ep.16-4 神裂き
「これが、横浜……?」
白龍のコックピットの中。眼下に広がるみなとみらいの惨状に、私は目を疑うほかなかった。モニターに表示されている生体反応の多さが、逃げ遅れた人の数を如実に表している。
「橘!」
智の怒号が鼓膜に鋭く突き刺さる。
「お前、なんで白龍に乗ってるんだ!!」
「話はあと!それよりも、どうなって……」
表示された地図に目をやる。敵機は横浜ランドマークタワーのすぐそばに立っていた。
「……あの機体、オウキがタワーを切り裂こうとしてる」
「タワーを!?」
私は声を張り上げた。まだ、あんなに人が残ってるのに……!
すると、女の声が鳴った。
「あんたがハクリュウの操者ぁ?いいところに来たわね」
「なにをしてるんですか!やめてください!!」
「聞いた通りのアマちゃんね。くっだらない」
オウキのスラスターが噴かれ、上空へと舞い上がる。かと思えば。機体の各所が折り畳まれ、頭部から脚部までスラリとした戦闘機形態へと変貌を遂げた。
「えっ!?」
私が驚く暇もなく、オウキは白龍との距離を詰めた。目の前に巨大な鉤爪が迫る。
――やられる!!
だが、オウキは軌道をわずかにずらした。静止する白龍に対し、高速で移動するオウキ。すれ違った時のコックピットの振動が、その速度差を表していた。
「橘!後ろ!!」
青麟からオウキの軌道予測が共有される。何重にも重なる白線。その全てが、ある地点に収束していた。
白龍の背後。
「まさかっ!」
白龍を180度回転させた瞬間、視界全体をオウキのオレンジ色が満たした。
「取ったぁぁああ!!」
オウキの鉤爪が、白龍のコックピットを突き刺そうとしている。
――終わった。
そう思い、反射的に目を瞑った時だった。
「……はぁ!?」
オウキのパイロットが間の抜けた叫びを放った。一拍遅れて私の目が開く。
私の目に映ったもの。それは、白龍の前に展開された、巨大なシールドだった。
「なに、これ……?」
初めて見るものだった。白龍には本来搭載されていない機能だ。
「覚醒したのかあっ!!」
敵パイロットの声と共に、再びロボットになったオウキの左脚が白龍を蹴り飛ばす。ドンッという衝突音と共に、凄まじい衝撃が私の全身にのしかかる。
「きゃあああ!!」
白龍は地上に墜落していった。まだ人が沢山いる地上へと。
――キィン。
脳内に、あの"声"が響いた。
――私に、応えてくれるの?
――キィン。
「……わかった!!」
私は頭の中に軌道を思い描いた。白龍が取るべき動きが、小さい頭に構築される。
白龍は、その通りに動いた。操縦レバーもペダルも動かしていないのに、スラスターが躍動する。
白の巨体が空中で姿勢を形成する。背部スラスターの火が一斉に吐き出される。
高層ビルに衝突する寸前で、白龍は止まった。ビルの外壁がスラスターの風で剥がれ、地上に落下する。けれども、人には直撃していない。
「……やった!」
空に浮かぶ白龍の中で、私はそっとガッツポーズを取った。
「今の動き……お前がやったのか?」
智の声が通信に割り込む。
「ううん……白龍がやってくれた」
「白龍が?」
「そう。私の思った通りに動いてくれた……!」
なにが起きているかは、全くわからなかった。でも、理屈なんてどうでもよかった。
私と白龍が一心同体になった、そんな気がした。
「それが、ハクリュウの真の能力。いや、これですらその一部に過ぎない……」
「ねえ!あなた、なにがしたいの!?」
「うっさい!小娘風情が!!」
オウキが急加速する。軌道予測上にはランドマークタワーがあった。
「それなら……!」
「やめて!!」
――キィン。
白龍の右腕が前方に突き出される。
いや、それだけじゃない。腕から、光が溢れている。
「……放て!!」
私は衝動的に口走ったのと同時に、白龍の腕から白い流れが放たれた。
光が幾重にも分かれる。そして、その全てがオウキの軌道予測に被っていた。
「なっ……!?」
オウキは複雑な回避行動を取ったが、全てを避けることはできなかった。1発が右腕、もう1発が頭部に直撃し、大きな爆発が起きた。
「散弾なのに!?」
敵パイロットは声を荒げた。爆発のあと、脚と胴体だけになり攻撃手段も失ったオウキが落下していく。
「ハクリュウに……ハクリュウごときに!!」
白龍は再びスラスターを作動させた。落下するオウキを止めるべく。オウキのパイロットを助けるべく。
しかし、青空を切り裂く一筋の緑が、その願いを打ち砕いた。
青麟から放たれたビーム弾が、オウキのコックピットを貫通した。
脳内に響く、声と共に。
――ありがとう、ワタシを、解放してくれて……。
「そんな……!!」
白龍の両手が、オウキをそっと抱きしめる。黒煙に包まれたオウキからは、なに一つ返答がなかった。
「橘。オウキのパイロット……メッサは死んだ」
冷酷な宣言をする智を前に、私の鼓動はひたすらに早まっていった。




