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ep.14-2 敗者

「おーい、杏子ー。いるかー?開けるぞー、って開いてる」


 古めかしいドアが鈍く開く。ひんやりとした温度と雨が床を打つピシャリという音が感覚を刺激する。


「杏子?LINEにも出ないから心配して……って、杏子!?」


 倒れている私を見て、葵が驚いた様子でしゃがみ込む。なにか持っていたらしく、中身の入ったビニール袋が落ちる音がした。


「ど、どうしたの、杏子……」


 困惑を深める葵を前にして、私は顔を上げた。表情筋が無様な顔を作り上げる。


 葵の後ろには、智と中津川さんの姿もあった。


「あお……い、みんな……」


 私の目から水が滴る。頼れる存在への安堵の涙。こんな姿を見せて申し訳ないという涙。


「大丈夫、大丈夫だよ……杏子……」


 私に抱きつく葵の優しさが、胸にスッと溶け込んだ。



―――――



 私たちは丸テーブルを囲んだ。私の真向かいには葵、左には智、右には中津川さんが座している。


「ヘリが、怖くて。なんか、昨日のことを思い出しちゃいそうで……」


 私は俯きながら言葉を1文字ずつ連ねた。そうでもしないと、心がどうにかなってしまいそうだった。


「それで、助けを求めようとして、気づいたら床に倒れてて……」

「杏子……」


 葵がそっと名前を呟く。雨に掻き消されそうなほど小さな声で。


「杏子は抱え込みすぎなんだよ……なにもかも自分で背負おうとして……。昔っからそうだった」

「……昔」

「うん、私たちが初めて出会った時もそう……。覚えてる?公園の砂場のこと」


 私の頭を記憶がくすぐる。


 葵と出会ったのは、私たちが小学3年のことだった。


「私がスマホをなくしちゃってさ、それでわんわん泣いてた時に杏子が探してくれたんだよね。ブランコの下とか木の根っことか」

「……」

「それで1時間経っても見つからなくて、逆に杏子の方が泣いちゃった。見つけられなくてごめんなさいって」


 葵は笑みと慰めの表情を混ぜながら語った。


「まあ結局スマホは砂場の中から見つかってさ。まさに灯台下暗しって感じで、2人して笑ったんだよね。それからすっかり友達になっちゃった」

「……そうだっけ」

「そうだよ!その頃から杏子、なんも変わってないんだね。人のためになんでも尽くせる。そんな杏子を好きになったんだよね……」


 私は葵の顔をまじまじと見た。彼女の顔はいつにない真剣さを帯びていた。


「……でも、ロボットに乗ってからの杏子、少し……ううん、だいぶ疲れてる気がしてた。みんなを守ろうとして……」

「橘」


 智が途切れた声の後を継ぐ。


「いまのお前は危うい。見ていて心配になるほどだ」

「ちょっと、神谷くん……」


 葵が智の言葉を遮ろうとするが、彼は意にも介さなかった。


「俺たちをもっと頼れ。なんのために俺たちが戦っているんだ。聖堂も言ってたぞ」

「……ユズが?」

「『わたしは杏子ちゃんより強いんだから、もっと頼りにしてほしい』だそうだ」

「でも、真鶴は……」

「その件なんですが、橘さん」


 中津川さんが割って入る。


「真鶴の損傷は確かに甚大ですが、直せないわけではありません。1ヶ月もあれば修復できます」

「その間に敵が来たら……」

「幸い、青麟がもうまもなくロールアウトします。それに、ラグールさんとアリアさんにも出撃してもらうよう、調整しています」

「……え?」

「彼ら、恩返しと償いがしたいそうですよ。あなたと、この街に」


 中津川さんは軽い沈黙を置き、私に告げた。


「……今回の件は、私たちiARTSの責任です。橘さんはよく立ち回ってくれました。感謝してもしきれません」


 ペコリと頭を下げる中津川さんに、私は言葉をかけてやれなかった。


「橘さんのためなら、なんだってします」

「……なら、少し、休みたいです」


 私は本心の一部を吐露した。休んでなにかをするわけでもなく、ただ、いまはiARTSから、白龍から離れたかった。


「わかりました。しばらくは白龍に乗らなくてもいいよう、上層部に伝えておきます」

「……ありがとう、ございます」

「いまは、白龍や私たちより、橘さんのメンタルの方が大事です」


 ――大事……か。


 私は、どう生きればいいんだろう。


 そんな大事なことを、私は切り出せなかった。


「……あっ、なんかお茶淹れてきます」


 そう言って立ち上がろうとした時だった。


 ふらっと身体がぐらついた。尻から床に倒れ込み、背中が壁にぶつかる。


 意識が遠のいていく。色が薄くなり、酸素がなくなっていくようだった。私の名前を呼ぶ3人の声も次第に消えていく。


 私は、このまま死ぬんだろうか。そんなことすら考えた。


 次に目を開いた時、私は。


 白龍の前に立っていた。

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