ep.14-3 敗者
「……はく、りゅう?」
iARTS本部、整備区画の中。ゲージの中に立つ白龍を私は見上げている。周りにはスタッフがいるはずなのに、誰ひとりとして視界には映っていない。
――なら、これは現実ではない……?
動悸が速まる。胸が忙しなく鼓動し、肺の空気が絶え間なく交換される。現実ではないとわかっても、この感覚は変わらなかった。
愛着すら感じていた自機に、もはや恐怖心が芽生えていた自分に驚かされる。
「白龍。私、やれなかった……。誰も、守れなかった……」
私は白龍の足元まで歩き、背中を機体のつま先に預けた。トンという空虚な音と、金属ならではの冷たさが身に染みる。
「私って、馬鹿だよね。自分が強いって誤解してた。なんでもできるって思い込んでた。本当は、あなたのおかげなのに……」
いつの間にか胸にぶら下げられていた勾玉を手に持つ。滑らかな浅葱色が私を見つめる。
「私さ、お父さんとお母さんに会ったんだ。それで、わかったんだ。戦うことって、失う恐怖と向き合うことなんだって。でも私、向き合えなかった」
俯き、自分の足を見下ろす。
「そりゃあ失いたくないよ、もうこれ以上誰も。誰ひとりだって私の側からいなくなってほしくない。それが見知らぬ誰かでも……。だけど、いつかはいなくなるんだよね」
――いつかは。
私はその4文字を頭で繰り返した。
いつかって、いつだろう?
「ねえ、白龍。あなたも、いなくなるのかなぁ……?」
機体を見上げる。巨大な頭部が遥か頭上、胴体に備え付けられている。
「いままで、何回も戦ってきたよね。何回も修羅場を潜り抜けてきて、何回も一緒に傷ついた。もう、友達みたいなもんだよ」
友達。不思議な感覚だった。人じゃないのに、生き物ですらないのに。
「私、あなたをもっと知りたいんだ。あなたを知ったら、私も、あなたももっと強くなれる気がするんだ……だから」
知りたい。そう言おうとした時だった。
――キィン。
「……!」
脳内に音が響いた。初めて聴いた、いや、既に聴いたことのある音。
練馬で戦った後に聴いた音。
――キィン。
甲高い音が何度も鳴る。まるで、私に気づいてほしいかのように。
「なんて、言ってるの?わかんないよ……」
わからなかった。なにを言おうとしているのか。そもそも、本当に言葉を発しようとしているかどうかすらわからなかった。
ただ、それでもわかることがあった。
白龍は、私を責めていない。
キィンという音は、不快なものではなかった。私を見守るような、暖かな音だった。
「……ありがと。白龍」
でも。
「私、どうやったらあなたのこと、知れるんだろう……」
――キィン。
「え……?」
音が、今度は言葉として聞こえた。少しだけど、なにか言葉が聞こえる。
「……私、そこに行けばいいの?そこに行ったら、あなたのことがわかるの?」
――キィン。
今度は確かに聞こえた。「うん」という言葉が。
「……わかった。ありがとう、白龍」
私は背中を浮かした。白龍の姿が、いつになく雄大に見えた。
―――――
「杏子!杏子!!」
葵が呼ぶ声に、私は目を覚ました。少しずつ目が開け、光が入ってくる。
背中にジンとした痛みが走る。背中を打った時の痛みだろう。
「私……」
「よかったぁ、急に倒れ込むから心配しちゃって……」
葵はほっとした安堵の声で言った。
「ほんと、休んだほうが……」
「私、白龍と会ってきたんだ……」
「え?白龍?」
絶妙に噛み合わない会話が私と葵、双方の口から飛び交う。
「うん。白龍がさ、キィンって言ってて。最初はなに言ってるかわからなかったんだけど、次第にわかるようになってきて」
「ロボットと……会話?」
葵が私を懐疑的な目で見つめる。変人を見るような、正気を疑うような目に近い。
「それで、私わかったんだ。あそこに全てがあるって。白龍が、教えてくれた」
私は中津川さんの方を向いた。
「中津川さん、私を、遺跡に連れてってください。白龍のことを知りたいんです」
「でも、橘さん。いまはもっと安静にしてないと……」
「わかっています。でも、知りたいんです。あの機体のことを……」
頭を下げて懇願する。
「お願いします、私をそこに連れて行ってください」
「……」
中津川さんは一瞬返事を躊躇った上で、
「……わかりました。私たちも同行するなら大丈夫です」
私の願いを承諾した。




