ep.14-1 敗者
私は、ちっぽけな人間だ。
白龍に乗って、中途半端な力を手に入れて。
戦って、戦って、戦って。
勘違いしていた。私は強いんだって、なにもかもできるんだって。
なんて馬鹿だったんだろう。なんて無知だったんだろう。
私には、なにも守れない。
―――――
昨日の快晴から打って変わって、東京を分厚い雲が覆っていた。冷たい雨がアパートのベランダに薄い水膜を張る。
「うわっ、雨じゃん」
「……」
「ねえ、お姉ちゃん……元気出してよ」
布団にくるまる私を、上から弟が揺さぶる。声色からして、心配しているのはわかっていた。
わかってはいるのに、私は返事ができなかった。
「テレビ、点けるよ?」
弟はそう言うと、リモコンでテレビの電源を点けた。ちょうど朝のニュース番組が流れている。
内容は言うまでもなく、東京タワーに現れた2体のロボットについてだった。
『えー、この黒い機体は、昨年練馬に出現した機体とは細かい点が異なっていますが、別の機体ということでよろしいでしょうか?』
『おそらく、そう考えてよろしいかと』
50代ぐらいの人気キャスターと歳のいった科学者が問答を繰り返している。
『また、今回は白いロボットも出現しました。えー、こちらは破壊活動を行った黒いロボットとは異なり、ただ立っているだけでしたが、これはどう解釈すればよろしいでしょうか?』
『難しいところですね。我々を守るべく出現した機体と捉えることもできますし、黒い機体と同じく破壊活動を行おうとしたができなかっただけ、と見ることもできます』
弟はそのニュースの内容にご立腹のようだった。
「この人、なにもわかってない。お姉ちゃんは僕たちを守ってくれたのに……」
「……」
「お姉ちゃん、ほんとに学校行ってもいいの?」
「……うん」
布団の中でか細い声を捻り出す。春翔の学校はなんとか開いているが、しばらくの間は休んでも欠席扱いにはならないらしい。
「春翔、学校行きたいんでしょ?」
「うん……」
「なら、行きなよ……」
私は半分投げやりに言いながら布団から出た。キッチンに行き、ボウルに冷蔵庫から取り出した牛乳とコーンフレークを注ぐ。
「沢山お食べ……」
「お姉ちゃんはいいの?」
「……食欲ない」
私はボウルをテーブルに置き、床に座した。
テレビには、スマホで撮られた白龍の縦長映像が映し出されている。
『逃げろ逃げろって!!』
『撮ってる場合か!?』
『おい死ぬぞ!!』
映像ひとつでもその混乱ぶりは痛いほど伝わった。
なのに、私の感情が揺らぐことはなかった。
揺らそうとしても、揺れなかった。
「……切る?」
「……いいよ」
私はリモコンに手を伸ばそうとした弟を制止した。
番組は淡々と被害の様子を伝える。蒸発した高層ビル、切り刻まれた建物群、炎上する芝公園の木々。
弟はコーンフレークを食すと、立ち上がり身支度を進めた。服を着替え、髪を整え、ランドセルを背負う。
「それじゃ……行ってきます」
「……いってらっしゃい、鍵閉めるから」
私はテレビから離れることなく、ただ送りの挨拶を飛ばした。玄関扉が一瞬開き、パタンと閉まる。
部屋にいるのは、私ひとりになった。白龍のコックピットと同じ、私ひとりだけの空間。鍵を閉めるのも忘れ、ただ座る私ひとり。
その時だった。部屋の外で、ヘリコプターの音がした。空気が振動し、窓をほんの少しだけ揺らす。
少しだけ。そう、いつもなら全く気にしないほどの振動。
しかし、私を狂わせるには十分だった。
「あぁ、あああぁ……」
私は耳を塞いだ。それでも振動は身を震わす。
それは、コックピットの振動によく似ていた。
「ああああああぁぁぁぁぁああああ!!!!!!」
私は取り乱した。
なにも食べてないのに胃の中が掻き乱され、強烈な吐き気に見舞われた。肺に異物でも詰め込まれたかのように、空気が入っていかない。
あれは、敵じゃない。ただのヘリコプターだ。そんなのはわかっていた。頭の奥で、心の底で。
なのに。
なのに。
なのに。
私の脳内に死にゆく民間人の姿が張り付く。私が守れなかったものが、私を責め立てる。
お前のせいだ。
お前のせいだ。
お前のせいだ。
お前が、
死ねばよかったのに。
「ごめんなさい……ごめんなさい……っ」
気づけば、私は床に倒れ込んでいた。床に爪を立て、なにかを引っ掻こうとしている。痛いのに、痛くない。痛覚が麻痺したようだった。
そんな私を救ったのは、ドアチャイムの人工音だった。




