ep.16-3 神裂き
青麟が横浜ベイブリッジの上空を通過する。橋は真ん中で真っ二つに切断され、残った部分が海中に没している。海には落下した車の残骸が散らばっている。
「……あいつ!」
助けたい気持ちは確かにあった。橘なら実際そうしていたかもしれない。
だが、俺がいますべきことは別にある。
視線が炎上するみなとみらいを捉える。オレンジ色の機体――オウキは再びロボット形態に変形し、破壊の限りを尽くしていた。
「神谷さん!どうすれば!」
スピーカーの奥でアリアが叫ぶ。明らかに混乱した声だ。
「青麟が先に仕掛ける!黒鉄は上空で待機!」
「「わかりました!」」
俺はキーボードに数字を打ち込んだ。
コード1111。
ブーストモードが作動する。HUD上に軌道補佐情報が表示される。
俺は増速ペダルをいっぱいに踏み込んだ。通常よりも荒い加速が、強大なGとして身にのしかかる。
「ぐっ……」
ブーストモードは、強襲機である青麟にのみ許されたモードだ。一時的に運動性能が飛躍的に向上し、反射能力も高まる。その代わりに、パイロットへの負担も比較にならないほど大きなものになる、諸刃の剣みたいな機能でもある。
「見えた!」
倒壊する高層ビルの陰に、オウキが見えた。操縦レバーを目一杯倒し、機体を急降下させる。地面スレスレでさらにスラスターを噴かす。
青麟右腕のビーム生成機から生えた緑色の剣がビルの窓に反射した、その時。
ありとあらゆる方向に白い電流が走った。オウキのビームシールドに弾かれたのだ。
「お前!!」
「威勢はいいのねぇ!!」
敵パイロットの声がした。若い女の声。橘や聖堂と同年代の声。
警告音が鳴る。オウキの左手に嵌め込まれた鉤爪が青麟の胴体を引っ掻こうとする。俺は胸部スラスターを作動させ、寸前で攻撃を回避した。空を切った鉤爪が、道路脇のビルの一層に突き刺さる。
「お前ら、なにが目的だ!」
俺は柄にもない声で怒鳴り上げた。
「目的ぃ?やっぱり雑魚の思想ね。つかさ、あんたじゃなくてハクリュウに用があるんだけど。どこにいんの?」
「教えるわけがないだろう!」
「あっそ。まあここで暴れてれば来るのは知ってんのよ。聞いたわよ?ハクリュウの操者は"優しい"んだってね。笑かしてくれるわ」
操縦レバーを握る俺の手に力が入る。橘は確かに優しい。優しすぎるぐらいだ。
だが。
「……お前には一生わからないだろうな。情けも優しさも、時には立派な武器になることを」
「あーはいはい、見事なお言葉だこと。それよりも……」
オウキの頭部が上空を向く。視線の先にあったのは、黒鉄壱式だった。
「あんたら、なに?」
「その声……メッサか?」
「だとしたら、なんなのよ」
「メッサ……変わったな。かつてのお前は曲がりなりにも騎士としての精神を持ち合わせていた。スピーシーズの良心だった。なのに」
「……うっさいわ。この裏切り者のラグールがあっ!!」
オウキのスラスターが鼓動し上空へ跳ぼうとした時。
オレンジ色の左肩が、爆散した。道路上に肩と左腕の残骸がゴトッと落ちる。
「なっ……!」
メッサというらしいオウキのパイロットが、驚愕の一声をあげる。
青麟の右腕。さっきまで緑色の剣を形成していたビーム生成機の先端から、白煙が細く立ち上っている。そこから放たれたビーム弾の一撃が、オウキの左肩を正確に吹き飛ばしたのだ。
「……なんか面白いことするじゃないの。だったら!」
オウキは再び変形し、地上から飛び去った。みなとみらいの上空を爆音が轟く。
「速い……!」
アリアの驚嘆が悲鳴に変わるまで、時間はかからなかった。
「遅いっ!!」
空に爆発の華が開く。見ると、黒鉄弐式の右腕と頭部が空から落下している。
「アリア!!」
「やられたっ……!!」
「やっぱり雑魚いね、あんたら」
メッサの嘲笑う声が聞こえる中、青麟のモニターが軌道の分析を進めていた。
無数の線がHUD上を駆ける。オウキの移動予測軌道。加速度、旋回半径、次の変形タイミング。青麟の支援AIが叩き出したそれは、幾重にも重なった蜘蛛の巣みたいに視界を覆っていた。
――今度は、そこか。
HUDにいくつかの点が表示される。次にオウキが移動する場所の候補。
青麟の右腕が空を捉える。ビーム生成機から緑色の光が溢れる。
「……そこっ!!」
俺の叫びと共に、光が放たれた。光は幾重にも分岐し空を覆う。
「ちぃっ!!」
オウキは再度変形し回避行動を取ったが、完全には避けきれなかった。腰の装甲に直撃し、これを焦がした。分かれた分、肩を貫いた一撃よりも威力は小さめだった。
「でも!散弾だったらぁ!!」
オウキは黒煙を上げながら、とあるビルの横に着地した。
横浜ランドマークタワーだ。残った右腕の鉤爪がタワーの根本に構えられる。
「わかってんのよ、このビルの中に人がいーっぱいいるって!!」
「人質か!」
「そうよ……戦うためだったらなんだってやってやる!誰だって殺してやる!!」
鉤爪の光がタワーの窓にいまにも刺さろうとしている。
「ほぉ〜ら、やっぱりなんもできない。優しさが武器になるなんてよく言えたわね、このクソ雑魚がぁっ!!」
――どうすれば……。
俺の頭をいくつもの選択肢が流れる。いま攻撃すれば、間違いなくタワーにも直撃する。躊躇えば、その前に鉤爪がタワーを切り裂くだろう。
「どうすれば……」
しかし、その答えは思ってもみない形でもたらされた。
「神谷くん!ラグール!アリア!」
声がした。聞き慣れた声、ここにいてはいけない声。
橘杏子の、声がした。




