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ep.14-4 敗者

 1週間後、東京西部。山間の細道を縫うように走る黒のワンボックスカー。その中に、私たちはいた。


「橘さん。なにか少しでも変わったことがあったら言ってください。こちらとしても橘さんの身体の方が大事ですので」

「はい、ありがとうございます」


 助手席に座る平泉さんが、冷静沈着に声を出す。


 車の中は、正直に言って窮屈だった。それは、後部座席に私と中津川さん、神谷くんの3人が並んで座っているという物理的なものだけではなく、精神的なものでもあった。


 ――なにが、わかるんだろ。


 私は胸元の勾玉を手に持って見つめた。滑らかな手触りが掌をくすぐる。



―――――



「ここが、遺跡ですか……」


 曇天の下、山の合間に開かれるようにして展開された茶色の空間に、私は目を見張った。


「思ったより大きい……」

「はい。ここは東京第3異世界線遺跡と呼ばれている場所です」

「第3?」

「京都に第1、熊本に第2があります。ですが、この東京第3が規模も出土量も圧倒的でした」


 平泉さんが説明口調で話を進める中、私はあることに気づいた。指差す先には、住宅の壁みたいなものがあった。


 フロンティア世界の住宅によく似た壁。


「あれは……」

「ああ。忘れてました。この遺跡は、基本的にはフロンティア世界の空間が丸ごと転移したものと考えられています。なぜ転移したのかは目下不明ですが……」


 平泉さんに先導されるように、私は遺跡への階段を一歩ずつ下る。コンクリートの鋪装がなくなり、土と砂利の道が靴底に触れる。


 遺跡の中は、まるで中世ヨーロッパにでも来たかのような光景が広がっていた。噴水や広場のようなもの、四方八方に伸びる街道跡、そして立ち並ぶ家々の残骸。


 でも、少し不思議な感覚がした。いつか、どこかで見たような、そんな感覚。


 その正体はすぐにわかった。


「あれ?ここって……ラグールと出会った場所……」

「ラグールとですか?」

「はい、アリアと練馬で戦った時に見たんです。ここみたいな場所を」


 そして、とある家の前に立った時、その疑念は確信に変わった。


 ドアがあったらしい入口の中に、キッチンが見えた。ラグールがクッキーを一生懸命作っていたキッチンが。


「ここ!ここがラグールの家だったんです!ラグールがここでクッキーを作って、エレーナ姫にあげてて……」


 私は居ても立っても居られず家の中に入った。中は廃墟同然だった。割れた皿のようなものが散乱し、小物が床に散らかっている。


 だが、ひとつだけ違和感があった。床に視線を移すと、地下への扉のようなものが目に入った。後ろから中津川さんが説明を加える。


「これは、地下室への入口です」

「地下室って?」

「入ってみますか?」


 私は「うん」と答えた。中津川さんが扉を開けると、真っ暗闇で満たされた空間が出迎えた。足元に気をつけて階段を下りる。


「暗い……」

「十分気をつけてくださいね」


 下りきると、通路を挟むようにして広がる土壁のようなものが目に入った。


 だが、それは単なる壁ではなかった。平泉さんがスマホのライトを点けると、壁に描かれた"模様"が見えた。絵画だ。


「これって……」

「この家にだけこのような空間があったんです。絵はここだけじゃありませんよ」


 平泉さんが次々と絵画を照らしていく。草原の絵、浜辺の絵、城の絵。それぞれが荒削りながら独特なタッチで描かれている。


 ――これって、やっぱりラグールが……。


 そう思った時だった。


 私は、ひとつの絵に釘付けになった。2本の腕と2本の脚、強固な胸部と変わった頭を持ち合わせた人間のようなものが描かれている。


 機動神。それも、これはきっと。


「はくりゅう……?」

「なにかわかるんですか?」

「いえ、あくまでただの勘で……」


 白龍と思しき絵を前に、私は一歩も動けなかった。


 ――これを、見せたかったの……?


 ――キィン。


 私の頭に、「うん」という声が響く。


「でも……」


 ――でも、これだけじゃなにもわかんないよ……。


 私は絵に手をそっと触れた。


 すると、急に意識が軽くなった。まるで、頭に酸素が届かなくなったかのように。


「……!」


 私が倒れそうになったところを智が後ろから支える。


「橘、大丈夫か?」

「う、うん。ありがとう、神谷くん……」


 その言葉とは対照的に、私の頭には溢れんばかりのメッセージがなだれ込んでいた。


 ――そんなことが、あったんだね。辛かったんだね。頑張ってきたんだね……。


 ――キィン。


 ――でも、もう大丈夫だよ。私が付いてるから……。


 ――キィン。


 ――一緒に、今度こそ守ろうね。街を、友達を……。


 私は戻る意識の中で、勾玉にそっと触れた。じんわりと温かい温度が私のざわつく心をなだめる。


「橘さん、大丈夫ですか?」

「は、はい。心配かけてすみません。でも、わかったことがあるんです。白龍のことです」

「白龍、ですか?」


 中津川さんと平泉さんは目を丸くした様子で聞き返した。智が静かな声で言う。


「それで、なにがわかった」

「……白龍は」


 私は息をグッと吸い込んだ。


「白龍は、戦うための機械じゃないってことです」

「それは、どういう……」


 戸惑いを見せる中津川さんの方を振り向く。


「白龍は、人々の願いや想いを受け取り、増幅する機械……機動神なんです。想いを集め、"輪廻"を繋ぎ、新たな世界を構築する、唯一の機動神……」

「輪廻……?」

「私たちの生命の循環、私たちの生命の根源……それが"輪廻"です」


 側から見たら、相当謎なことを言っているんだろうな。そんな考えが頭をよぎる。


「私の勾玉がお父さんやお母さん、展望デッキの記憶を見せたのも、そのせいだと思います。でも……、白龍は弱い機動神でした。優しいって言い方が正しいかもしれません」


 私は息継ぎをしながら言葉を繋ぐ。


「優しいが故に、戦いを拒んだが故に、7神の中で蔑まれてきた。だからこそ、前世でも負けてしまった……」


 私の中で点と点が繋がり線となる。そして、線と線が混じり合い、複雑な絵を描いていく。


「敗北した白龍の魂が流れ着いて、この地にやってきた……。もしかしたら、私と勾玉が、白龍が出会ったのも、運命なのかも……」

「真鶴と青麟も……。それなら」


 呟く中津川さんに、私は首を縦に振って答えた。


「白龍よりも、真鶴と青麟よりも、強い機動神がいる。それも、ズイカクだけじゃない」


 その言葉に、地下室の雰囲気がギュッと引き締まったような、そんな気がした。


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