渡辺さん」

「うーん……。私が初めて東京タワーに登った時ぐらい?」

「……あまり伝わらないな」


 少し間の抜けた会話の末に、私が扉を開く係になった。リーダーにカードを当てると、自動ドアがゆっくりと開いた。


「あれ?意外と明るいね」

「そりゃあ、パソコンとか見るのに暗いと目が悪くなるからねぇ」

「もっとこう、ホラーゲームの館並みに暗いものかと……」


 相変わらずの会話をしていると、私を呼ぶ声が飛んできた。


「杏子っち!!」

「うわ、びっくりしたぁ」


 走りながら迫ってくる渡辺さんに、私は腰を抜かしそうになった。並々ならぬ気迫を感じる。


「なんですか?渡辺さん。いきなり呼んで……」

「それどころじゃないんだよ!ほら!」


 渡辺さんは私の手を掴むなり、解析棟の奥の方へと走り出した。ちょっとした痛みが走る。


「渡辺さん、凄いはしゃぎぶりだねぇ」

「橘の初東京タワーもあんなだったのか」


 なんか茶化された気がした。



―――――



 何台ものスーパーコンピューターが奥に並ぶ部屋、その手前に大きめのテーブルがあった。優月と智が部屋の外からドア越しに見つめる中、渡辺さんがテーブルの真ん中を指さす。


「これこれ!見てよ!」

「これは……なんですか?」


 スラリとした指の先には、白い5cm大ぐらいの薄い物体があった。一見するとスマホのようにも見えた。


「ふふーん。これはねぇ、白龍の装甲の破片だよ!」

「白龍の?」

「そう!先の戦闘で傷ついた装甲からちょっと拝借してきたのよ!ほら、オウキに蹴り飛ばされたでしょう?おそらくその時のやつ!」


 ――ああ、そういえばそんなこともあったなぁ。


 私は横浜戦を回顧した。ビルに激突しそうになった時のもの。


「それで、これを何故私に……」

「ちょっと触ってみて!」


 言われるがままに、私はそっと破片に手を伸ばした。左手の人差し指がわずかに触れる。


「あれ?」


 私はあることに気がついた。破片が、"温かい"。冷たすぎず、熱すぎず、丁度いい温かさが指に伝わる。


 ――まるで。


「人の体温みたい……?」

「そう!測ってみたらさ、36.5度だったんだ!」


 今度は掌いっぱいに触れてみる。間違いない。体温そのままだ。


「でも、なんで……?普通機械って……」

「冷たい、でしょ?もしくは極端に熱くて触れないか。でも、白龍は違う。どうしてだと思う?」

「……もしかして」

「そう!白龍は、生きてるんだよ!!」


 ――生きてる……?


 あまりにも現実味のない言葉に、私の思考が追いつかない。


「ちょっ……ちょっと待ってください。白龍はドールユニットですよ?巨大な二足歩行のロボットなんですよ?」

「そう!本来なら笑っちゃうぐらいの珍説だよね。でも、この現象、いや、横浜戦に関する全てが白龍の生体反応を裏付けてるんだ」

「全てが……?」

「例えば、戦ってる時に変なことはなかった?」


 ――変なこと……。そういえば。


「なんか、白龍の"声"みたいなのが……」

「そう、それ!」


 渡辺さんの指パッチンが部屋に響く。


「白龍のジェネレーターの出力がある時点を境に急激に上昇したんだよ!それも、ブーストモード並みに!あぁ、ブーストモードってのは青麟にのみ搭載された、出力を底上げする機能のことね」


 渡辺さんのハイテンションな解説は止まるところを知らない。噛みそうな言葉の数々をスラスラと放ち続けている。


「それでさ!ジェネレーターの出力パーセント、どれくらいになったと思う?なんと、120パーセント!設計上限をいとも容易く超えたんだ!」

「それで……機体は大丈夫だったんですか?」

「ううん、大丈夫じゃない!」


 渡辺さんはキッパリと言った。


「現にジェネレーターはオーバーヒート寸前だったし、スラスターと装甲にも負荷によるヒビが入ってた!でも!それでも大丈夫だった!どうしてか。答えは簡単!」


 机がドンと叩かれた。破片が軽く震える。


「機体が、自動的に治癒してたんだよ!」

「ち……ゆ?」

「うん!傷が生まれたそばから、驚異的な速度で治ってたんだ!まあ、流石に蹴り飛ばされた時の傷はなかなか治らなかったけど、それでもだよ?」


 話の点と点が次第に繋がっていく。それなのに、釈然としない感じがした。


「つまり……白龍は実は造られた生き物で、本物の人間のように動ける……ってことですか?」

「ううん、ちょっと違う。白龍は"覚醒"したんだ!ほら、メッサだっけ?彼女も言ってたでしょう?」


 ――覚醒。シンプルだけど理解できない、そんな2文字が頭を擦り上げる。


「なにに、覚醒したんですか?」

「そりゃあもちろん!"神"だよ」

「か……かみ?」

「フロンティア人の言うところの機動神!本来、レプリカ、模造品だった白龍が、本物に覚醒しつつある!杏子っちのおかげで!」

「私の……おかげ?」


 違和感があった。私は言われるままに白龍に乗って戦ってただけ。特別なことはなにも……。


「あっ」


 ふと、アリアの言葉が頭に浮かんだ。


『私たちの解析は、あくまで理論です。本当の覚醒条件は、ハクリュウ自身が決める……』


「きっと、杏子っちの想いが白龍に伝わったんだろうねえ。誰でも守りたいっていう、崇高な想いが」

「そんな崇高なんて大袈裟な……」


 ――あれ?


 私の頭にひとつの疑問が浮かんだ。


「でも、それって、兵器としては物凄く……」

「扱いづらい。いや、それどころかめっちゃ危ないよ」


 渡辺さんは初めて低いトーンで言い放った。


「こうやって、守りたいと思ってる内は全然大丈夫。なんなら兵器としては素晴らしいぐらいだよ。でもね、もし投げやりになってたら?激怒したら?どうなると思う?」

「わか……りません」

「そう、わからない。誰にもね。私にも、杏子っちにも」

「なら……私みたいな未熟者が乗っちゃ……」


 私は思い出した。アリアと戦った時のことを。相手を意思を持って殺そうとした、あの時のことを。


 そうだ。私は怒りに飲み込まれて、それをアリアに逆手に取られて、フロンティアの記憶を流し込まれたんだ。


 だが、渡辺さんは私の考えを優しく否定した。


「ううん。白龍は杏子っちにこそ乗ってほしい」

「どうして、ですか?」

「そっちの方が可能性がある。このままドールユニットとフロンティアの機動神が戦っても戦局はなにも好転しない。でも、杏子っちと白龍がその力で大暴れしてくれたら」

「可能性がある……」

「ザッツライト!」


 渡辺さんが再び指を鳴らす。さっきよりも音が大きい。


「それにさ」

「……?」

「面白いんだよねえ。そっちの方が。研究者として……白龍の生みの親としてさ」


 屈託のない、年齢不相応な笑顔が私の網膜に刺さった。

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