ep.16-2 神裂き
『杏子ちゃん』
『会いたいなぁ会えないかなぁ?』
『またクレープたべたい!』
LINEに流れてくる優月のチャットを指でスクロールする。おそらくiARTSの医務室で撮られたであろう写真も定期的に送られてくる。
――私も会いたいなぁ……。
そんな希望に似た雑念が頭を掠める。
「返信よしっと」
スタンプと軽めの返信を投稿する。なにかやっているのか、既読は付かない。
「はあ……」
狭いアパートの一室で、壁に背をもたれぼーっとテレビを眺める。特に面白くもないがつまらなくもない芸人と専門家の掛け合いが、頭を左から右へとスルーしていく。
高校自体はとっくに再開しているし、春翔も小学校に行ってしまった。それなのにこうして私が真っ昼間も家にいるのは、私の症状が悪化しないようにという、ひとえにiARTSの取り計らいのおかげだった。
自分にとっても、それは正解のように思えた。ヘリコプターの飛行音だけであそこまで取り乱したのならば、学校でなにがあってもおかしくない。葵には悪いけど……。
こんな生活をいつまでも続けるわけにはいかないのは、私がいちばんわかっている。
いずれは登校しないといけないし、白龍にも乗らないといけない。
――でも、私にそれができるだろうか……。
「であるからして、小田首相は全国、特に首都圏にシェルターの増設を急いでいるわけです。いつまたロボット災害が起きるかわかりませんからね」
「でも、法律面でも追いついていないのが現実ですよね?生物ではないので自衛隊による駆除も期待できませんし」
――法律、自衛隊、シェルター。
現実的なワードが流れるたびに、私の表情が険しくなるのを感じた。もはや、この戦いが私たちのものではなくなってしまった気がした。
だけど、こんな流れも悪くはないな、そんな感じもした。民間人への犠牲が出てしまった以上、法整備や避難体制を急がせるのは当然と言える。
そんな風に思った時だった。
「現に東京タワーの件では犠牲者が350名を超えていて……」
専門家が数字を並べた途端、画面が暗転した。上部にはこう書かれている。
『国民保護に関する情報』
『巨大不明物体出現。巨大不明物体出現。頑丈な建物や地下に避難してください』
『対象地域:埼玉県 東京都 千葉県 神奈川県』
その意味がわかった瞬間、私の背筋を冷たいものが走った。
「ロボット……!」
窓の外からサイレンが聞こえる。私は耳を塞ぎたくなる心を必死に抑え込み、テレビの情報を見た。
オレンジのロボットが館山沖に出現したこと、首都圏に向かって侵攻していることが、キャスターの口から淡々と告げられる。右上の『避難!!いそいで!!』の赤字がより事態の深刻さを物語る。
「春翔……」
脳内に弟の姿が浮かぶ。
春翔は?春翔は大丈夫なんだろうか……?
私は衝動的に身支度を進めていた。これが正しい行動かどうかは、いまの私にはわからなかった。
―――――
街中は騒然としていた。ロボットを見るべくベランダから身を乗り出している人、家から飛び出し地下へと避難しようとする人が入り乱れる。大通りも車とクラクションで満たされている。
私は走った。一心不乱に走った。小学校は目と鼻の先なのに、随分と遠くに思えた。
――春翔……!
頭の中にはそれしかない。とにかく弟のそばに居たかった。支えになりたかった。白龍で戦えないいま、できることはそれぐらいしかない。
小学校の校門をくぐり校庭に入ると、子供の他に避難してきたのであろう人々の姿が目に入った。
「春翔ー!どこー!?」
口に手を当て名前を叫ぶ。いくら弟とは言え、300人はいるであろう中では一目ではわからなかった。
「春翔ー!返事して!」
サイレンに負けじと声を何度か張り上げた時、群衆の中から伸びる手が見えた。
「春翔!」
私はその手の主、春翔に駆け寄った。厚着姿の春翔に抱きつくと、「痛いってお姉ちゃん」と聞こえた。
「春翔……無事でよかった……」
「お姉ちゃん……また、行くの?」
「ううん……今日は一緒にいるよ……」
校庭の地面にしゃがみ込む。尻に砂の触感が伝わる。
「お姉ちゃんの仲間が頑張ってくれてるからね……大丈夫、大丈夫だから……」
私は弟の頭を撫でた。きっと今頃、神谷くんたちが頑張っているのだろう。
自分ひとりだけこうして逃げていることに、もちろん罪悪感はあった。だが、それ以上に感じていたのは無力化だった。
――私、どうしたら……。
そう考えていると、どこからか悲鳴が上がった。
「ベイブリッジが……」
「横浜が燃えてるぞ!」
「そんな……!」
――横浜が……燃えてる?
私の手が瞬時にスマホに伸びる。SNSを開き、タイムラインを指で流す。
そこに写っていたのは、衝撃的な画だった。
オレンジのロボットによって切断され、海に垂れている横浜ベイブリッジ。
中央部からひしゃげるようにして倒壊している大観覧車。
ロボットの脚が突き刺さった展示場。
みなとみらいのあちこちから、火の手と黒煙が噴き上がっていた。
――これが、いまの横浜……?
想像の何倍、何十倍も酷い光景がそこには広がっていた。
「私……私……」
――こんなところで、なにしてるんだろ。
私はスカートのポケットに手を突っ込んだ。掌にゴロッとした感触が広がる。
勾玉。
「お姉ちゃん、それって……」
「うん、春翔が京都で拾ってくれたもの。これで……ロボットが呼び出せるんだ」
「お姉ちゃん、今日はいるって……」
「……」
言葉が出ない。戦っちゃいけないって言われてるのに。戦えるかどうかすらわからないのに。
それなのに。
なのに。
「お姉ちゃん……もう見たくないんだ。街が、人が傷つくの……。もう、一つも見たくないんだ」
「お姉ちゃん……」
「だからさ、ごめん。行かせて、ほしいんだ……」
身勝手な話なのは理解している。弟を置いていく自分が責められるべきなのも。
でも、なにもしないでいることは、できなかった。
「……うん」
「え……?」
「お姉ちゃん、困ってる人を無視できないもんね」
弟の顔を直視する。微かな笑みが浮かんでいる。その意味は、言葉にしなくてもわかった。
「……ありがとう、ほんとに、ありがとう……」
私は立ち上がった。なにができるかはわからない。もしかしたら、足を引っ張るだけかもしれない。
それでも。
私は、校庭の空いている方へと振り向いた。勾玉が握られた左手を天高く掲げる。
「来い!!白龍!!」
晴れている空から、雷が音もなく落ちる。しばらくして眩しさが消え、目を開いた時、そこに1体のロボットが立っていた。
白い装甲。
鋭い双眸。
空気を震わせるほどの気配。
白龍だ。




